学びの庭
「えーっと、ま、まずは、試験へのご協力、ありがとうございました。」
廊下でのひと悶着からずっとぎこちないままのリンフォール先生は、私が最後の試験を終えるとそう言った。
まだ午前が終わる前の時間である。
初めて鶸宮に来た時は複数の試験を受けると聞いてげんなりしたが、終わってみれば案外さっくりと全て終わったと感じる。ほっと一息である。
今日から何をすることになるのかわからないのがもぞもぞするが多分説明があるだろう。ぎこちないながらもお礼を述べるリンフォール先生に、私は笑って応える。
「とんでもございません。この国の事はこの4ヶ月程度の知識しかないものですから、ご期待にそえたとは思えませんが…いかがでしたでしょう?」
鶸宮に居つくつもりはなくとも、試験をされたならそれなりに結果が良かったとは言われたいものである。
何か一つ褒められたらうれしいなと思いながら、私はじっとリンフォール先生の顔を見た。
「えっと、はい…その、期待以上でございました…よ。」
歯切れの悪いリンフォール先生。
試験結果がどうとかよりは、部屋に到着する前の会話が尾を引きっぱなしである。
正直、何か言いたいことがあるなら言ってくれ。と思うのだが、リンフォール先生はただずっとそわそわしているだけである。ちくせう。
「えっと、何人かの先生は、季節外れの試験だったため、受け持っている生徒用の試験をそのまま渡したらしいのですが、多くの科目できちんと回答されてましたし。」
おっと、先生方、いくら何でも雑ですね?10歳用とは言わないが、ちゃんと初めての人用にして欲しいんですけども?
研究第一の先生方、マジで研究以外、雑が過ぎるよと心の中で突っ込みを全力でしてしまう。
こういう話が上がるにつけ、意外にも、ゼローソ先生が案外まともな方だという事がわかってしまうのがなんだか悔しい。
内容をある程度吟味して試験を作って、自分で来ていただけとてもまともだった。
「分野による落差が大きいですが、それはともかく、どこにでも応用が利く分野での能力が本当に高くていらっしゃるので、先生方の中でも話題になっておりますよ。」
私は背後に宇宙が広がる。
思った以上の評価をいただいてしまっているような気がするのだが、気のせいだろうか。
ちょっと褒めてもらえればそれでよかったのだが、案外もともと生きていた世界で学んでいた知識が役に立っている事が意外だ。
世界を作った神様が違うのだから、もっと世界の理が根本から違ってもおかしくはないのにね。
濃度計算とか、数式の基礎的な認識とか、異なっていてもおかしくないのが異世界だと思うのだが、私の習った通りの数式で対応ができてしまったのだ。
そういえば、数字に関してはこの世界もメジャーなのは10進数なんだよね。
やっぱり10本指というのが大きな理由なのだろうか。
人間の身体構造がほぼ一致しているからこそ、発展しやすい文明の方向性が一致しやすいという可能性を考える。
考えても誰ともこれを共有できないのが辛い。
私は推しの考察を青い鳥のSNSにたれ流したり、ネットの友人たちと意見交換するのが好きだった。SNSは無くとも、顔を合わせて話ができればいいけど、そもそも世界を渡った結果の違いを語らえる相手って誰?ってはなしである。
辛み…。
「この国の方ではないというのは納得の結果でした。ただ…平民であったというアオ様がこれほどまでに高度な教育を受けられていた事に驚きを禁じ得ないと言いましょうか。」
あ、これ、異世界あるあるのやつや!
全国民に基礎教育が普及してないタイプのやつでは!
異世界転生っぽさにちょっとわくわくする気持ちが湧き出る。
「その…お話いただいた内容から察しますに、就労して何年もたっていらっしゃるような口ぶりでしたし…10歳位の年頃ではこのような高等教育を受けても理解できるか疑問と言いましょうか…」
もともと今日は落ち着かない様子から始まったのに、更に気まずげにそわそわする先生。そろそろちょっと落ち着いて欲しいのだが、そわそわが増すとはこれいかに。
その視線は、痛ましい過去に触れていいか迷っている大人のそれである。
あれれー?おっかしぃぞぉー?
リンフォール先生の視線を受けて、先生たちの中で私って何歳の設定なんだろう?と、疑問が頭をもたげた。
アレクシスさんやカーライルさんとは、歳の話をずいぶん前にしただけで、今後の私の扱いについて取り決めてはいないのである。恐らく歳は知らないとでも応えてくれてるとは思うのだ。
私は私で、見た感じ16か17歳かな?と、この世界に来て思ったのだが、何歳かを口にした事はない。
というか、良心が痛むので、自分から10代だよ☆みたいな事は口が裂けても言いたくない。
こんな、歳ばかり重ねてしまった喪女が、そんな痛い事を、このかわいい唇で言うなんて、女神様への冒涜である。
そんな私の見た目年齢だが、女神様が私の希望通りにこの体を作ってくださったおかげで身長が小さめなのである。もしかしたら、周囲からはもう少し若く見られている可能性がある。
そういった事を加味し、リンフォール先生の言葉を考える。
例えば、15歳位と推測している大人たちが既に数年就労しているらしい少女の経歴を考えたとする。
例えば、12歳から就労していると推測したとして、その歳から働かなくてはならない子供にそこまでの教育を与える環境というのがまずもって想像ができないだろう。私でも絶対無理がある設定だと思う。
そして、もし教育を与えられていたとしても、12歳やそこらで習得したと考えるには、どうも試験の出来栄えと噛み合わない。
といった感じだろうか
なるほどな。
異世界あるあるのやつじゃなかった!
私の生い立ちが謎過ぎるやつだった!
そこまで考えを巡らせたら、色んな事が面倒になって私はにこにこと笑って先生を見上げることにした。
すると、また困った笑顔が私を見下ろす。
「そんなお顔をなさらないでくださいませ。先生が思うほど過酷な環境で生きていたわけではないのです。」
「ですが、この国の王族すら知らないような環境でいらっしゃったのでしょう?」
「自分の記憶が正しければ、隣の国の事くらいは知っておりましたよ。」
隣の国はどこかって?もちろん、前の世界のだよ!
もしかして、王族の知識がない発言をしたせいで、前提にあった私の過酷な環境の想像を更に躍進させてしまう事になったのだろうか。
今にも悲痛さで涙まで流しかねない空気がひしひしと伝わってくる。
いや、でも本当に待って欲しい。
まずもって実年齢がかみ合っていないのである。だから、先生の思っているような痛ましい子供であるわけではないわけで…。
フォローというか、訂正をどうしたものかと私は内心困る。
労働環境が過酷だったことだけはある意味先生の想像通りかもしれないが、それ以外は本当に違うのだ。
過去に過労死を経験していたとしても、今はとても健康的に暮らしているし、本当にそんな悲痛なものを見るような目で私を見る必要はないのである。
むしろ、健やかに過ごせている日々の尊さへの圧倒的な感謝の方が大きいのである。
女神様のおかげだなぁ。
なんて、考えていたら、世界にキラキラ輝きが増した。
お…おぅ…のぅ…
キラキラ輝く光の粒。
暁の麗人がやってくる時ってなんでいつもこれが降ってくるんだろうね。
頭の中で現実逃避をしながら、私は空から舞い散る雪を捕まえようとする時の様に手をかざした。
すると、いつの間にやら現れた暁の麗人の手により、私の両手はするりと包み込まれた。
「こんにちは。神様」
挨拶をすると、ゆるりとその口元が弧を描き、そして、ぎゅううううっと手に力を入れられた。
「いだだだだだ」
痛い!
壊れる!
手、死んだ!!




