不本意な新しい称号
鐘の音が響き渡った後、私は『王城』というワードに戦々恐々としながらお茶をすすっていたのだが、どこかからざわめき…というよりも、どよめきといった方が近いような種類の反応が私の元まで届いてからしばし経って、通路の向こうから現れたのはアレクシスさんだった。
口に含んだばかりだったお茶が変な所に入らないように慎重にこくりと嚥下して、カップを置くと、丁度よくアレクシスさんが私の側へと到着した。
単語が単語だっただけに、ちょっと過剰に警戒してしまったが、よく考えれば仕事のついでに送り迎えをしてくれるとアレクシスさんから最初に聞いていたではないか。
フェルヴィドさんも通常営業の顔をしていた様子だったし、焦る必要はどこにもなかったのだと内心恥ずかしさを覚えた。
「お迎えに上がりました。」
と、私を見下ろす容貌は、いつも以上に無機質で温度がなく、出会った初日を思い出させるものだなぁなんて、思ったりした。
「お仕事、お疲れさまでした。」
アレクシスさんを待たせるなんて言語道断。
私は、淑女としての所作で許される限りの素早さで椅子から立ち上がり、アレクシスさんの傍らへと歩み寄った。
にこにことお仕事をしてきたアレクシスさんに声を掛けたら、無機質だった面が、途端に色を浮かべた。
最初に出てきたのは意表を突かれたような顔。軽く双眸を開いた後、アレクシスさんはゆっくりと口を驚きの形に開きかけたが、すぐにその口元はすらりとした手で隠されてしまった。残念。
「長居をするものではありませんし、帰りましょう。」
アレクシスさんの様子から、何と返事をしていいかわからないといった空気を感じ取ったので、今日は珍しく私からついっと手を差し出し、先の行動を促した。いつもであれば、先回りして動いているアレクシスさんが私に手を差し出している頃合いのはずである。
いつもとちょっと逆の感じが、個人的には楽しくて、ふふふっと笑いがこぼれる。
そんな私の手に、いつもとは逆の順番で、いつものように手を添えてくれるアレクシスさん。
並び出ていくのは、いつも通路が開いているという出口の方である。
帰りもまた、中央教会までは馬車に揺られて道をたどる。
馬車の中にアレクシスさんと2人だけになってほっと胸をなでおろした。
自分はよほど緊張していたらしい。
知らない所に居たし、王城とかいう乙女ゲーの始まりですか?と思ってしまう場所だったし、先生はなかなか尖った感性をお持ちだったしね。致し方ない話しであろう。
「と、いう訳で、ゼローソ先生がとても大変でした。」
「あの方はお変わりない様ですね。」
緊張していたことをごまかすように、馬車の中で私はゼローソ先生とリンフォール先生の話をアレクシスさんへしゃべっていく。怒涛の勢いで感想を述べてしまったがアレクシスさんはそれらを遮ることなく私の口が自然と止まるまで話を聞いてくれた。
本当に他愛もない話しなのに、ちゃんと相槌を打って聞いてくれて、いい人である。
「他には、何か聞かれたりされませんでしたか?」
「最初に出身の情報が必要だからと言われたんですが…そうなんです?」
「あぁ、それについては、まぁ、普通であれば本人に確認するようなずさんなものではありませんが、身元が確かな者しか通す事はないので、事前に出身やその時の後見人などの情報は正確に確実に記録しております。」
「なるほど。」
一番疑問に思っていた事が聞けて、少し安心する。
私の事を根掘り葉掘りするためだけに聞いてきたのではないのだと。
「とりあえず、出身と聞かれてもこの世界のどこにもない場所だったので、自分でもどこかは知らないとお伝えしています。」
「それでよろしいかと。私もカーライルも、調べたが何もわからなかったと話しておりますので、矛盾はないでしょう。」
アレクシスさんと自分がした受け答えの付き合わせをする。私にとってアレクシスさんは先生だからなのか、こうしてきちんと丸をもらえると安心できる。
「私の方では、アオ様が毎日王城へ向かわずに済むよう約束を取り付ける事が叶いましたよ。」
「!」
おぉ!アレクシスさんってば優秀!!さすがー!!
私は両手を組んでアレクシスさんを見た。
「私が居ない時に何があるかわかりませんから、必ず私が王城にいる間だけという事にしてきました。中央教会での仕事もございますから、週に3,4日程向かう事になるでしょう。」
「ちょっと安心しました。毎日通ってこいというお話だったらどうしようかと。しばらくは私の学力の確認をするとか言われたので、そう言われる可能性を危惧していたんです。」
先生たちの様子だと、毎日私が通ってくるのを前提にしているようにも見受けられたのだ。殿下方も王城側から毎日通っているらしいし。だからと言って私も同じように求められても困るのだ。
「まったく、中央教会といい、王城といい、人の予定をもう少し考慮していただきたいですよね。今はレガートからの返事待ちをしているからいいですが、そちらが戻ってきたらまた動き出す案件もありますし。」
「…」
「せっかく1か月もありますから、あらかた仕事は終えておきたいですし…ね…えっと…あの、アレクシス…さん?」
「…」
言葉を紡いていたら、なぜかいつもよりちょっと冷たい目でじーっと見られていて、私はアレクシスさんの名前を呼んだ。
すると、しばしの無言の後、何か胸の内を整えるかのようにアレクシスさんはゆっくりと息を吐きだす。
「アオ様」
「は、はい」
「以前からしばしば思っていたのですが」
「はあ」
「ディオールジュの仕事狂いがうつり過ぎではないでしょうか。」
「えぇ??」
何を言われているのかわからず、思わず眉間にぐっと力を入れた。




