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紅玉の衝撃(アレクシス視点)


 しばらくぶりに知り合いからの手紙を受け取り、新鮮さを感じるよりも先に胡乱な感情を露わにしながらアレクシスはそれを見つめた。


 送り主はカーライル。深い付き合いと言うわけでもないが、とりわけ考え方の似通った…人に言わせれば長年の友人と言える相手であった。

 お互い、季節の便りの様な社交辞令等必要としない間柄である。当たり前のように半年や一年何の便りもなく過ごす事が当たり前だった。

 そんな相手から珍しくも送られてきた手紙に、厄介事でも持ってきたのか?と勘繰るのは必然。

 封を開くのを躊躇したが、兎にも角にも開かねば内容はわからない。致し方なし。と、アレクシスはペーパーナイフを取り出した。

 装飾一つないシンプルなペーパーナイフは、利便性以外を必要としない彼の性質そのものの様。引っ掛かり一つなく開いた封筒から数枚の手紙を抜き出した。

 時節のあいさつは一切なく単刀直入に切り出された本文。アレクシスは静かな顔でそれを読み終えるや否や即座にペンを取り、何事かを始めた。

 その手元には、手紙の他に入っていた調査のための依頼書と、家庭教師の契約書。そして、机からまっさらな紙を出し、その上に今回の調査に直接赴く必要がある旨の書類をさらさらと書き上げていく。

 あっという間に書類を書き上げると、再度内容に目を通し、まぁいいだろうとアレクシスは部屋を出た。しばらく戻る事もなくなると、通常の鍵の他に魔法を刻み、仕事部屋に別れを告げる。


 アレクシスが進む廊下は天井が高く、両側の柱に支えられ、アーチ状に装飾が施されている。通路自体もそれなりの広さがあり、大人が4人位ゆとりをもって並んで通れる広さである。

 床に敷かれた絨毯で足音は消され、足早なアレクシスの踵の音を聞く者は誰もいない。

 辿り着いたのは、両開きの扉の前。

 わざわざ見張りが詰めている扉の前でピタリと止まると、気負いもなくノックをする。

 即座に返る入室の許可に、失礼します。と、よどみなく扉を開けば、白髪高齢の男性が、奥の執務机に埋もれながら驚いた顔を向けて来た。


「アレクシスか。珍しいな。私のところに来るとは。」

「そうですね。いつも私のところに仕事を持ち込むのはそちらですので。」

「それで、今日はどうした?」

「しばらく中央を離れますので、サインを頂きにきました。こちら、書類です。」


 親しみのこもった高齢の男性の声色に対し、感情の色の乗らない言葉を返しながらアレクシスは有無を言わさず三種類の書類を執務机に並べる。しれっと決定事項の様に言っているが、サインを貰えなければ現在の拠点を動く事は許されない。

 アレクシスが所属しているのは、その国の王都にある中央教会であるからだ。


 彼が現在いるのは、直属の上司の執務室。それも、かなり高位の役職についている人物であるが、アレクシスが地位に阿ることはまずないし、その態度に周囲が驚く事はない。また、この上司もそうした態度を特に咎める事もない。

 上司としては、彼が有能であり、かつ、仕事をしてくれていればそれでいい。無意味に協調などを口にすれば、他の厄介事が上がるだけである。


 阿らず、地位を欲さず、周囲と同調しない。


 アレクシスに求められているものはそれである。

 だがしかし、それは彼がこの中央教会に収まっていてくれている事が前提の話。

 突然どこに行こうというのか、彼の上司はあわてて執務机から立ち上がった。


「アレクシス急に何を!?」

「カーライルから要請がありました。私の専門分野ですし、内容が内容なだけに、他の者を向かわせるのは得策とは言い難いかと。また、フレン様にはこの内容を胸におさめておいていただければ幸いです。」


 高齢の上司…フレンへ畳みかけるように一息に言うと、アレクシスは先程自身で書き付けた書類を読む様にその手に渡す。フレンはそれへ素早く目を通すと、深いため息をつきながら目を閉じた。


 内容を要約すれば、神々の手により異界から聖女が舞い降りた。という話である。


 聖女の存在がまずもって本当であるかという点も重要ではあるが、その上異界からの来訪者。伝承によれば、何度かそのような存在がいた事は確かであるが、神々によりもたらされたとはっきり書かれている事がまた問題であった。

