星流れ混沌とする庭
少年は、私の様子を窺うように間を開けながら再度名を告げた。
家名はディオールジュ。
家長たるレガートの息子だという。
星の流れる灰色の髪と、ゆらゆらと揺れる水面のような紺色の瞳。その輝きは、少し前に目にしたディオールジュの制服を思い出させ、その名前はまさに一族のもの。
家名と色彩。この国でそれはイコールになる。
その理由がこれほどまでに納得できることなど初めてだった。
家の色は一族が繋いでいる血族の色。
それをアレクシスさんから教わった時はいまいち理解できなかったが、家門の色そのものを知った今は違う。
知識とつながる現実に、じわじわと感動が広がっていく。
「あの…」
うわーすごーいっ。と、頭の悪い感想が頭を埋め尽くす中、少年は心を決めたような目を私に向けてきた。
そんなに決意に満ち満ちた目を向けられる理由がわからない。
私は内心で首を傾げ、声を待つ。
「ぼく、いえ、私の父であるディオールジュ家当主の後妻として当家に迎えられたというのは本当でいらっしゃるのでしょうか!」
一息で発せられた言葉に時が止まった。
上がりに上がったボルテージが一気に奈落へ落ち込んだ。
固まる私。
しばし経ってギシリ…と、首が倒れる。
この少年は一体何を言っているのだろうか?
ごさい…?
五歳の間違いかな?生まれたてなのでバブちゃんなことは間違いない。
バブなので甘やかして欲しい。心はババアだけど。
などと凍り付いた頭の片隅で現実逃避をしかけたが、目の前の少年の顔色が悪いことに気が付いた。
こんなにも顔色が悪いと自分の事より少年への心配が顔をもたげてしまう。
固まったまま少年をガン見しすぎただろうか?
そんなにも顔色を悪くして、それでも決意した視線は揺るがない。
ごさい…五歳じゃなく、後妻だという事は理解している。私は現実逃避をしたかっただけだ。
言葉の衝撃が大きすぎた。
ただ、不思議なことにアレクシスさんの噂のような羞恥心は不思議と無くて、一度深呼吸してみれば心はゆっくりと平常に戻る。
どうしてそうなった!?って感想は頭を埋め尽くしてはいるけれど。
「アルディメンテ様がどのような情報からそのような質問をされたのか、私にはわかりませんが、私とレガートの間にそのような事実は一切ございませんよ。」
なるべく柔らかく、棘が無いようにと心掛けながら、私は顔色の悪い少年に投げかける。
「私がレガートに会ったのは数週間前のたった一回だけの事ですから。」
ほ…と小さな安堵が薄い唇から漏れた。どことなく肩からも力が抜けたように見える。
けれど、その目はまだ揺らがぬ決意を抱いている。
「では、なぜそのように名を呼ばれるのですか?」
おや…?
そういえば、名前で呼んでたね?しかも呼び捨てで。
無意識のままごりっごりに癖付いてしまった呼び方だったためになんの違和感もなく口にしていた。
後妻の可能性ビンビンに上がってるじゃないですか。勘弁してくださいよ。
違うんです。レガートと私は何の関係もないんです。
これはただただ発音がおかしいと連呼させられた弊害なんです。
どうしろと…って思ったけど、いやいや全部レガートのせいだよね。レガートが悪いので、全部レガートで何とかしてもらおう。
ゆっくり息を吸い込んで、私は更に笑顔を深めた。神様、あいつです!!って気持ちで。
「レガートが、発音がおかしいからと何度も、何度も、何度も、何度も、名前を連呼させてきた結果ですね。」
そう、何度も!ね!!
だから私は悪くないし、私たちにはどんな関係性もないのである。
「ところで、アルディメンテ様はレガートのご子息…なんですよね?」
レガートと私のことはとりあえずもういいだろう。と、私は少年へと話題を移すことにする。何もかもレガートに聞いてくれという気分です。
少年は突然の話題転換に目を白黒させているが関係ない。
もうさっきの話は終わったのだ。例え少年が納得しようとしなかろうと。
将来きっと切れ長の目が涼しげで精悍な青年になるであろう少年は、今はまだ愛らしさが際立っている。幼さのまだ残るその顔を観察すると、少年を通してカーライルさんとレガート、全員よく似た目元をしているのだなぁと感じ入る。切れ長の目の遺伝子が強い一族である。
そんな少年は、戸惑いからかちょっともじもじと身じろぎをしてから、改めて、こちらをまっすぐに見てきた。
「父上と名を交わしている方に敬称を付けられるのは違和感が…」
少年の眉尻が下がる。
「僕のことも敬称を付けずにお呼びいただければありがたいのですが。」
「…では、慣れたらそのように。」
「いえ、今からでもそうしていただきたいです。人は繰り返すことで覚えるものです。何ならここで僕の名も復唱していただければ慣れるのでは!」
勘弁してほしい。
何がどうなって資料棟で初対面の少年の名前を連呼させられなければならないのか。羞恥心だとか戸惑いだとか、いろいろな意味で困る。
そういうところは父親を見習わなくていいんだよ。
笑顔を何とか保持しようと頑張りつつ、汗が出てくる。
初対面でお名前呼び捨てはハードルが高いよ!レガートの時はたまたまそういう流れに乗ってしまっただけなんだって!
あえてそうしようと思ったわけではないんだ。わかるね?と、肩をつかんでガクガク揺らしたい。
「慣れるまではご勘弁ください。ね?」
美人の笑顔は圧があるらしいので、私は全て笑顔で押し切ることにした。もう名前のことなどいいじゃないか。
「それよりディオールジュ家直系のご子息であられるアルディメンテ様にぜひお願いしたいことがあるのです。」
この箱庭の子供たちを足掛かりに、貴族へお菓子を広められないかと思っていたところにレガートの子が現れたのは、まさに好都合。渡りに船である。
さすがのフェルヴィドさんが例の籠を持ってきてくれており、私が振り返れば即座にそれを差し出してくれる。
ありがとう。と、声をかけて籠を受け取り、私はそれをテーブルの上に置いた。




