試しの庭
「ふぅ…なんか、最初の目的からそれてた気がする…」
私は庭にぽつぽつと設置されている休憩用のテーブルと椅子で1人ティーブレイクし、ほぅ…と息をはいた。1人とはいっているが、もちろん、傍らにはフェルヴィドさんとシアさんがいる。
私の学力がどの程度進んでいるのかを知る。という建前であれやこれや個人的な事を一緒に聞かれるかもしれないと身構えていたが、意外な事にそんなことはなかった。
というか、最初の1枚を読めないと言った後からゼローソ先生の様子が何やらおかしかった。
そのおかげで何も聞かれなかったのか。それとも、もともとそこまで根掘り葉掘りする予定ではなかったのか。
初日を終えたばかりの私には何もわからなかった。
出された模様をわからないと答えた私を、ゼローソ先生は目をすがめてじっと見据えた。
その目は、私のリアクションを何か疑っているような、そんな色をしていた…ような気がする。
「どうか致しましたか?」
素知らぬ顔をするのが正解だろうと、笑うとゼローソ先生はコホン、と咳ばらいをして失礼致しました。と次の紙を出す。
「これは…」
出されたのはどこかで読んだことのある文章の一部。確かカーライルさんの所で読み漁った中にあった気がする。
「記憶違いでなければ、天なる方の手を取られた神子様のお話しの一部だったでしょうか。」
そう、覚え違いでないのなら、過去の神子様の伝説的な内容だったものだ。
牧歌的な風景の中、幌馬車に揺られて素朴な歌を歌う様子が好きでよく覚えている。抜粋されているのは、ずいぶんと神々しいシーンだけど。
過去の伝記なのか、ただの伝説の類なのか、神話関係なのか、そこら辺の分類がさっぱりわかっていなかったが、どれもこれも私にとっては異世界の読み物である。とても楽しく読めた。
「これは驚きました。お読みになられたことが?」
「カーライル様のお屋敷で、書庫の出入りを許されておりましたもので。」
「なんと。では、大教会の所蔵する特別な書架を見ることができたという事ですね。」
気のせいでなければ、目に見えてゼローソ先生のテンションが上がっていらっしゃる。
テンションと共にその動きにウキウキ感が増し、手元の紙を出し尽くした後は頬を上気させて私を見ていた。その勢いにどう見てもリンフォール先生が困った顔でどう止めたらいいかとわたわたしている。
何かまずいスイッチが入っているのはわかるのだ…だが、どこで何を止めればよかったのか私にはまったくわからなかった。
出される内容について、大人しく言葉にするだけの簡単なお仕事なのだもの。
そう、求められたのは出された文章を読み概要を先生にお伝えする事、または、魔法に使われる模様のようなものの内容を読み解く、のどちらかであった。
まさか筆記が一つもないとは思わなかった。
概要とはつまり、文章を正確にとらえ、それを短い言葉にまとめ、伝える能力を問われているのかもしれない。と、3枚くらい出された時に思った。
10歳の子供に概要を。と、求めるのはなかなか厳しい教育であるとしみじみ感じ入る。流石は国の中枢である。
私が10歳の頃なんてどこまで自分の言いたい事を把握できていたか、怪しいものである。今の私は社会人もバリバリ経験した口に出せない年齢なので、人にわかるようにかみ砕き伝える事は、一応ね、たしなみとしてね、可能ですよね。…一応。
魔法の方は、いくつかぽろっと読めた意味を口にしてしまったが、基本的にはわかりませんっていう事にしておいた。そのたびに、私の顔をじっと見てくるのでいたたまれなさがすごかったが。
「こちらで最後でしょうか。」
ゼローソ先生の手元にあるもの全て概要を伝え終わったので確実に終わりだろうと思いつつ、念のため確認をしただけなのだが、先生はいい笑顔で首を振った。
「こちらはほんの小手調べです。」
絶対嘘である。
なぜなら、リンフォール先生がめっちゃ隣で首を振ってゼローソ先生の袖の裾を引っ張っているからである。
めっちゃ制止をかけられてますがな。
「またしばしおまちください。あ、その間リンフォール先生の試験をしていてくださって構いませんよ。私は追加資料をお持ちしますので。」
では!と、綺麗な所作と急ぎ足が同居する動きで出ていくゼローソ先生。
いやほんと、何をするにしても存在のうるささは変わらない人だな。
茫然と見送る私とリンフォール先生はしばらくゼローソ先生の消えていった扉を見つめ続け、それからどちらともなく互いを見つめた。
「えぇと…そ、それでは、私の方でご用意した内容を…」
「あ、はい。よろしくおねがいします。」
腑抜けた様な声を互いに出しつつ、私たちはするべき事をただ淡々とこなした。
リンフォール先生の方は試験というよりは授業に近い内容になった。
