早暁(そうぎょう)の閑談
私の動揺が過ぎたのか、いつもの淑女教育の時の「慣れてくださいね。」などのやんわりとした厳しいお言葉はその唇からは出てこず、アレクシスさんはゆっくりと頷き、「気をつけることとします。」と言われた。
奇行と奇声の合わせ技を解き放ってしまって、様子がおかしいと思われなかっただろうか。いや、どう考えてもおかしいんだけどね。
「いつもより少し遅い時間ですが、今日も散歩に出られますか?」
相手の心象が気になりすぎてまた奇行に走りそうになる私とは打って変わって、冷静な声がいつもの日課に誘ってくれる。
冷静さって素晴らしいよね。それに乗っかるしかない。
「そ、そうですね。日々の運動は大事ですから。」
私は全力で頷く。
女神様からもらった大事な体である。
若くて健康で可愛い体である。
健康維持は私の日課の最優先事項だ。
すると、では。と、ゆっくり手を差し出される。
「よろしければ本日も同行させてください。」
「あ、はい。」
何と言っていいか迷った末に、よろしくおねがいします。と、手を乗せて、今日も森の散策に出発する。
昨日の朝はふて寝をした私を心配してきてくれたらしいアレクシスさん。
今日は別に理由があるのだろうか。
それとも、今日こそ何かしら用件があるのだろうか。
森の中、新しい道を知りたいとお願いして、分かれ道では昨日と違う方を選び、歩いていけば中央教会の建物が木立の間から見える場所に来た。
「こっちは中央教会の方に通じているんですね。」
「えぇ、中央教会は森に囲まれていますから。道によっては宮をぐるりと回る事も可能ですよ。」
中央教会自体もかなり広いと感じたのに、その周囲の面積も広いとか、気を付けないと迷子どころか、遭難するかもしれない。気をつけねば。
「昨日の湖をこえてしばらく行った先には騎士寮がありますから、そちらの方向はあまり先へ行き過ぎないようにお気を付けください。」
「あぁ、だからエレイフがそっちから来たんですね。」
なるほどなぁとうなづいていると、アオ様。と、少し言いづらそうにアレクシスさんが言葉を作る。
「彼の隊長殿は、中央教会に属しております。あまり深入りすれば、どちらも他者の思惑に絡めとられ傷つくこととなるかと。」
「あぅ…すみません。」
既にアレクシスさんとカーライルさんの間で思惑がずれ始めているっぽいのだ、これ以上余計な要素を増やすのは得策ではなかろう。自分の為にも。
私は大人しく謝る。謝る必要があるかと言われれば私にもよくわからない所だが、色々と心配してくれている人に、そんなの自分には関係ない。とは私には言えない。言えないからこそ、こんなこんがらがった状況になっているというのも否めないけれど。
うーん…と、悩みつつ、エスコートしてくれているアレクシスさんを見上げた。
家庭教師も、復活の兆しはないわけで。
カーライルさんの口からも一回は話題としてあがったのに、別の話題で綺麗に流れて戻ってこなかった。
「夜更かしの原因は、ディオールジュ家の仕事ですか?」
あれやこれやと考えすぎで黙り込んでしまっていた私に、新しい話題をアレクシスさんがくれる。
「半分はそうなんですよねぇ。ついつい時間を忘れてしまって。」
「おや、ではもう半分は?」
そう聞かれて、あれ、これって口にしたらまた奇跡の扱いになってしまうやつだっただろうか。と、真顔になる。
何も考えていない発言って本当に良くないと思うよ。自分よ。
少し視線をうろつかせつつ、えーっと…と、言葉を探したがありのままの出来事しか出てこない。
「その、昨夜は月の神様に会いまして。」
「…っ…運命の引斥手繰るお方まで呼べるのですか…?」
息をのむ音がしたかと思えば、ぐっと手を握られた。その強さに私は驚き、アレクシスさんを見上げる。
そこには、徐々に明るくなる濃紺を背に見開かれた赤が光を放っていた。
