糸紡ぎの庭
準備をしてくるので…と、室内と中庭だけ自由に動き回る事を許された私は、先生2人がいなくなると早速立ち上がった。折角行動範囲が広がったのだから、色々見ないともったいない。
ぐるりと視線を巡らせた室内には棚はあれど、飾りのための棚の様で、かわいらしい一輪挿しや美しい模様の入った食器は飾られているが読めそうなものは何もない。
本があれば良かったのだけど、ここには暇をつぶす物がないし、せっかくだからと中庭へと移動してみる。
フェルヴィドさんとシアさんは音もなく私についてくる。それがちょっと気にはなるが、気にし過ぎたらやってけなさそうなのでそっと心に蓋をしておく。
部屋を出れば、目の前には木が数本生えている中庭に面した廊下。
さっき通った時は周囲を見るのでいっぱいで気づかなかったが、廊下には濃紺の絨毯が敷かれている。またしても青系。染料的な理由でなのか、宗教的な理由があるのか、気になるものである。
どこかで調べられたら最高なんだけどな。図書館がないか、後で聞いてみよう。
自由に使えるなら、ここに来るのも、まぁ、良いかと思える。
廊下から中庭に出れる場所はどこだろうと左右を見れば、すぐ右に壁の切れ目がある。
ゼローソ先生も褒めてくれた淑女の楚々とした歩みで庭に出ると、真上には青い空。足元の芝生は綺麗に刈り込まれ、きちんと手入れがされているのがわかる。
そこから地面をたどってみれば、通路を避けて廊下側の壁沿いにさりげなく花が植えられていた。
金魚草のようなまっすぐ茎の伸びた植物は、上の方にいくつも花をつけている。ひらひらとした花弁はかわいらしく、茎の四方に顔を向けている。
その足元には、背丈の低い花がこんもりと株ごとまとまって花をつけていた。
ぽつりぽつりと伸びる草花と、塊を作りつつ愛らしい模様を作るそれらが可愛くて、私はしばらく草花の織り成す光景を眺めながらゆっくりと庭を歩き出す。
相変わらず木々は不思議なほど苔むしている。
大きな木々があるのに、その根が建物を構築している石を押し上げたりしていないのもまた不思議で、気づけば花を見るより木々の根がどのように広がっているのかを追いかけてしまっていた。
根の先がどこにあるのか歩きながら伝っていくが、その根は建物にたどり着く前に完全に地中に姿を消してしまった。
そんな都合よく建物を避ける様に根を張るものだろうか。謎過ぎて腕を組みたくなるが、我慢である。淑女。淑女。
私の家庭教師であるアレクシスさんの顔に泥を塗るわけにはいかない。
植物ばかり見ていたので、今度は周囲を見ることにした。
そういえば、ここには貴族の子供達がいるはずだけど、全然出会わないな。
そう思っていたのもつかの間、草木の影に設置された椅子に誰かが座っていた。
私はビクリと肩を揺らし、立ち止まる。
別に、人にびっくりしたのでも、気後れしたのでもない。不思議な光景に、目を見張ったのだ。
天から垂れる細い糸。その下に居る少女は胸に両の手を当て、目をつぶっている。
恐らく、祈りを捧げているのだろう。
そして、光の糸を伝い降りたのは、暁の麗人だった。
「聖女様?」
驚くべき光景に思わず凝視していた私に、いぶかしげなフェルヴィドさんの声がかかる。
「えっ、あ、な、なんでしょう。」
「何かございましたか?」
驚きに振り返れば、声音の通りの表情のフェルヴィドさんと、同じような顔になっているシアさんがいた。
「あの方になにか?」
「お知り合いですか?」
2人には見えていないのだろうか。
それとも、あれくらいの光景は、ここでは普通なのだろうか。
「えっと、知らない相手ですが…今、女性が1人座っているだけ…ですよね?」
言葉を探すも、うまい言葉が見つからず、一番無難な言葉を選んだはずなのだが、どう聞いても私の様子がおかしい台詞である。
暁の麗人が見えていてもいなくても、私の頭を疑われそうだ。
「もちろんでございます。」
「何か他にございましたか?」
きょとりとした2対の目が私を見ている。不思議そうではあるが、どちらも私への不信感はかけらも見受けられない。
有難さも感じつつ、いたたまれなさが募るには十分である。
だって神様いたもん。
〇トロのめいちゃんばりに叫ぶわけにもいかないわけで。
「ちなみにですが…空から細い糸のようなものは見えたりは…」
念のため、本気で何も見えないのかをどうにか遠回しに確認しようと、私は恐る恐る追加で聞いてみた。
