年下 越えられない壁 対象外
よく恋愛小説で書かれる表現に、熱っぽい視線というものがあるじゃない。
でも、あれってさ、日常のなかで実感することってまずないよね。私はなかった。これまで一度も、見たことなんてない。
そんな三十数年目の人生で、はじめてその言葉の意味を知る日が来るとは…人生とは、驚きの連続である。はは…
ただ、その熱っぽい視線っていうのにどうも浮かれることもできなくて、こう、なんと言えばいいのかな?いたたまれなさ?それが半端ない。
何せ相手は、個人的感覚からすれば、とてもとても若い子なのだ。
いたたまれないなぁ。
食堂にはカーライルさんと、噂の騎士様が待っていらっしゃった。
騎士様は、まるで熱に潤んだような瞳で私を、私だけを、真っ直ぐに見つめてくる。私の真横に居るアレクシスさんとか視界から断絶している。
そして、それと反比例するようにカーライルさんが凍てつくような目で騎士様を睨め付け、アレクシスさんも能面と無機質な紅玉をそこに置いただけの様な顔をしている。こわ。
そういう顔してると、二人はまるで氷眼の人工人形と、玉石の人工人形かって感じが強くなる。
顔が綺麗すぎると生き物じゃないのでは?いっそ二次元なのでは?って思ってしまうし、めっちゃ怖い。女神様製の私が言うのもなんだけど、人工生命体みしかねぇな。この二人。
「お初にお目にかかります聖女候補様。私の名はエレイフ。中央教会騎士団第4大隊を任されております大隊長でございます。」
さて、そんなおっそろしい空間の中にも関わらず、件の騎士様は気負った様子もなく優雅に挨拶をしてくれた。
爽やかな声は、今朝林の中で出会ってしまった人がこの人であると確信を持たせる。彼の方は、たぶん、私だとは気づかなかっただろうとは思うけど、声を発したらわかってしまわないだろうか。
私は少しだけ悩み、それからぐっと腹筋と喉に活を入れる。なんのために電話対応をしてきた。日常では使わない素晴らしい営業ボイスを、今この時生かさずにいつ生かす。自問自答してカチっと自身にスイッチを入れる。
「お初にお目にかかります。」
私は余計な質問も発言も省き、ただただ笑顔をくっつけたままそれだけ言うとじっと相手の言葉を待つ。腹筋を使って繰り出した声は、狙った通り、綺麗に抑揚をつけた営業ボイスとなって響いてくれた。
それにしても、こんな空間で堂々と名乗る騎士様の心の強さは感嘆に値する。
必死で演じるモード、淑女モードを入れて何とかしている私とは、そもそもの心臓の作りが違うのかもしれないな
「この度は急な来訪となり大変失礼致しました。これもひとえに、聖女候補様の起こされた圧倒的な奇跡を想うが故と、お許し頂ければ幸いにございます。」
「来訪の理由にも、わたくしへのご用にも、特に興味はございません。どうぞ、中央教会へお帰りくださいませ。」
「そうは参りません。私は、中央教会までの道中あなた様の安全をお守りするため、馳せ参じました。どうぞ、私に御身をお守りする役をお与えください。」
なるほど、熱烈なことだ。そして早速罠のお時間です!スムーズかつ自然な流で運ばれた、華麗な口上に拍手ー!!
心の中で盛大なスタンディングオベーションを繰り広げながら、騎士様をしっかりと観察する。
キラキラとした瞳と、とても心根の美しい真っ直ぐな騎士らしい口上。柔らかく暖かそうな髪。精悍な頬。しっかりとした体躯。好きな人はきっと好きだろうなぁ。誠実で爽やかで凛々しい騎士様なんて。
しかしごめんね。二次元なら萌えたかもしれないんだけど、今ここ三次元なの。大人の男性にこんな評価を付けるのは心苦しいんだけどね、年下の時点で明るいワンコになり替わってしまう。
こんな太陽属性の爽やかワンコ、ときめきよりも若さに対する深刻な心の溝が元気よく広がりに広がって、ほぼ渓谷レベルの埋められない溝が形成されてしまっているのだよ。
三次元への評価は厳しめなんだ。お姉さん。
「中央へ届いた聖女候補様の奇跡に、私は信じられない想いを抱き、そして、今、一目見た瞬間にそのお姿に心振るわされました。」
私の心は一目見た瞬間から地盤沈下と深刻な地殻変動が起きましたよ。
「お姿だけではなく、そのお心のあり方を、行く末を、見守らせていただきたい。」
私は貴方と行く道中のあり方は考えたくないです。はい。
「教会騎士様」
「エレイフとどうぞお呼びください。」
「教会騎士様、わたくしは、きちんと意思疏通出来ない方は苦手です。」
笑顔で乗り切れといわれたはずなんだけど、なんだけども…あら不思議。気がつけば私の顔は限りなく無になっている。取り繕い様の無い程に、今、無だわ。
騎士様な、嫌悪感とかは別に無いんだけどな。苦手ですとか口では言っちゃったけど、普通にこの年下の青年の事はかわいいと思う。
でも、会話がなぁー。若さで押しきれゴーゴーは、私も若かったらねぇ。効果あったかもしれない。
けどごめんね。10年遅かったね。
ときめきを覚えるより、とまどいを覚える方が早かった。
「こちらの話を聞いてくださらないのであれば話し合いにはなりません。せっかくの朝食が冷めてしまいます。日々職務に勤しんでいらっしゃる料理長への冒涜だとは、思いませんか?」
「そ、それは確かに。」
「では、朝食に致しましょう。」
「準備はできております。聖女様」
颯爽と侍女さんたちへ合図を送るカーライルさんに、私はやっと笑みを思い出す。
にこりと笑ってテーブルへつくと、カーライルさんとアレクシスさんが私の両脇を固め着席する。
いつもと違う光景はとても新鮮だ。
対して、私の反対側に座る騎士様。
目が合うと、少し困ったような顔で微笑まれた。
「私は熱に浮かされて大変失礼な事をしてしまったようだ。申し訳ありません。」
下げられるその柔らかそうな髪の流れを目で追いながら、これはこれで返答に困るなとちょっと思った。素直に謝るその姿勢は好ましい。
しかし、何が既成事実に繋がるかわからない緊張感が、私たちの距離を縮めさせてくれない。
だから私は、『許す』に繋がる言葉を封じて口を開かざるを得ないのだ。
「料理長の作るものはとても美味しいですよ。」
先生の教え通り、今さらながら私は全てをごまかすために全力で騎士様へ微笑んでおいた。




