長髪ってマストじゃなかったんだ!?
私の羞恥が収まった頃、朝の支度を手伝いに侍女さんたちが控えめなノックと共に入室してきた。
勝手に外に抜け出していたので、案の定、ノラさんがやんわりと窘めにわざわざ来てくれて、わーやっちまったーという気持ちが胸に溢れた。顔を洗う私にタオルを渡しながら、できれば抜け出さない様にお願いしたいと、タイミングも、言い方も、とても柔らかいけど確固たるものがあって、私は苦笑しながら善処します。と、返答した。
でも、朝の散歩は思考をまとめるのに最適だと気づいてしまったんだよねぇ。
一人で歩きながらだと色々考えがまとまりやすいのはどうしてだろう。人とは不思議なものだ。
顔を洗い、髪をとかされながら、今日はどのお召し物にしましょうかと色とりどりのドレスが目の前に引っ張り出される。
「え?朝は乗馬の練習では?」
「それについてはアレクシス様よりご伝言をお預かりしております。昨日より騎士団の方々がお泊りのため、本日の乗馬訓練は見合わせて頂きたいと。」
「あぁ、そういえば昨日は騎士の方と随分長く話されていらっしゃいましたね。」
はぁ…と、こぼれるため息を止める事は出来なかった。
中央教会には、そちらへ行くための支度に2か月かかると吹っ掛けてあるが、せいぜい1か月の猶予だろうと言われながら私は色んな勉強を詰め込んでいる最中である。
因みに2か月かかるの内訳としては、旅装の準備と、中央教会で生活するためのものの準備の期間である。
ドレスを作らず出て来いと言うのか!という、何かセレブーでどうしようもない我が侭とも感じる理屈に聞こえるんだけど、尊い聖女様の身の回りのものをきちんとそろえるのは当然ですから。と、カーライルさんはにっこり笑っていた。気負いもためらいも見られないのは、きっと彼のお育ちが貴族なせいだろう。一般市民からは考えられない。
実際のところは、この詰め込み式のお勉強のための時間なんだけど…これ幸いと送られてくるドレスを見てると、この期間で作れるだけドレスや小物や靴を作りまくってる気がするんだよね。
期間を延ばすための口実が、逆に身内に利用されてる…。
敵は身の内にありじゃねぇの。ぐぬぬ。
そんな感じで引き延ばそうとしたお時間を、無理やり短くしようと送り込まれた騎士団の皆様。
半月でお迎えよこされるとか、無理やりにも程がある。あと二週間待ってよ!
そういう感じで昨日は両者一歩も譲らず、平行線をたどっていたらしいという事で、中央教会なぜそんなに急がせるんだ。
「中央教会は、聖女様方を大教会に置くことをあまりよく思われていらっしゃらない。とは、よく耳に致しますが。」
「そんなこと言われても…」
私をここに送ってくれたの女神様だよ?なら、その意思を尊重するべきなのではないかな。
でもそれを納得させるためには、直接話をしないといけない…という事は、結局私は中央教会へ行かざるを得ないと。そういう事だね。結果、中央へいかざるを得ない現実に代わりはない…と。残念。
「はぁ…今日は朝からドレスですか…できればコルセットは弱めでお願いします。」
ドレスを前にがっくりとうなだれる私に、侍女さんたちは微笑ましそうな笑い声を転がした。
くそぅ…私もそっちのポジションに行きてぇ。
かわいい侍女さんたちと戯れてぇ。
あと、ほんとにコルセットしたくねぇ。
淑女の皆様は、これらを毎日続けてるというそれだけで、ただただ尊敬できるわ。貴族の皆様の忍耐力に乾杯。
私の体は女神様にいただいた完璧な聖女様ビジュアルなので、コルセットなしにしてはもらえないだろうか。ありのままが女神様のご意志的な…ふふっ
せめて気分だけでも上向きになりたいなと、明るめのドレスを皆さんに選んでもらう。ピンクは却下。真っ白ふわふわも却下。キラキラしすぎも却下して、彩度高すぎも省いてく。残ったドレスから選ばれたのはピンクがかったオレンジのドレス。
気持ち濃いめの色合いだが、薄い布を重ねている作りのお陰で彩度が強く見えないし、ピンクがかった柔らかさがいい案配になっている。それに、リボンがついてないとこがとてもよい。