天地を繋ぐ糸。
2人にも見えただろうか。
「蜘蛛の巣がございましたか?」
「わたくしがすぐに取り払いますわ。聖女候補様はお下がりください。」
だがしかし、狙いとは異なり2人の慌てた様子に、私も慌てる。
いやいや待ってシアさん、そんな全力で仕事に取り掛からないでいいから。
「違っ、違う…のです。何もなければいいのです。変な事を言ってごめんなさい。」
どうやら本当に何も見えないらしい。神様も、あの糸も。
そっと女性をもう一度見たが、そこにはもう、暁の麗人の姿はなく、糸も見えなくなっていた。
きっとあれが祈りなのだと、自然と思える光景だった。静けさの中に一滴零れる神聖さ。
けれど状況から思うに、私の時とは違うようだ。
私の時は誰からも明らかな証が見えていたようだし、周囲に神様の姿も何らかの形で見えてたみたいだった。私の見ている姿の通りではないらしいけれど。
この世界の法則が謎過ぎて、私は思わず腕を組んで考え込んでしまう。さっきまで腕を組むのは淑女らしくと思っていたことなど綺麗に頭の中から吹っ飛んでいる。
残念な事にそれに気づいたのはリンフォール先生の声に気が付いた後であった。
不覚である。
「アオ様お待たせいたしました。」
部屋に戻り、椅子に座るとゼローソ先生がまずはこちらを。と、紙を1枚私に差し出した。
「こちらの模様から読み取れる情報はございますか?」
紙の上にあるのは、なるほど、模様である。
それを見つめながらなぜ模様なのだろう?と首を傾げてしまう。ゼロ―ソ先生は語学の先生だと言っていたはずなのだが。
語学…つまり、これも何らかの意味が含まれた言語的要素があるという事だろうか。
象形文字とか甲骨文字、楔形文字だとか、文字にも色々あるわけだからこれもまた文字的な要素のあるものの可能性はある。そう言えば、この世界には魔法があるのだった。わ、忘れてないよ。私が使えないからって意識から追い出してるわけじゃないんだからね。
つい、どこの誰に宛てるわけでもない言い訳を心の中でしてしまう。
そんな事を考えて再度視線を落とせば、何度か見かけた魔法で動いていた物に描かれていた模様と共通する印象がそこにはあった。
この世界の魔法は、言葉であり文字である。
女神様の言葉は世界を動かし、形を作り、あらゆるものを生み出す。
その言葉の一端を聞き取り、読み解き、世界に影響を与える様人に認識できる形で落とし込んだものがこの模様だ。
つまりは、女神様の言葉という事だ。
そう考えが至ると、目の前の光景がゆらりと形を変えた。はっきりとしたものはわからないが、それが持つ意味が浮かんで見えたような気がする。文字が自動翻訳されているのと同じような現象が起きているのかもしれない。
女神様効果、すごいな。
「ご無理はなさらなくていいのですよ。」
しみじみと女神様の存在に感じ入っていたら、苦笑交じりの声がかかり、はっとした。
周囲を無視してそれをじっと見つめていたらしい。
視線を上げると、声音通り子供を見守る様な目を向けて、やれやれというジェスチャーをしているゼロ―ソ先生がいた。やっぱりやたらとリアクションがでかいな。
どうやら先生は、私が意地になってこれを見ている子供だと言いたいらしい。
そういう視線で見られることになるとは…ちょっと、なんていうか、私にも大人としてのプライドが残っていたらしい。なんとなくカチンとくる視線である。
その隣でアシストに徹しているらしいリンフォール先生はゼローソ先生の態度にちょっとおろおろとしている。
ふむ、リンフォール先生は私を子ども扱いしていないということだろうか。
リンフォール先生への好感度は上がったよ。見た目はどうあれ、子供じゃないからね。
「こちらを読み解けるのはほんの一握りの専門家ですから、無理にひねりださずともよろしいのですよ。」
普通読めるはずのない物を最初から出すかね。試験なら、一般的に解ける問題からしないか?
それはそれでむっとしてしまう。大人げないとはわかっている。大人になっても大人げなどあった試しがないからね。うん。
読めないのが普通なのだとしたら、わからないふりをするべきだろう。
そう、私は大人だからね。思慮深いのだよ。
「そうですね、私には少々難しい様です。」
私はにこりと微笑んだ。
「次は何をすればよろしいのかしら?」
今の事は忘れて次に行こうと思います。




