陽あふれる庭
神様が去った部屋の中。
恐る恐る、ゆっくりと振り向くと…予想通り、へたり込んでいるシアさん。それから、予想から外れて静かに佇んでいるフェルヴィドさんがいた。
「あれ?」
「いかがなされましたか?」
従者然とした顔はいつも通り。
あまりにもいつも通り過ぎて、私はパチパチと瞬きを繰り返したあと、首を傾げた。
「いつも通りですね?」
「とんでもございません。感動にこの身はうち震えておりますよ。」
私から見える範囲で言えば、いつも通りである。
「お二方は…今しばらく平常心に戻るのは難しいかと思われます。よろしければ、少し周囲をご案内いたしましょうか?」
リンフォール先生と、シアさん、2人と目が合えば、輝く瞳を潤ませて胸を抑え、呼吸も乱れた状態であることが見て取れる。
そんな2人を目の当たりにすれば、今は距離を置いた方が得策だという結論に私も至るというもの。
素直にフェルヴィドさんの言葉に頷いた。
私が頷くと、フェルヴィドさんはシアさんを余っていた椅子へ座らせ、落ち着いたら来るようにと言い含め、先生にも似たような対応をしてから外へ続く扉へと私を誘った。
その態度を見てると、もしかしたら暁の麗人の言うように毎日神様を呼んでたら、周囲の人みんなこんな感じになるのだろうか。なんて考えてしまう。
多分きっとありえない事だけれど。
軽い錯覚というか、希望的観測というか…現実にこういう人が居るのだと見せられてしまえば、甘い見通しとわかっていても夢を見たくなるのが人の弱さというものだよね。困ったものだ。
さっきの神様の誘いは悪魔の囁きみたいなものだ。自重大事に。と、胸に刻む。
いや、神様ではあるんだけどね。
部屋の外に出てみると、鶸宮が普段聞かないくらいがやがやとしたざわめきに包まれているように感じた。
違和感が顔に出ていたんだろう。私の顔をちらりと見たフェルヴィドさんは、周囲の雰囲気を伺うようにぐるりと視線を巡らせた後、まじめな顔のまま口を開いた。
「天なるお方を聖女様が呼ばれたことは王城のみならず、王都中から見えた事でしょう。あのような光の柱であれば、広範囲から観測が可能でございますので。」
「えぇ…」
「人が集まらないうちに参りましょうか。あまり人の立ち寄らない場所へご案内いたします。」
流れるような動きで先導するフェルヴィドさんは、人差し指をそっと口元に当て、静かに参りましょうと言った。
その瞬間の色気大放出に私は見事に殴られた。
んんんんんんんんんっっ
心の中に吹き荒れる、言葉にならない悲鳴の嵐。
そういうことをするのはやめていただきたい!いや、ありがとうございます。大変素晴らしい色気です。まじめな方の控えめなジェスチャーってなんでこんなに胸に突き刺さるんだろうね。白手袋万歳。
千々に乱れる心を顔に出すまいと必死に胸に抑え込みながら、とにかく静かに足音を立てないようにと足を運びついていく。
人の背中を追うのは、この世界に来てからあまりないことで、ちょっと新鮮だ。
その気持ちにむりやり意識を向けてゴム鞠のように跳ね回る心を何とか押しとどめる。
フェルヴィドさんの足取りは不思議なほど慣れを感じるものだ。
迷いはなく、人のいない通路をすいすいと進んでいく。
中庭に出る時だけは人の気配に注意し、通路から出るものの、それ以外は人が居ない事を確信している様だった。
さすが、この場所で過ごした経歴を持つフェルヴィドさん。と思うものの、こんなに人の居ない通路に精通しているなんて、どんな理由でそれが必要になったのかとついつい過去に思いをはせてしまうのが止められない。
フェルヴィドさんはカーライルさんの従者枠でここにいたらしいし、どんな少年期を過ごしたのか…そのうちこの好奇心が抑えきれなくなりそうだ。でも、野次馬丸出しで聞いたら引かれるよねきっと。
お口にチャックは大事な機能。と、己を戒める。
そうして広い背中を追って、いざなわれたのは広い部屋だった。
中庭側からいくつもの扉が見えていたが、それぞれが小部屋になっているのではなく、全て同じ空間に繋がる扉だった事に入室して気づいた。
部屋を区切る壁はほとんどなく、立ち並ぶのは壁の様な本棚と、木でできた長い机とそれにあつらえたシンプルな椅子。
「図書館?」
「ト、トシ…?」
私のつぶやきにフェルヴィドさんは不思議そうに私の発した音をなぞった。言葉自体が理解できなかったという様子に、私は驚いた。