あからさまな驚きの顔。
ここまで感情をアレクシスさんが出すのは稀だ。
「あの…手が、痛い…かなと」
「これは失礼。」
私の手を握ってきたのはどうやら無意識だったらしく、慌てたように急ぎ手を開くアレクシスさん。び、びっくりしたぁ。
ドドドドドドドド と、盛大に太鼓を乱打するように心臓が仕事をしてくれている。
オーケー落ち着こう。落ち着こうな。
月の神様を呼んだ話題はやっぱり回避すればよかったかもしれないが、もうしゃべってしまった。
終わったことは仕方ないので、私は私の興味を優先するよ。
「神様の事、今までは天なる方としか聞いた覚えがないんですが、運命の引斥手繰る方って…呼び方が違うのは何か意味があるんでしょうか?」
「祈りにより祝福を結ばれる方々と、夜空に灯る月を司る方々は、至高の御方より賜っている役割が違うと言われています。また、運命の引斥手繰るお方は祈りにより降る存在ではないのです。」
「祈りでは来ないって…え?」
私はワッツホワイと脳内を疑問でいっぱいにした。
「どうして来たんでしょう。」
「どうやってお呼びしたのか、私が知りたいですが…」
「どうって…さあ?」
首を傾げると、アレクシスさんも不可解と言う顔で私と合わせ鏡の様に小さく首を傾げた。
知りたいというストレートな言葉から、アレクシスさんの仕事が思い出される。そりゃあ驚くし、知りたいに決まっているよね。
うぅーんと、昨日の事を思い出す。
「確か昨日は、月が綺麗だったのと、月の神様の物語を聞いたことを思い出していただけだったような?」
それから…と、記憶を掘り起こす月の神様は何を言っていたのだったか。
「迷い悩んでいる者に標を灯すのが月の神様が女神様からもらった運命だから、悩んでる私に運命を灯すって言ってた…かな?他の惑い悩む人の事もよく見てるらしい事は話していたので、月の神様が来たのは、お悩み解決を願ったから?」
アレクシスさんが、こめかみを抑えた。
「わかる様な…わからないような…」
「ですよね。」
誰しも悩みは持っているものである。私だけではないんだよね。
「後は…女神様から課せられた運命と役目を全うするようにというような話をされたような。」
「…運命。そうですか。」
溜息とまではいかないけれど、細く長く息を吐きだしてからアレクシスさんは瞳を陰らせた。
「ご教授いただき大変参考になりました。」
「おぼつかない説明ですみません。」
お礼を言われたがお役に立てた気はしない。
ただ、奇跡だなんだと言われなかった事に私は心底安心していた。
「運命の引斥手繰るお方がお降りになられても、その場に居ない者には降臨の事実を知る術がないとわかったのは、収穫でした。私としては大変よいお話しを伺えましたよ。」
ちゃんと役立つ情報もあったらしい。
良かった。そう思うと自然と頬が緩む。
そして、森のど真ん中で私たちはいつの間にか足を止めて話し込んでいた事にはたと気付いた。
「そろそろ戻らないとかなり明るいですね。」
日の出がいつだったか、全く覚えがない。
真上を見上げれば、朝特有の薄い色の空がある。
「戻りましょうか。お部屋までお送りします。」
アレクシスさんの提案に否があるはずもなく、頷いて一緒に歩き出す。
部屋の前庭に着いて手を離すと、アレクシスさんが何かを考えるように私をじっと見てきた。
何かあっただろうか?とその目を見上げる。
「アオ様は、放っておくと延々仕事をしていそうですね。」
すると、なぜかそんなことをポツリとこぼしてからアレクシスさんは立ち去って行った。
仕事、そんなにずっとはしない…とは、言いきれないな。
日中同じ建物に居るわけでもないのに私の行動パターンを読んでいく。さすがは家庭教師様であるが、恐ろしい話である。
仕事するの、いいことだよ。うん。