語学がそうであったように、地学もまた、女神様に通じる内容の学問であった。
祝福や加護の影響により女神様が作ったこの土地がどのように変化し、それがどのように歴史に関わっているのかや、歴代の王様が行ってきた采配により変わっていった事等がリンフォール先生の研究内容らしい。
語学も、地学も、全ては女神様に通じる学問で、なんというか、私の知っている語学や地学とは根本的なスタートが違うものだった。
語学は今も女神様の言葉を追求し、新たに魔法となる言葉を作り出しているという事がリンフォール先生とのやり取りでわかった。おかしい。その分野はゼローソ先生の分野。なんでリンフォール先生が説明してくれているんだ。
そして、地学は逆に過去の蓄積から未来を予測する分野であるとリンフォール先生は語る。
「歴史の蓄積もまた分野の一部となりますので、資料作成や、現在の正確な記録を残す事も仕事ですね。」
「現在の記録…ですか?例えば、どのような?」
「そう、ですね。例えば、王城や教会の絨毯の色には同じ理由で決まった色が選ばれている事はご存知ですか?」
それは、まさに私が建物に入ってから疑問に思って知りたかったことである。
「どんな理由が?」
前のめりになりかけてしまう。おっといけない。淑女、淑女。
一拍の後、そっと座り直してニコリと笑う。
「王城は個人の私室以外の公的な場所では全て群青の絨毯を敷いております。」
「個人の私室は違うのですね。教会はもっと明るい綺麗な青でした。」
青系ではあるが、色味や印象は全く違った。私の言葉を受けて、リンフォール先生は笑顔で頷く。
「これは、『天地を近づけ祈りの結びを引き寄せる』という意図が含まれているのです。天の色を地へ、地の色を天へ。」
そういわれて私は部屋を見渡すが、上に飾られたものは何もなく、何色が飾られているのか確認はできなかった。
私の行動の意図にすぐ気が付いたのだろう。リンフォール先生は案内してくれた時とは違って嬉しそうな笑みを浮かべて小さな笑い声を上げた。
「ははは、部屋の中にはそうした飾りはございませんよ。城の塔の上の旗ですとか、広いホールの天上にある布飾りやフラッグガーランド等の色に使われるのです。」
「なるほど。」
「しかし、そうした意図ややり方は古よりずっと変わらずに来たものではございません。思想の移ろいや、探求により解明された世界の理に基づき変わってきた文化でもあるのです。そうした今現在のやり方や思想を後世に残す…というのが仕事の1つなのです。」
語られる内容のどれもが興味深い。
私は兎に角前のめりにならないようにと心がけながら相槌を打ち、話の先を促す。
ゼローソ先生は一体何をどれくらい持ってくるつもりでいるのか、全然戻ってこない。おかげで私たちの会話は弾む一方である。
過去を知り、文献に残されていないものを掘り起こした資料から解き明かしていくのが楽しいのだと語ったリンフォール先生は可愛かった。
うんうん。
好きな事に打ち込むのはとてもいいことだ。
「実は、ゼローソ先生にはとてもお世話になっていて。」
「そうなのですか。」
苦労しているように見受けられたが…。
「私は、ご覧の通りまだまだ若輩の身でして、なかなか手に入る研究資料も多くないのです。過去の文献を探す際には、ゼローソ先生の所に集められた蔵書の数々に助けられてきましたし、点在する大教会の書架への立ち入りも、ゼローソ先生の肩書があってやっと許されると言った事もあるのです。」
「色々と、大変そうな方でしたが、それだけじゃないのですね。」
「あ…あはは…研究に関してはここに居る先生方全員ちょっと…」
濁される言葉に、なるほど、やはり研究者というのは尖った人種であるのだと改めて納得する。
今落ち着いて見えるリンフォール先生も、自分の研究に関する部分についてはあんな感じでテンションがぶち上がって暴走するのだろうか。
「なので、かの湖水晶の館の書架に入れるアオ様がとてもうらやましく…」
あの書庫はそんなに重要な文化財の宝庫だったのか。私はそっと背中に汗を流す。
ただの趣味で読みふけっていた物がとんだ貴重品だったって、誰か私に教えておいてよ!ちゃんと大事に扱ってたけど、けど、そういうことがわかってたら、もっと慎重に触るべきものとして認識して触れられましたし。
正直、館の中にあるから個人の蔵書だと思っていたんですよ。
こんなところでビックリな新事実はいらなかったよ。まじかよ。辛み。
「お待たせ致しました!」
楽し気なリンフォール先生とは逆に遠い目になりかけていた私。その空気を元気にゼローソ先生の声がぶち割った。
でかすぎるというほどではないが、まぁ、よく通る声で入室した先生の手には何もなく、私は首を傾げた。