図書館という言葉はこの国にないのだろうか。
自動翻訳されているらしい私の発したものがこうして通じない事が今まで無かったので、通じない単語が存在するとは思わなかった。
「こちらは資料棟でございます。」
戸惑いを一瞬見せたものの、すぐに場所の案内に意識を切り替え、教えてくれる。
いいなぁ。私にもその切り替えの早さが欲しいなぁ。
「王城内だけでは置ききれないために、古い資料はこちらへ移され、保管されているのです。」
「鶸宮にわざわざ移しているのですか?王城に専用の場所を置く方が場所が分散しなくていいのでは?」
「よく使う資料や、新しい政策に関する物であれば王城内にございますので文官が働く分には問題はございません。こちらに資料を集めている理由の1つには、子供たちを鶸宮に集めた際に提供できる利点というのがございますね。」
「なるほど。いち貴族では集められない量の資料…この蔵書量を見れば、利点として納得です。」
ずらりと並ぶ背の高い本棚が広い部屋に並び立ち、その中にぎっしりと詰まった本。
資料を見るための机と椅子も本棚が立ち並ぶ中に設置されている。
「毎日この中の本を読み放題だと思うと、わくわくしますね。」
だって、本棚はそっけない無機質なものではないのだ。さすが王城の一角!といったどっしりとしたつくりと飾り彫りには感動するし、床にはふっかふかの絨毯が敷き詰められて歩きやすい。
簡素めな長机と椅子だって、きちんと磨き上げられてぴかぴかなのだ。
そして、ところどころにソファーもあって、ゆったり本を楽しめそうな空間が出来上がっている。
資料棟という名称から感じるそっけなさとは程遠い、ときめきの塊である。
楽しくなってしまうよね。
あまり難しい本は読めないと思うけど、伝承系の物語はぜひ読みたい。
ぐるりと室内に視線を巡らせた後、いつものように私の後ろに控えているフェルヴィドさんに視線を向けたら、なぜか横を向いて眉間をぐりぐりしていた。
眼精疲労だろうか。
「大丈夫ですか?」
「えっ、えぇ、はい。失礼いたしました。」
声をかければすぐにいつも通りのフェルヴィドさんの顔がこちらを向いた。
「喜んでいただけて何よりでございます。」
それから、私はふかふかとした絨毯の感触を楽しみながら、資料棟の中を歩き回り、方々を見て回った。
フェルヴィドさんが言う通り、広い空間には全然人の気配がなく静かなものだ。
ふかふかな絨毯のおかげで自分の足音すらしないのだから余計である。
「せっかくこれだけの資料があっても、利用者がいないのは少し寂しいですね。」
「さすがにこれは…数年前との比較では意味がないかもしれませんが、極端に人が居ない様に存じます。」
ふむふむとその言葉にうなづきながら歩き、階段を上がったり下がったり、探検気分で鼻歌でも出そうになるのを抑えるも、うきうきした足取りは抑えられない。
本棚の間を縫って歩いていたが、何となく端まで歩きたくなって壁へ向かって進んでいくと、思ってもいなかった光景にたどり着いた。
本棚と机やいすが並ぶ室内。その外側に壁1枚隔てて外側に通路が通っていたのだ。
ところどころに窓があると思っていたが違った。窓だと思っていたのは外側通路へ続くぽっかりと壁をくりぬいている箇所だったのだ。
半透明なガラスごしにさんさんと降り注ぐ光は柔らかく、休んでいくよう私を誘う心地よさそうなソファーに、ついふらふらと歩み寄って腰を落ち着けた。
ふかりとした感触。とても柔らかく体を包み込むものだから、ほぅ…と息を吐いて体を沈ませた。
人のいない場所は寂しいけれど落ち着く。
ぽけらーっと半ば意識を手放していると、縮こまっていた意識が広がっていくような感覚が心地よく、そっと目を閉じた。
ほんの数秒の油断しきった状態。
そこに突然振動を感じ、私はびくりと体をはねさせた。
大変お久しぶりです。
普段ご挨拶を書くことはほとんどございませんが、長らくお待たせしたこともあり、一言ご挨拶を書かせていただきました。
私生活面でなかなか続きに取り掛かることが難しい状況でしたが、また復活できそうな状況になってまいりました。
少しずつまた皆様に楽しんでいただければ嬉しく存じます。
Twitterでたまに生存報告や小ネタなどを流したりしておりますので、フォローいただければと。
これからもどうぞお付き合いの程よろしくお願いいたします。




