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急にせり上がったもの


 執事さんは何も悪くない。けど、落胆する気持ちがどうしても胸に落ちてしまう。


「長引きそうなのですね。」


 取り繕うように笑ったはずだが、たぶん、うまくいっていなかったんだろう。


「申し訳ございません。」

「ちょうどお腹がすいてきたところで、うれしいです。」


 執事さんに謝らせてしまった…。

 何も悪くない方に頭を下げられてしまうのは一番心苦しいことで。軽くお腹を押さえて殊更明るく笑って見せると、執事さんも柔らかく微笑んでくれた。お腹がすいていたのは本当のことだし。時間的にも丁度いい。

 みなさんがてきぱきと用意してくれたご飯は相変わらずとても美味しくて、料理長へいつもありがとうと伝言をお願いしつつ、魚のムニエルがめっちゃ美味しかったといつものまたつくってねの下心を伝えておいた。

 いつか照り焼きとか蒲焼き系を作ってはくれないだろうか。鰻の蒲焼きとは言わない。ただ、あのあまじょっぱいタレを堪能したい。食べれるなら鰻のようなふっくらしていて脂ののっているお魚で食べさせて欲しい。


 一人テーブルマナーに気を付けながら静かに食べる食卓。

 食器の音をなるべく立てずに気を付けつつ、注意される心配がないのは緊張しなくていいけど…あー今一人なんだ。

 一人なんだなぁ。


 まずい。なんか、いきなり寂しさとか胸がつまるような感覚が膨れ上がってきた。

 どうしよう。


 周りには侍女さんが二人、私の食事のためについていてくれている。

 見られたくない。恥ずかしいし、心配をかけたくない。

 でも、ご飯を残すのも嫌だ。

 でも、でも…でも…


 ボロリ


 熱い感触がまっすぐ落ちて、瞬時にそこが冷たくなってく。

 咀嚼しながらこぼれた涙を追いかけて次の涙がまた落ちた。


「あ、アオ様!?」


 驚く侍女さんたちの声がする。

 慌てている光景が目の端に映っているけど、なんか溢れた気持ち以外がうまく頭に入ってこなくて、ぼたぼたと涙を流しながら魚をただただ口に運んでいく。

 あたたかいパンもふっくら美味しいし、いつも空っぽになら無いようにと継ぎ足してくれるレモン水はミントもいれてあってスッキリ爽やかだ。


 私はずっと、毎日忙しいカーライルさんに…こういう風に救われていたんだ。


 死んだことは漠然と受け入れていた。アレクシスさんに話して、それをしっかりと受け止める事も出来た。

 世界線を越えてこっちに来たことも、女神様の願いを叶えたいっていう気持ちが強くて嫌だと思ったことはなかった。

 でも、なんにもない。

 知り合いもいない。親もいない。過去もない。しがらみもない。

 ぽっかりとした空洞が、本当はあったんだ。

 私、ほんとはとても寂しい存在だ。


 無言でご飯を食べ終わるまで、侍女さんたちはむやみに人を呼ぶこともせず、私を待っていてくれた。鼻をすすりながら咀嚼し、綺麗にお皿の上から用意されたものを平らげ、食器を決まった場所へ置き食事の終了を言外に伝える。

 すると、すぐそばにいた侍女さんがすっとハンカチを差し出してくれた。

 少し迷って侍女さんを見上げたら


「アオ様に似合いそうだと思って刺繍したものなのです。できたらもらってください。」


 と、そんな風にいってくれた。

 ぽっけにいれてたハンカチは自分のためのものだろうに、心遣いに感謝して、その言葉を受けとることにした。


「ありがとう。ジェシカさん。」


 今の私の見た目からはずっと年上のお姉さんに見える侍女さんの顔から必死に名前の情報を手繰り寄せてお礼を言った。

 ジェシカさんは少し驚いたように目を見張ったあと、嬉しそうに頬を赤く染めて滅相もありませんと笑ってくれた。

 二人に痴態をさらしてしまった私はその後はさっさとお風呂に入ろうと思ったけど、ドレスを脱ぐためのお手伝いが必要だと気づいて…両手でこっそり顔を覆った。これだから…ドレスってやつぁよぉ…。

 どうしろってんだ。チクショー。


「あ、あの…」


 私は泣く泣くお片付けをしてくれている二人に声をかける。


「恥ずかしいところをお見せしてしまいました。すみません。」

「と、とんでもありません!」

「アオ様が大変な環境に置かれていらっしゃる事は、わたくしどもはみなよく存じております。」


 まって、みんな何を存じていらっしゃるの。

 なんて説明されてるの。

 そっちがめっちゃ怖いんだけど???


「あの、他の方にこんな顔…その、恥ずかしいので、お仕事が一段落しましたら、着替えを手伝って頂けますか?」


 違う意味で内心真っ青になりつつ、このドレスを何とかするために着替えは二人になんとかお願いすることに成功した。


 まさか…一人のご飯ってだけでこんなに情緒不安定になるなんて…。

 予想外すぎて自分で自分をどうしたら良いかわからん。

 二人が退室したあとの部屋で一人になると、静かな気持ちが少しだけ戻ってくる。

 侍女さんたちが戻ってくる前に少し頭と顔を冷やしたくて、私はそっとランプを持ってベランダへ出てみた。二階にある部屋から出たベランダには長椅子が一つある。それに腰かけて空を見上げると月と星が瞬いている。

 世界線を越えて尚、人の生きる環境というのは似るんだなぁ。

 神様の創造する世界が近いからなのだろうか。いつか女神様に聞いてみたい気もする。あぁ、でも、月の大きさと形がちょっと違うみたいだ。きれいな円形じゃなく、どこかちょっといびつな形。

 そんなところがまるで宝石みたいで綺麗だなぁ。

 この世界は、いつも、私に綺麗な物を見せてくれる。


「夜に呼ばれるのは珍しい。」

「たぶん、来てくれる気がしてました。」

「世界を尊ぶそなたの祈りは天によく響く。」


 神様の声を聞きながら、この人にも、救われてたんだなぁって思う。人じゃないけど。


「皆『祈り』っていうけど、『願う』気持ちじゃなくて、生きることとか、生きてるこの世界への『感謝』が、この世界でいうところの『祈り』なんですね。」

「人の感覚は我にはわからぬが、そなたがそう感じているのであれば、きっとそうであろう。」

「感謝してますよ…なんて、言葉にすると軽いものになっちゃうけど。いつもこうやって他愛もない話をして、一緒にお茶を飲んでくれる神様に、とても、感謝してます。」

「それは…我自身に対してか?」


 きょとんとした目が私を見下ろしている。神様でもわからないことがあるんだなと思うと楽しい。


「はい。いつもありがとうございます。」

「そうか…またいつでも呼ぶがよい。」


 少しばかり冷える夜空の下、神様の横はとても暖かくて優しかった。優しいけど、この人は神様なんだなぁと、心底理解せざるを得ない暖かさだった。





基本ネガティブ主人公なので、突然へこむとまっ逆さまです。



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