物によっては胸にでっかいリボン!腰にもリボン!袖のボリュームをたっぷりにしてしめてるところにリボン!スカートにもリボン&ドレーブ!という、力の入ったリボン乱舞があったりして、私にはだいぶ信じられない代物がある。そいつはクローゼットに入れられる前に丁重にお返しした。
この体はビラビラブリブリよりもマーメイドとか、よく見たらレースが上に重なってて上品美しい感じとか、そういうのが似合うと思うんだよね。個人的には。
そしてお着替えを済ませたところで、化粧と結い上げのターンがやって来る。本日は乗馬の時間がそのままぽっかり空き時間となったらしく、侍女さんたちが嬉しそうに爪のお手入れも致しましょうねと、私を磨くための準備を開始している。
まって、私聞いてないよ…
心の声を聞くものはない。
「アオ様、お好みの香りはございますか?」
香油の瓶がずらり並ぶ中、ラベルを確かめながら手に取り、かいでみる。
かわいい香りから爽やかなの、不思議なくすぶるような香りなどさまざまな香油が揃えられている。
一個一個確認しながらうーむと、首を捻る。
それぞれに嫌いではないが、自分がこの香りをつけるとなるとどうなんだろう?よくわからない。せっかくなので侍女さん達に聞いてみる。
「どれが似合うかしら?」
その言葉は魔法の言葉だ。いつでも侍女さんたちを高揚させる効果がある。
ドレスも髪飾りも靴も化粧も。
私の好みを取り入れつつ、全力で取り組んでくれる侍女さんたちかわいすぎかな。
「こちらなんてどうでしょう。アオ様はお若いですからグッと可愛らしさが増しますわ。」
「いえいえ、アオ様は落ち着かれた方ですから森のような香りのこちら…」
「女性ですもの、薔薇の華やかさに勝るものなんて…」
エトセトラ…白熱するお嬢さんがたの香りトークがすごい。それぞれの推しをその手に、売り込みに耳を傾けつつ、それに押されて弾き出されてしまったマリエさんに私は気がついた。
いつもやっかい事を頼んでばかりな気がするマリエさん。その手には、ひとつの香水瓶。
「マリエさんはどう思います?」
にこにことその手の中の瓶に手を伸ばすと、他のみなさんもそれに注目する。
「こちらの菫の様な香りが、アオ様にはお似合いになると思います。」
手渡された香りは、強い自己主張はないが、清楚で可憐な印象を与える爽やかな甘みとでもいうのか、そんな香りがした。押し付けのないそれに、私も素敵ですね。と、微笑み即決した。菫と言えば、瞳の色的にもとてもよくあってる気がして嬉しくなる。
香りが決まると侍女さんたちはいそいそと次の作業に没頭していった。
髪に香油を含ませ手入れをする人。手のマッサージと爪研きをする人。
菫の香で気持ちが落ち着く。侍女さんたちの手はとても心地よくて、控えめに言っても最高でした。
早朝から贅沢をさせてもらい、気分が朗らかになった所で一日の楽しみの一つ、朝食のお時間がやって参りました。
なぜか珍しくアレクシスさんが部屋に迎えに来てくれて、私は身支度をされながらぽかんとして立ち尽くした。
「珍しい…ですね。食事の前に迎えにいらっしゃるなんて。」
ぴっかぴかに磨き上げられたばかりで、今も最後の身支度チェックをされているのでちょっとだけ気恥しい。
「昨日おみえになった騎士隊長と、朝食の席で顔を合わせることなりましたので、その説明に参りました。」
おーう。しれっと言ってくれてるけど、何いきなりビッグイベント~~~!
「出来れば入念に準備をしてからにしたかったのですが、相手も折れない性格の方で。」
「騎士様というと、なよなよとしたイメージはございませんしね。」
「顔合わせに際し、アオ様に先に2点程注意して頂きたい事があります。」
真剣な赤い目に私もこくりと頷きをかえす。
「まず一点。中央教会には直属の騎士団が存在します。それぞれ第1~第6大隊まであり、大教会で何かあれば中央から騎士団が派遣されることもあります。彼らは基本、教会騎士団と呼ばれますが、聖女様方に忠誠を誓い、それを受け入れて頂ければ、その部隊は教会直属ではなく、聖女様方直属の護衛騎士と呼ばれる部隊となります。」
なるほど、昨日の疑問が解消された。護衛騎士になるには、私からの許可が必要になるわけだ。それが無ければ護衛騎士とはなれないと…いやでも待って?許可って口頭で?他に手続きはないの?
