人と神の行き交う庭
朝食の後、私は予定通りアレクシスさんと一緒に王城へと向かった。
隙あらばゼローソ先生が本を持ってやってくるので油断ならないが、それ以外は特に10代の少年少女たちと関わることなく過ごせている。
今後もぜひそうありたいものだ。ここで面倒なイベントはいらないのである。
別に、この世界でもボッチ極めたいわけじゃないので面倒のない相手なら歓迎だけど、地位と家名と将来性を持つ子供しかいないのだから、平民からすれば存在自体が面倒の塊である。やっぱり誰ともかかわりたくないな。
どうか神様、お願いです。
天に届かないとわかっていてもお願いごとを必死に祈ってしまう。
祈りと言えば、人の多い場所に出入りするようになって初めて知ったのだけれど、この場所はやたらと暁の麗人がそこら辺に居る。
何を言っているかわからないと思うが、私も何が起きているかわからない。
何といえばいいのか…。
どうやら、本当にディオールジュ家が治めている土地は、神様との繋がりがなさ過ぎたようだ。
だってほら、鶸宮の中を歩いていると、誰かの祈りが天地を結ぶ。
か細い糸がきらめいて、その根元にはうっすらと暁の麗人がいるのだ。
王城が特別なのか、王都が特別なのかは、行動範囲の狭い私にはわからない。
ただ、ひらめく焔が軌跡を描き、踊るように消えていくのが見えるのだ。
誰も糸に気付かない。
誰も神様に気付かない。
それ自体はまぁいいとしよう。
神様が見えてしまうのも…私は普通以上に神様がしっかりと見えるらしいと勝手に納得をしておくことで心の平安を保っている。
以前女神様を大教会で大っぴらにお呼びしてしまった時に、私の見えている神様と他の人の見えている神様では大幅に隔たりがあるのだと、カーライルさん、アレクシスさんとの意見交換で判明している。
そうした前例のおかげで早々に私はそういうものだと割り切った。一度は動揺してフェルヴィドさんとシアさんに余計な事を聞いてしまったが、これ以上は何も言うまい。
お口にチャックは大事な機能です。
ただ、しょっちゅう視界の端に暁の麗人がよぎるものだから、そろそろうっとうしい。
サブリミナル効果ってやつなのか、関係のない鮮やかな赤からオレンジに輝くひらりとしたものがよぎると、はっとして振り返ってしまうのだ。ついつい暁の麗人かと反応しちゃうのが悔しくなってきた。
もうみんなたのむから、アスコットタイとか、クラバットとか、袖やスカートの下に仕込まれたレースだとか、ひらひらしている物は大好きだけど、その色だけはやめてくれないかな!?
「…っ」
今日もほら、ひらりと視界の端で踊るそれに、思わず振り返ってしまった。
声が零れかけたが、何とか押しとどめることに成功した。
ぐぬぅ…危ない所だった。
「アオ様?」
不思議そうに様子を伺うような声をフェルヴィドさんがかけてくるが、私は何でもないですよと笑って首を振る。
「左様で、ございますか…」
どことなく歯切れの悪いフェルヴィドさんの返答を受けて、え、今の人別に知ってる人じゃないよね?と、思わず自問自答する。
だが、知っている人なはずはない。だって私が10代の少年少女と知り合いなはずがないんだから。
全く顔は見ていないから、本当に見覚えがないかと聞かれても知らんけど。
フェルヴィドさんの反応は気になったけど、下手に振り返って関係性ができても困るので足の運びは止めることなくそのまま進む。
何かあれば言ってくれるだろう。たぶん。
歩きながらさっき思わず振り返ってしまった物を思い出す。
今日ひらりと私に主張してきたのは、赤に金の刺繍が刺されたクラバットだった。
金具に埋め込まれた宝石がキラリと光って綺麗だったけど、紛らわしいからやめて欲しいと思わざるを得ない。
金具の台座が黒で、鮮やかな赤い石が際立って綺麗だった。
その色合いがアレクシスさんみがあってそわっとしたなぁという感想を抱く私の後ろでは、フェルヴィドさんのみならずシアさんもまた戸惑った顔とそわりとした動きを見せていた事など露知らず、私は鶸宮の中を移動していった。
今日の午前中で試験は終わりらしい事をリンフォール先生は言っていたけど、それなら午後は一体何をするのだろう。
すれ違っただけの人の事よりも、気になるのは今後の自分の事である。
この鶸宮で、自分の扱いがどうなるのかは最大の関心事である。
私は全然鶸宮の子供になる予定はないんだよね。
鶸宮の中には貴族の子供以外にも、関わるのが面倒な人がいるわけで。
あぁ、ほら、色々な意味ですごい人が来ましたよ。
ちゃんと手入れされていて綺麗な髪だなぁと思うが、大ぶりな動きと抑揚のついた口調が特徴的な、色々な意味で色々なものが強い人が…。
