焔爆ぜ光踊る庭
「神様めっちゃ手が痛いです!」
両の手をがっちり握られ、びくともしない。振り払おうにもどうにもできない私は、涙目で叫んだ。
すると、私の目の奥をしばし覗き込み、暁の麗人はゆっくりと手を緩めた。
ゆっくりじゃなくてさっと手を離してほしかった!
机に向かって座っている私の手を握っていたのは、机の横から右の腰を軽く乗せた状態の暁の麗人。
机に腰を乗せた状態でも長い脚が余っているのがまったくけしからかっこいいです。キラキラした光と相まって、すさまじい輝きと美しさである。
手はあり得ないくらい痛いけれど、神様はさすが天上のお方といった美しさで、痛みに対する恨みつらみより、その美を称賛する感情が勝ってしまう。それはそれでなんだか悔しい。
そもそもなぜ私はこんな痛みを与えられたのか、さっぱりわからない。
一呼吸置いて気合を入れてから、怒ってますよという目を暁の麗人の顔へ向けてみる。
「そなた、己が役割を灯りに指示されたというのに、地上の戯言に惑わされるとは、いったいどういう了見だ?」
怒っているのは私のはずなのだが、暁の麗人の方がおこらしい。
周囲の光がキラキラ光るのとは別に、ふわりふわりと踊る髪の先から、焔が爆ぜて光をきらめかせる。
その上、まっすぐ見据えてくる瞳の中でも光がきらめいては遠のき、またきらめく。そのきらきらとした揺らめきに吸い込まれすぎて思考を奪われかけ、はっとする。
いかんいかん、怒りも忘れかけているし、暁の麗人から出された質問も遠のきかけている。
無理やりそのきらきらから視線を引っぺがして、えぇと何だったかと首を傾げると、暁の麗人の向こう側にリンフォール先生が居るのが見えた。
そういえば、シアさんもフェルヴィドさんもこの部屋にはいるのだった。
「私が居るというのに、人の子に意識をやるとは、相変わらず思考の行方の読めない者だな。」
「ふえっ」
他の人に一瞬意識を向けただけだというのに、暁の麗人はそれを許さないという様に、私の顔を両手で挟んできた。
頬を包んだとかじゃない。女神様がしてくれたのとは全く違う。
女神様と同じようにやさしくそっと頬を包んでくれたのだったらドキドキイベント間違いなしだが、これはそんな甘いものじゃない。
甘さなんてかけらもない。
なぜなら、暁の麗人は私のほっぺたをつぶしているのだ。
いやいや、まってくださいよ。
ちょっと私の立場とか、立場とか、立場とか、色々あるわけで、ちょっとくらい周囲の状況を考えてもいいと思うんだけど。
それに、人前で年ごろの女の子のほっぺたをつぶすのはどうかと思う。中身はともかく見た目は若いのでそういってみる。
「かみひゃまほほっへはつぶひゃないれくらはい」
「む、こうするとうまくしゃべれぬのか。面白いな。」
「ひひょれあひょわらいれくらひゃ」
むにむにとほっぺたをこねくり回してくる暁の麗人に、私は重ねて抗議するが、不明瞭な音声では何一つ抗議にはなっていない。何より、神様はその不明瞭になる言葉すら楽しまれている。なんてこったい。
ちょっと神様、人の体で遊び始めるとか、どういうことなの。
がっつりほっぺたをつぶされている分、しっかりと手の感触が私にも伝わってくる。女神様とは違う、男性らしい骨格の暁の麗人の手。
温度は温かさも冷たさも実感がなく不思議な感じだ。
肌の厚み的な硬さは感じるのに、かさかさとしたようなものはなく表面の滑らかさがすごい絶妙で、なんかちょっと恥ずかしくなってくる。
いつ会っても楽しげでそれは何よりだけれど!何よりだとは思うけど!私にも体面というものがありまして!
