とある一族の新しい構成
レガートの息子だというアルディメンテくんに会って、私はこれ幸いと彼に籠の中身を託し、自分に任せられた役割を分散することにした。
彼もディオールジュ家の一員なわけだし、ちょっとくらい手伝ってもらっても罰は当たるまい。
それにどう考えてもこれは私よりもこの鶸宮で生活する彼の方が適しているはずだ。この、お菓子を貴族の方々に広める役目は。
クッキーは少年少女たちで分けてもらい、ケーキは王城へOJTしに行った際に大人に配ってもらえばいい。レーズンサンドは彼らの良識と味覚にお任せするとして、なるべくよくおやつを食べるタイプの方々に広めていただきたい旨をお伝えした。
アルディメンテくんは素直にそれを受け取ってくれた。とても良い子である。
良い子ではあるのだが…
「では、宜しくお願い致します。アルディメンテ様」
「責任をもってこちらお預かりいたします。…ところで」
にこやかに籠を彼の方へ押しやると、彼もそれを自身の方へと引き寄せた。
「やはり、呼び方を変えては頂けないでしょうか。」
何度目かの粘り。
えぇ、何度目か、の。である。
「……」
笑顔を何とか保持しつつ、私は押し黙った。
少年、すごい粘るじゃん。
さっきからずっと隙あらば呼び方の変更を訴えられている私ですが、なだめすかしたり、笑顔で圧をかけたり、スルーしてみたりとやってみたけど全然諦めないんだよね。
そんなに…そんなになのか。少年よ
そんな出会ってすぐ呼び捨てなんてハードル高いよ。しかも、こんなに年の差がある相手にですよ?
正直、地位は高いが年齢の近そうなレガートの方が個人的にはハードルが低いよ。
いやまぁ、こんな見た目でそんなこと言ったら正気を疑われかねない。女神様作のガワはどこからどう見ても十代の完璧美少女だからね。お口にチャック大事。
「……」
「駄目でしょうか」
じーーーーっとこちらを見つめる少年の瞳の中で光が揺らめく。
それに私は押され気味になる。私は…おそらく、多分、年下というか、子供に弱いのだ。自分でも知らなかったが。
「何度もお伝えしておりますが、急に呼び捨てでお名前を呼ぶのは少々……あっ…」
困ったなぁと思いつつ何とか逃げ道を探して視線を泳がせていてふいに、これならまだハードルが低いかも。と、思い至る。
「あだ名をつければまだ口にしやすいかも?」
「えっ」
「ぇっ」
「え??」
少年のみならず、私の斜め後ろからも控えめながらも声が上がって私はびっくりして同じような音を生み出してしまう。
なんで二人そろってそんなに驚くの?
淑女としてきょろきょろするわけにもいかず、汗をだらだら流しながら引きつる頬を何とかなだめる。
「通り名でもなく…愛称を、ですか?」
「う、うん。じゃなかった。はい。」
念押しするように確認される。これは一体何だろうか。
「…愛称を…いえ、でも…」
考え込まれてしまう。
どう見ても何らかの地雷を踏み抜いている。踏み抜いているぞ。さすがにこんな反応されたらわかる。
名前関連の文化が特殊なのは理解していたが、まさか、愛称をつけるのってタブーでしたか。
「あぁ、そういえば当家の色を父上より許されているという噂でしたが…」
しばし考えこまれた末に、何かを思いついたらしく、明るい顔がこちらへ向けられた。
何を思いついたのかはわからないが、その噂は真である。私は頷いてそうだよ。という意思表示をする。
「でしたら、私にとっては姉上に近いものとも考えられますよね。」
「えっ…えぇ??」
姉?突然の飛躍にとうとう私はてんぱったまま正面と斜め後ろへきょろきょろと視線を移動させてしまった。斜め後ろのフェルヴィドさんが良いのではないかという風情で頷いたのが見え、また重ねててんぱる。
なんで兄弟枠!?彼は、ご当主様のご子息だよ!?
生粋のお貴族様だよ!???
生まれも育ちもわからないどこの馬の骨ともわからない人間を、レガートやカーライルさんが後見人になってくれているとはいえ、家族枠に入れるってどういう事だってばよ?
私がお嬢様とかないと思います!
「であれば問題ないですよね。ぜひ、お願いいたします。」
「???」
私は、程よくハードルを下げたつもりで、果てしない遥か高みまで上げてしまったという事を実感しながらてんぱった頭で考える。
期待のこもった輝く瞳が、どんなあだ名をつけてくれるのかと言っている。くそぅ…今更、やっぱなし!と突っぱねることもできやしない。
アルディメンテ…長い名前である。アレクシスさんも、カーライルさんもそこそこ文字数があるが、何となく、アルディメンテくんは更に発音的にも呼びづらさがある。
私の母国語の響き的に呼びやすいのはアルくんとかだろうか?でも、この国のあだ名のルールに則っているんだろうか?私の知る別の国はあだ名のルールがかなり違っていたしなぁ。
「あ・・・アルくん?とか?」
「ア…ル…?不思議な響きですね。」
「えーっと、あー…逆に、この国でのあだ名のつけ方だとなんて呼ばれるんでしょう?」
口慣れないたどたどしさとともに転がり出る響き。やっぱり違うのか。と、私はむしろルールを教えてプリーズと、聞いてみることにした。
私が遠くから来た的な事をずっと口にしているからか、少年が国の基幹に関わる教育をしっかりと施されているからか、私の言葉になるほど。と、素直に頷いてくれる柔軟さに心底感謝する。
「よくつけられそうな愛称…アーテでしょうか。」
「アーテ…くん?」
「アーテです。」
うぐ…呼び捨て推奨が変わらないとか、きっついよ。あと、今度は私がちょっと呼びづらい響きだ。
なんとなく口なじみが悪い。
呼び捨て推奨してくる少年の訴えを無視して、私は呼びやすいあだ名を模索する。
「うぅん…ちょっと呼びづらいですね…あーて…あー…あっ」
口の中で何度か響きを転がしてピンとくる響きが出てきた。
「アルテ…アルテくんはどうだろう?」
「…ア、ル、テ…」
「うん」
少年は一度響きを確認するように復唱すると、にこりと笑って頷いた。
嬉しそうに見えたのが勘違いじゃなければいいなと思いながら、私も笑いかけた。
「嬉しいです。アオ様」
マジカヨ。
何で君の方は私を様付け続行なんだ。アルテくん…。
衝撃の強さに言葉が出なくなっている間に、アルテくんはサクサクと今日の総括を口にして、私にまた会いに来ると言い置くと夕食の時間になるからと席を辞したのであった。
神様、これはディオールジュ家の子だからと、仕事をちょっと手伝ってもらっちゃおうかなーなんて軽く仕事を横流しした罰でしょうか。早速罰が当たったんでしょうか。
いよいよディオールジュ家に変な食い込みをしてしまっている自分に頭を抱えた。
ディオールジュ家、私を懐に入れがち問題。




