いくつになっても先生には褒められたい
「よく頑張られました。」
勉強部屋のいつもの木製の机と椅子についたところで、アレクシスさんにただ一言、そう言われた。
えっ!と、驚いて顔をあげるも見上げた顔はいつもの無機質な表情。今褒めてくれたとこだとは思えない顔だ。
でも、そこがまたアレクシスさんらしい。
私は頬を緩めて返事をした。
「ありがとうございます。」
「あの隊長、昨日の様子では、ほとんどこちらの言葉に聞く耳を持たずといった体でしたので、このまま平行線をたどり、実力行使に及ばないとも限らないと、カーライルと話していた所でした。」
最初の様子だと、押せ押せでこちらの姿勢を崩して押し流しそうな感じだったのでよくわかる。
「アオ様が普通の令嬢とは違う方で良かったですよ。」
「…」
え、なんか、聞き捨てならない事を言われた気がするんだけど。
「そんな胡乱な顔をしないでください。褒めています。」
「褒め言葉でした?今の」
「褒めました。」
「…」
「…」
「ふふ、じゃあ、もっとわかりやすく褒めて欲しいですよ。」
じとーっと見上げていたけれど、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
「大人なんですから、そういう事はねだらないでください。」
「大人でも褒め言葉は活力になりますよ?特に、上司や教官からのちゃんとした評価は成長に繋がると統計にもありました。」
「あなたは…」
「はい?」
「性格の切り替わりがどこであるのかわからない方ですね。」
片眉があがり、口元が片側だけ持ち上がる。
もしかして笑っているのだろうか?
形容しがたい表情だけど、いつもと違ってとても自然な顔を見せてもらっている気がした。
「そうですか?」
「話し合いの場での姿勢を見ていると、見た目の年齢ではないと思い知らされますが、ずいぶんしどろもどろになって、話すのが苦手な顔もお持ちだ。同一人物とは思えない落差がある。」
「う…」
コミュ障の私が本来の自分だ。アレクシスさんの言葉が心臓に突き刺さって痛い。
「なのに、こうして普通に話される時は、ずいぶん砕けておいでだ。表情もよく変わる。」
目をパチパチと繰り返し、首を傾げた。はて、そうだっただろうか?
表情筋が仕事しない事に対し、神様から指摘を受けた事はあるが、真逆の評価を貰うとは驚きだ。
両頬に手を当てて、そんなに仕事してたんだねと、むにむにともんでみる。
「顔…そんなに変わってたのか…」
「砕けた話し方をされる時だけですが。」
「全然気づかなかったです。」
「そうですか。」
「自分の事ってわからないものですねぇ。」
頬から手を外し、ふふふと忍び笑いを零す。
アレクシスさんからもらう評価は大分嬉しい。
「でも、あんまり無意識に表情が変わってしまうとなると、外で気を引き締めないと怖いですね。」
無意識ってことは、自分の管理下にないってことだもんなぁ。こわやこわや。
「それは大丈夫ですよ。」
「そうですか?」
「外でのアオ様は、ほとんど表情が変わられませんから。」
「…逆にそれ、大丈夫なんですか???」
愕然とした。
仕事を!してない!表情筋!!
「わざとではなかったのですか?」
そんな、意外って顔を、なぜするの。アレクシスさん。
「表情筋を意識下に置くのは不得意です。」
「そうですか。まぁ、本日のご様子を横で拝見しておりましたが、外ではそれでよろしいかと。」
高評価…高評価だ。ザワ…ザワ…
しかし、どう見えてたの??
私はこわごわ聞いてみた。
「因みに、本日の私の印象とは…?」
自分で自分をえぐってるようにも思える行動だが、聞かずには!いられない!
「…」
「第三者の目線で是非、お教え願いたい。」
言いたくなさそうな顔をされるが、私も必死で食い下がる。
頼む。アレクシスさん。
「…あまり、人の見目について口にするのは好みませんが」
「すみません。お願いします。」
「アオ様の場合、容姿が美しい事もあり、淑女然とした笑顔は他者へ圧を与える効果がありますね。」
私は、フリーズした。
私がねだったんだけどね。
だけども。
まさか、美しいとアレクシスさんの口から聞く事になるとは思っていなかったんじゃよ。
低い声が重々しく紡がれて、そして、美しいと言われた声豚の気持ちを140字で表してみろって!
ひえええええええっ
なんでここにつ〇ったーないの!?みんなに共有してぇよ!
心があふれて止まらなくなる。
よし、ここに墓を建てよう。
「そんな顔をされるくらいなら、ねだらないでください。」
「すみませんでした。」
私のリアクションに、アレクシスさんは心底不本意という顔をした。
「さて、雑談はこのくらいで。本日の勉強の前に今後について、ご相談したく。」
おっと、あまりにも嬉しくて浮かれてしまっていた。
今は勉強のお時間だった。
私は一つ咳払いをして場を仕切り直す。
「そうでした。」
「あの方が居る間は、乗馬の練習は見せない方が良いかと考えております。」
「その心は?」
「出してもいい情報と出さなくてもいい情報があるという事です。」
「移動手段を持っているのは知られない方が良い…と?」
「乗馬はできなくてもばかにされる事はありませんから、欠点にもなりません。」
なるほどと、私はこくこくと首を縦に振った。
「でも、練習ができないのは少し不安ですね。」
一応、一通りは何とか一人で乗れるようになっている。しかし、乗らない時間が増えると、乗り方を忘れそうだ。
まだ体になじんだというほどの時間を、乗馬に費やしていない。
「そこで代案としまして」
私はぱっと明るい顔になった。
さすがアレクシスさん!何か良い案が既にあるとは。
「私がアオ様を乗せて散歩に連れて行くのが朝の日課だという事にしてはどうかと。」
「乗馬の練習と何がちがうんですか?」
うん?わからない。
馬に乗れることはわかってしまうのでは?
「この場合、アオ様を乗せて私が手綱を持ちますので、他の方からはアオ様はご自身で馬には乗れないと評価されると思われます。」
なるほど。
「また、これならばご自身で手綱をとらずとも馬上の感覚を忘れずにすむのではと。」
「確かに!あの高さは慣れが必要ですもんね。」
わーよかった。これで乗馬の感覚を忘れずにすむ。
私は一も二もなくアレクシスさんの案に頷いた。
その日の勉強が終わり頭の中がパンパンになりながら立ち上がると、珍しくアレクシスさんはそのままじっと私を見つめてきた。
「どうかしましたか?」
いつもなら整理整頓をして部屋を整えると無駄なことはせず退室していくのに。
かく言う私も、同様ではあるのだけどね。
教室移動でのったらやってる人の気持ちはさっぱりわからなかった系だ。教科書しまって教科書出せばもう立ち上がれるだろって友達を見ながらよく思ってたなぁ。
それは、不意討ちだった。
大きな手が、ぎこちなく私の頭を二度三度とポンポンやって、いつもより緩んだ顔が向けられたのだ。
「思ったより元気なようで良かった。」
それだけ言うと、アレクシスさんは部屋から立ち去った。
私はというと、ずるりと床に沈みこんで完全にごめん寝ポーズでしばらく起き上がることができなかった。
いっそ殺せ…。
お待たせいたしました。
年末年始は更新できるかわからないですが、よろしくお願いします。
いつも評価、ブクマ、ランキング投票など励みになっております。
ありがとうございます。