「おはようございます。アオ様。本日も、星のきらめきを残しながらも朝を感じさせる美しい髪と、輝ける明けを象徴する瞳が素晴らしくていらっしゃる!」
今日もその滑らかな口は絶好調なゼローソ先生だ。
分厚い1冊の本を携えているのをなるべく視界に入れないようにしつつ、適切な距離を保って立ち止まり…嘘です。普段より数歩距離を取っています。
その距離からなるべく詰められないように気を付けながら、何とか柔らかい笑顔を向け、淑女の礼を取り、先制攻撃を仕掛ける。
「おはようございます。ゼローソ先生のお口は今日も滑らかでいらっしゃいますね。あぁ、本日はすぐにと呼び出されておりますので、名残惜しいですが、失礼いたしますね。それでは」
ギリギリ淑女としてセーフなスピードで言い切ると、私はゼローソ先生を大きくぐるりと回って指定されている部屋へいそいそと向かう。
淑女的にアウトじゃないよね?とドキドキしつつ、呼び止められないのでセーフです。たぶん。
ゼロ―ソ先生から心持ち急いで離れようと歩いていくと、今度は廊下の途中でリンフォール先生にも出会った。
「おはようございます。アオ様」
「リンフォール先生、おはようございます。」
お互い単純な挨拶だけを交わし、私たちはどちらともなくにこやかに歩き出す。ゼローソ先生と遭遇した直後だから余計に、簡素なくらいがちょうどいいなぁと、しみじみ思う。
3日目ともなれば、リンフォール先生にはちょっと慣れてきたきがする。
先生も同様に、私が貴族的な挨拶を必要としないと気づいたようで、幾分肩の力が抜けているように見受けられる。何よりである。
「そうでした、先生は甘いものはお好きです?」
「え、あ、はい。大好きですが。」
「木の実は?」
「合間に食べやすいのでよくストックしていますよ。」
「お酒の方はどうでしょう?」
「普段飲まないので何とも…」
「そうですか。」
私からの突然の質問に、驚き顔の後、疑問符を飛ばしている顔になった先生に、ふふふーっと笑ってシアさんを見た。
改良してもらった分のお菓子を今日は持ってきたのだ。
せっかく普段出入りできない王城に来ているのだ。感想を聞くのは客層を広げる意味でも大変意義があるはずである。
商家で働くご両親の元で育ったというシアさんにもそっと相談してみたら、同意してもらえたし、たぶん間違えていないはずである。
お互いに痴態をさらしたことは水に流そうと言ったら、戸惑いつつも受け入れてくれたシアさん。
それはとてもありがたいのだが、なぜか神様に祈るように私に膝をつかれた時には、またしてもどうしろというのか…!?と叫びたくなった。
あれ以来、ぎこちないながらも私たちはちょっとずつ一緒の時間を重ねている。
こういうちょっとした相談を話せる相手というのはとてもありがたいものである。アレクシスさんが私にシアさんを付けた理由って、多分これなんだろうなとさすがの私も察した。
でも、専属の侍女さんを付けるかどうかって、以前カーライルさんとバトって私が返事を保留した案件だったはず…だよね。
さりげなく提案を実現させようとしているのが恐ろしい事である。
「実はですね、少し前に私が提案し、ディオールジュ家の料理人さん達に改良していただいたお菓子を持ってきたのです。仕事の合間に糖分を補給してくださいな。」
アレクシスさんの思惑はともかく、私はシアさんが持ってくれているかごの中から小分けにした包みを出してもらう。
先生の返答によってはたくさん包んだ分をお渡ししようかと思っていたのだが、お酒は普段嗜まないらしいし、木の実も大好きという事ではなかったので、様子見するための小さな包みをシアさんは出してくれた。
事前の打ち合わせ通りである。
「食べれない物はなさそうなので、まずはお試しに。」
シアさんから私が包みを受け取り、私から先生へお渡しする。
受け取っていいかどうか迷うようなその手に、しっかりと包みを持たせると、先生は包みを矯めつ眇めつ眺め始めた。
「土地の作物をふんだんに使った新しいレシピなのです。是非、感想をお聞かせくださいね。」
「わ、わかりました。」
よしよし。まずはリンフォール先生からお渡しは完了だ。
今後の予定によっては他の先生にもお渡しできる準備はしているし、徐々に広められるように頑張るぞ。
あ、避けることに必死でゼロ―ソ先生にお渡ししていないな。と、思ったのはこっそりと無かったことにしておく。
「おやおや、奇跡を呼ぶ聖なるお方とまで噂されている方が、さっそく賄賂でも渡しているのですか。」
「いくら何でもお渡しするのがリンフォール先生では、この鶸宮での影響など皆無と思われますがね。」
「あぁ、でも試験結果の改変はお願いできますね。ここ最近ずっと、試験監督を押し付けられていらっしゃるようですし。」
和やかな空気が流れる中、その声は突然投げられたのだった。