「あの、口頭で許可するだけでなれる物なんですか?」
「普通は段階を踏んだ手続きが必要ですが、あの隊長は強固にアオ様の護衛騎士になる事を望んでおりました。恐らくは、先にアオ様から護衛騎士となる許可を得、もろもろの手続きは後回しにするつもりなのでしょう。」
「既成事実さえあればということですね。」
「…女性がそのような言葉選びをなさらないでください。」
「あら、ごめんあそばせ?」
コホンと、仕切り直すようにアレクシスさんが咳払いをする。私も失言をごまかすように咳払いをする。すいません。
シツゲンシツゲン。
「つまりは、護衛騎士としてありたいという言葉に頷かなければよろしいのですよね?」
「側にいたい。守らせてほしい。等の言葉にも注意が必要とお考えください。」
「承知しました。」
なかなか是か否かわからない言葉でもねじ込んできそうな相手ということだな。と、胸に刻む。そんな、ちょっとした言葉の綾とも言えるラインで既成事実作られても困るわー。ほんとに信じられる側にいて欲しいと思える人なら良いけども。
この前情報だけだとめんどくさいなとしか思えない。ごめんね。騎士様。
「二点目は、迂闊に隊長と接近しないよう、お気をつけ願いたい。」
「接近…?」
せっきん…
ぱちくりとアレクシスさんの言葉をおうむ返ししてしまった。
どういうことだ?
「彼は若くして大隊長になった実力の持ち主です。」
「はぁ。」
「それ故、恋情も武器にしてくる可能性もあるのだと、どうかご承知おきいただきたい。」
「…」
私はあっけにとられた。
これは、あれか?
私は、色仕掛けというか、優しさとか、勘違いさせようとする恋の罠にころっと騙されてしまう可能性があると思われていると、そういうことか?
「あのぉ」
「このような忠告は、ご不快かとは思いますが。」
「いえ、忠告はありがたく。ただ、隊長様は、おいくつなんですか?」
「3年前に今の団長職に就き、今年25歳のはずです。」
「25…若すぎてなびける気もしませんが気を付けます。」
瞬間、周囲の空気がぴしっと凍った気がした。
あれ…あ…あぁーーーー
しまった。侍女さんたちからしたら私ってたぶん十代後半のぴっちぴちの少女だったわ。あーーーーーーー!
変な性癖の女って思われたあぁぁぁぁ!!!!
「そ、そろそろ行きませんと、お待たせしているのではないでしょうか?」
無理矢理この空間からの脱出を図る。後に皆様の噂の種となるとわかっていても、失言は取り消せないから失言なのだ。くすん
「…そう、ですね。では、色々ご注意くださいね。」
『色々』に、ほんとに色んな意図が見え隠れしてるのがよくわかる。それらに刺し貫かれながらも、差し出された手をそっと握って、微笑んで見せた。
それしかさっきの失言をごまかす術がなかった。
そんな私の微笑みを数秒見つめた後、歩き出したアレクシスさんは1つ頷き、少し口角を上げて一言。
「何があっても、その様に笑みで乗りきれば大丈夫です。」
先生の一言は、心強い呪文になる。
ぐっと背筋を伸ばし、顎を引く。いわれた通りに唇に笑みをはき、扉を開く。
「これは…なんと美しい方か。」
感動に打ち震えた様な爽やかな声。
ふんわりとした前髪がそのウェーブを生かした形で緩やかに横に流されて、とても手触りが良さそうだ。茶色にも見える黄土色の髪色は柔らかく、快活さと誠実さを兼ね合わせたような明るい瞳は髪と同色ながら透明度が高い。
騎士隊の隊長さんは、短い髪を揺らしながら嬉しそうに笑みを振り撒いた。
私は、その声を知ってるなぁ…
遠い目をしないように踏ん張りながら、私はきゅっとアレクシスさんの手を握ったのだった。
侍女さんたちとの戯れが楽しすぎる件。