 唸り、眉間を押すフレンを見ながらアレクシスは淡々と畳みかけるように話す。


「伝承、神威、祝福、聖女の判定…どの分野をとっても私が適任。ご納得いただけたかと。また、情報の規制が必要となりましょう。私とフレン様の間で留め置けば、土地の者の統制はカーライルがつつがなく取り計らっている事でしょう。一番問題がなく混乱もない最適な条件で状況を確認してこれるかと存じます。」


 またフレンは唸り、しばし頭痛をこらえるようにこめかみを押さえたあと、顔をあげた。


「お前が外に出ていることは伏せる。土地の見回りはカーライルに隠させるように。」

「承知しています。では、サインを」


 フレンの苦悩など微風でしかないアレクシスは、さっさとしろと書類へのサインを催促する。

 そこにガリガリとインクを流しながらフレンはアレクシスに声をかけた。


「無事にもどれ」

「身の程はわきまえてます。」



 パタリと閉じる扉を見つめ、フレンは重いため息をはいた。

 アレクシスが不在であることがばれないようにしばらくは立ち回らなければならなくなった。この事が漏れれば何かとうるさいものが出てくるのだ。


 それにしても、カーライルには文句を言いたいところだ。

 中央にはアレクシスの研究対象や文献が多いから不満はあっても、たまに地方の資料を欲しても、なんとか留め置く事ができていた。それこそ、地方の資料は権威を傘に着て取り寄せもした。それをまさか、このような形で突破されるとは…。

 カーライルの元で起きた出来事も、下手に話が広まれば、徒に事が大きくなるのは目に見えている。

 アレクシスの件同様、人知れず話を収めたい内容である。こうなってはもうひっそりと事前に準備し、動きがあり次第速やかに動けるよう手を打つしかない。フレンは今後について頭をフル回転させ始めた。



 人知れず王都から出るのに2日。足の早い馬車を頼み、揺られること更に2日。アレクシスはカーライルが管理する教会の地域へと足を踏み入れていた。

 聖女が現れ、神々を頻回に呼んでいるとあったが、土地に変化はあったのだろうかと、立ち寄った町を見渡すが、あまりの変わり無さに逆に驚いた。

 カーライルがその手の嘘や誇大妄想を送ってくることなど無いと断言できるが、それにしてもおかしな話である。祝福により生活が大きく変わる様を何度か観測し、その変化についての統計もとらせてきている実績から見るに、この町からは、祝福を賜った様子など欠片もみえない。

 では、見ている町が悪かったのか…と、こまめに途中の町へ立ち寄るが、やはりどこも同じである。

 どういう事かと違和感を感じながらも、少し遠回りをしたことでカーライルの屋敷にたどり着いたのは王都を出てから3日目のことだった。


 ガラガラと門を潜れば馬車のために丸く道がしかれた前庭があり、屋敷の玄関には、光の中、今にも溶けて消えてしまいそうな程儚げな少女が居た…と、認識した直後、唐突な馬のいななきと、馬車の揺れで体勢を崩した。したたかに膝を打ち付けたがそんな事より何があったのか。

 御者台への覗き窓を見ると、御者の男が何かに戦き声にならない声をもらしている。

 アレクシスは即座に、自身で状況を確認すべきと判断し、扉を開き、ひらりと着地し顔をあげた。すると眼前には天から差す一条の光と、光そのもののような神のお姿が地上へと舞い降りて来たのであった。

 だというのに…である。先程認識した少女は、神へ何事かを話しかけたかと思うと、その背を押して屋敷の中へと押し入れ、傍らにいた侍女へたのみ事をし、こちらへと向き直った。


 先程の奇跡など無かったかのように…。


 その泰然とした姿に、アレクシスは近隣の町の様子を思い出した。


 祝福などまるで存在しないかのように、変わらない町。

 神の降臨に、まるで阿らぬ聖女。


 見たことも聞いたこともない神と人との在りかたに、多大なる衝撃を受けたが、それはまだ序の口であると思い知るまでにあと数秒。





区切りのいい所なので、数日更新をお休みするかもです。

私用で他の趣味に勤しんでいて文字通り手が離せなくなっています。

なるべく早く更新できるように、祈ってていただければと思います。


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