昼と夜を繋げるお方(シア)
ここからしばし、シアさん目線のアオさんです。
本日も登城されていたはずのアレクシス様が慌ただしく戻られ、先輩たちが慌ただしく動き出した。その空気に、私もまた胸をざわめかせつつ、顔にはそれを出さない様に気を引き締め同じ分担をしていた先輩について行きお出迎えに急いだ。
王都に建つ教会の一角にあるフローレの宮。私が働く職場です。
この宮の主であるアレクシス様は、ここ3、4ヶ月程こちらを留守にされていました。ほとんど王都を離れる事のない主のため、私は驚きましたが、年嵩の方々は粛々と日々のお役目を果たされていました。
私も先輩方に倣い淡々と日々を過ごし、無事戻られて胸をなでおろしましたが、アレクシス様の日常は以前とは異なる様相に変化していて、この数か月で何があったのかとよく噂として話題にのぼります。
以前であれば、仕事で宮をお出になられれば夕方や夜、場合によっては次の日までお帰りにならない方でしたが、今は朝食をお召し上がりになった後は仕事に出られるのになぜか昼食に一度お戻りになり、また出かけてゆかれます。そして、夕食までに必ずきちんと帰られるのです。
今までとは違う生活ですが、戻られて1週間と少し。きっちりとしたアレクシス様ですので、その日々の在りようもとても規則正しく、私たちもすぐにそれに慣れました。
けれど、今日は様子が異なります。食事の時間とは全く違う時刻、この様に日中に宮に戻られる事などまずないため、誰もが内心焦っているのではないかと思いますが、先輩たちはどの顔も涼しい顔で玄関ホールに並び私もそれに倣いました。
その光景の一部のはずですが、何度考えても場違いな職場に居るいたたまれなさが胸の内でざわめくのが抑えられないです。
もともと、私は代々商家で働く両親のもとに生まれ、自分もその様に働くつもりでいたものだ。それが、旦那様からの紹介によりこうしてあまりにも身分の高いお方の元で働くこととなってしまった。
宮の扉が開き、先ぶれで戻ってきた侍従の言葉通りアレクシス様の黒いお召し物が視界に映る。
普段の出迎えよりも幾分人数の少ない私たちの事を何か言う事もなく、規則正しい靴音がいつもより早いリズムを刻まれる。
「王城へアオ様が召喚された。急ぎ対応が必要となった。」
アレクシス様は、足を止めることなくそう口にされる。そのまままっすぐ聖女候補様のお部屋へと向かっていくかと思われたが、靴音がやみ一度足が止められたことがわかる。私は表情だけは引き締めつつも、どうしたのだろうと数度瞬きを繰り返してしまった。
女性の中では背の高い方の私だけれど、アレクシス様もまた男性の中では身長が高く、私たちを一度見下ろす視線にひくりと指先を強張らせてしまった。
つり目の赤き玉が一度通り過ぎたはずの私へと再度戻された。
「君がいいだろう。共に来なさい。」
何が起きているかわからなかったが、反射的にはい。と返事をし、一歩前へ進み出た。
私が反応したことを認めると、再度その足は動き出す。それに続き、アレクシス様の後ろへ数名の従者が付き従い、その最後尾に私が付いた。
普段から早い歩調のアレクシス様です。早いリズムを刻むのについていこうとすると半ば走っているといっても過言ではない歩調になってしまいます。
こんな時、背が高くて助かったなと思うものです。
いつもより大股になってしまいはしたないと怒られてしまいそうですが、小走りにはギリギリ見えない速さでついていく事ができるから。
扉へのノックは普通は従者が行うものですが、聖女候補様のお部屋へ行く際のみその普通が崩れます。
この宮に来てから貴族としての当たり前を何度も何度も口酸っぱく言い含められてきている私は、その光景を見るたびに不思議な気分を抱くと共に、それほどまでに融通をきかせてまで在り方を譲歩する程の相手なのだと認識します。
そして、室内から聖女候補様のお声が聞こえます。
これもまた、普通であればおそばに居る者が扉を薄くあけるか、扉越しに対応するもの。けれど聖女候補様のお傍には誰も侍っては居ないのです。
普通であれば、扉の横で待機するだけでも人が付くものなのですが、それすら厭われる方であると、この宮にいらした時から私たちは聞かされています。その意志に沿うようにと心砕かれるとは、どこまで深く想いを抱いていらっしゃるのかと、皆その想いの尊さに思わず溜息が出てしまう程です。
さて、室内からの返答を受けて扉が開かれると、室内には楚々とした美しい人がいます。
何度見ても艶やかで滑らかな髪は不思議な落ち着いた色彩と、星々のような煌めきを放っています。
目が合った瞬間その奥のキラキラとした光が見える深く美しい瞳。口を開くとこぼれる耳心地の良い声。その全てがあまりにも尊くて、何度その前に立とうとも頭の奥を酔わせます。
「どうかなさいましたか?」
驚きにまつげを震わせ、かすかに開かれる双眸。
儚げで光にとけてしまいそうなそのお姿は、強い衝撃を与えれば掻き消えてしまうのではないかと思うほど。
私たちの主は、私のような者とは違い、陶酔に思考が止まるようなことはないのでしょう。カツカツと早いリズムを刻んだままその目の前まで赴くと、そっとその手を優しく取られました。
あまりにも丁寧で慎重なその所作に、私よりも経験を積んでいるはずの侍従たちもはっとした空気になります。
「王城よりアオ様を登城させる様要請の声が強く、これ以上抑えるのも難しいのです。どうかこれからご一緒いただけないでしょうか。経緯は道中ご説明します。」
突然の召喚命令です。
儚い聖女候補様が光溢れるこの場所でも淡く消えいってしまうのではないかと心配が胸を刺します。しかし、聖女候補様にはそのような心配は不要でした。
美しい顔は歪むことなく、顔色を変える事もなく静かなものでした。
泰然として揺るがない神秘性。
まさに奇跡のお方たる少女。
私は内心でその存在にほぅ…と、感嘆の溜息をつきました。