意を決してその手を引っぺがそうとぎゅっと神様の両手を握ると、それにも楽しげに笑う。
手が緩められたのでやっと普通にしゃべれる。
「うぅぅっ何なんですか。最初は両手を掴んだり、今度は人で遊んで。」
「あぁ、そうであった。つい、普段できない事ができるのでな。」
「ついって…」
案外お茶目な暁の麗人に呆れてしまう。
「それで、なんでしたっけ。」
「ああ、そうであった。そなた、創造の君の願いを受けてこの世に在るというのに、地上に煩わされてその役目を控えるなど、どういうことだ。始まりの地に居た頃よりも私を呼ぶ頻度が少ないではないか。この地が我らと近き地であると、古き地にて理解したであろうに。」
ぷんぷんしている暁の麗人は、なんというか、だいぶかわいい。
そして、言っている内容もずいぶんと可愛いな?
つまりは、光の貴公子より暁の麗人を呼ぶ頻度が低いと怒られているという事だよね。しかも、ここなら声がさらに届きやすいのに知らん顔してる事もばれている。
ばれてないと思ってたのに、駄目だったか。
「えーっと、すみません。」
「よい。これからは余計な事に煩わされず、素直に祈ればよいのだ。」
「えっと…すみません。」
「…」
この世界で神様にジト目で見られる人間なんて、私くらいかもしれない。
そして、私の故郷特有の曖昧表現並びに、同じ言語で多種多様な意味を持ち合わせる言葉に対して、正しく意味を把握しているらしいその目に苦笑いしか出てこない。
一度目のすみません。は謝罪の意。二度目のすみません。はお断りする意。
「えぇと、さすがに人間関係とか、周囲とのしがらみとかを考えずに生きるのは難しい事ですし。」
「そなたほどの加護を得ていても難しいのか。」
「逆に、加護を得ているからこそ、望んだように動きにくいといいますか。」
あがめられたくないという私の願いは、神様を呼び出している時点で叶わないのだけれど、天上の方にそれを言ってもなぁと、言葉に悩む。
「むぅ…未だかつて、その様な事を言う者などついぞおらなんだが、そなたは本当に難しい子だな。」
顎に手をやる暁の麗人。
それはそれは絵になる美しさで、その指先の優雅さに目を奪われる。
典雅とか、優雅といった言葉の始まりはここなのではないだろうかと思える。
「加護は創造の君のものだから私には手は出せぬが、どうしたものか…いっそ、毎日私を呼べばよいのではないか?人の子は周囲に物が溢れるとそれがある事に慣れるのが早いのだから、毎日の事であれば特別な事ではなくなるであろう?」
「えぇ…絶対ありえない事言いますね。」
考えの一部は確かにそうかもしれないという要素が混じっているのに、着地点がおかしい。
暁の麗人って、こう、世間知らずの王様的な、下々の者の事を知らな過ぎて突拍子もない事を言ってしまう的なそんな感じの事をいう方なんだなと、私は驚きつつも分析する。
この世界で、例え毎日神様を見ていたとしても、絶対に慣れる事はないだろうし、この尊い気持ちが薄れる事など絶対ないだろう。
それなのに、毎日毎日呼び出したとしたら、ただの聖女からさらに進んでありえない位伝説的な存在に昇格されてしまいそうである。
そんなの勘弁である。
「とんでもない提案しないでください。」
「とんでもないとは言うが、そなたら原色のひと雫は願いの先を生み出す事を至上としているではないか。役割を見失えば、生きる事を失う存在が、それ以上余計な事を考えれば色を失うのみぞ?」
私は、パチパチと瞬く。
神様の言葉の意味がよくわからなかったのだ。
けれども、光が明滅するその瞳は心配そうにしている事だけはわかった。
「今はまだ良いが、心を押し込めればいつか壊れる。思うまま、そのままで在る様言い聞かせている我の提案を素直に受けよ。」
言うが早いか、そっと額にかかる前髪を撫でると暁の麗人は去ってしまった。
どうやら意見の一致しない私とむやみやたらと言い合う気は一切ないという事らしい。さすが、天上のお方であるというか、貴族的なと感じた一端を目の当たりにした気分である。
言いたいだけ言って去ってしまって、きっと言う事を聞かなければまた次会った時にまたおこな状態になっているだろう。
それにしても…今、この状況を、私はどうすればいいだろうか。
私の正面では感動に目を潤ませ固まるリンフォール先生。
そして、背後にもきっとそんなシアさんとフェルヴィドさんが居るのだろう。
確認したくないなぁ。
苦い思いが広がった。




