求む 画面越しの推し活
月の神様に情報と悩みを与えられた私は、もうそれ以上仕事をする気にもなれず大人しくお布団にもぐりこんだ。
もう何も考えず寝てしまいたい。
たいていの事は寝て忘れるに限る。
布団にもぐると、月の神様との会話が勝手に脳内で再生される。
これはよくある、思い出さないようにしても思い出してしまう状態だとすぐに観念して、脳内が記憶を辿るのに任せて、後ろから順につらつらと戻していく。
月の神様は容赦なく私に情報をガンガンと入れて去っていった。
これが祝福だというのだから、どんなに特別な何かがあると言われても、生きるという事は結局甘くないものだと思う。
知恵熱でも出そうだと額を抑え、闇の中目を閉じていると、エレイフの話題と思われる話が思い出された。そういえばそんな話題が上がったな。後からもたらされたあれそれで埋もれかかっていたものが掘り起こされていく。
月の神様の口から明確な名前は出なかったけれど、状況から見てエレイフだと私にもわかってしまう内容だった。
若木の君ちゃんから護衛騎士にと望まれた話は、中央教会に着いた初日に聞いた。
エレイフの方からそれを断ったから、私はきっと若木の君ちゃんと仲良くなるのは難しいだろうと言われて、心の底からエレイフに恨み節を飛ばしたものである。
聖女仲間として近づけるのではないかと、下心と期待を持って中央教会へ来たというのに。中央教会に来る楽しみなんてそれくらいしか見いだせなかったのに。
私だってかわいい聖女と戯れたかった。
それにしても、神様すらも聖女への評価が祝福された存在と口にするのだから恐れ入る。
私の事はそんな評価じゃなくて大丈夫です。と、心の底から思うのだけどそうは問屋が卸さないわけで。今、間接的にダメージを受けている。エレイフのせいだ。
それにしても…普通なら祝福された存在との縁を断ち切ったのだから、身を持ち崩すのが当然と言い放たれていたエレイフが、そうならなかったというのが気になるところだ。
どうしてなのだろうか。
生まれながらに人の持つ運命とやらがどんなものなのかがとても気になる。どっかにそういう記述のある資料が無いものだろうか。
図書館は無くとも書庫位あろう。何せ王都の教会なのだから。
聖女候補とあがめられるのは無理だけど、この肩書で自由に出入りさせてはもらえたらいいのに。
「そのくらい無いと、肩書に対して私の利点ゼロどころかマイナスがすぎるよねぇ…」
ごろりと布団の中で体の向きを変え、それはそれとして…と、思考を追い払う。
頭を空っぽにしようとすると、また月光が柔らかくさすように、頭の中にボンヤリと月の神様の顔が浮かぶ。
あぁ、そういえば、どうやらマジで私はエレイフの運命の乙女だったらしい話も聞いたな。と、柔らかな口元が紡いだ驚愕の新事実を思い出してしまった。
その運命とやらを今度は私がぶっちぎりで断ち切ったらしいのだけどね。
ごめんねエレイフ。君の恋愛運は私のせいでズタボロらしいよ。
…すごい不憫になってきた。半分はエレイフ自身のせいだから恨まないで欲しい。聖女ちゃんを振った時点でエレイフは自分の首も絞めたはずなのだ。
でも、人生全体の運命が既にズタボロのはずなのに騎士として身を立てられている希少な存在らしいから、もしかしたら、万が一、億が一にも、これから良縁が現れるかもしれないから頑張れ。ちょー頑張れ。
運命の乙女としての縁をぶっちぎりで引きちぎったというのに、その後に逆にこちらの運命に巻き込むという混沌を生み出したらしい現実を無視して、エレイフへ届かないとわかっている応援を心に浮かべる。
どんな業を煮詰めればそんなことになるんだろう。
エレイフ、どこまで運命の乙女の物語がついて回るのだろう。
それとも聖女という存在との運命なんだろうか。
若木の君ちゃんと私の共通点はそこである。
あまりにもイレギュラーらしい存在のエレイフ。
月の神様はそういうイレギュラー存在をずいぶんと好いている様だった。
その反対に、どうもアレクシスさんは忌避されている様子だったのが気にかかる。
「…またしても思い出すというより考え始めちゃってるな。」
なんでだろう。とか、どうしてだろう。とか、考え始めようとする頭の中身をポイして、今度はもそもそと頭の上まで布団を上げた。
布団の中は自分の体温が移って程よく温まっており、心地よく眠りの世界に入れそうだ。
体を丸めて夢の中へダイブするのだ。夜の闇に全てを委ねるように。
次の日の朝は、いつもより少し起きるのが遅くなった。いつもより夜更かしをしたのだから当たり前だろう。
それでも、朝日が出るより前に起きるのだから、私の体内時計は大層健康的である。ちょっとすっきりしない目覚めに、いつもよりのそのそとした動きで着替えをする。
部屋の外に出ると、いつもと少し空気が違った。日の出が近いからだろう。
ぐいーっと伸びをして深呼吸をする。
「アオ様」
はたりと、手を下ろしたところで、聞きなれた低いトーンの声に名を呼ばれた。
「わっ」
どこから来たのか、全然気配も足音も感じなかったことに焦りつつ、声のする方を向けば、夜明け前でも鮮やかな赤い瞳が目に入る。
「おはようございます。アレクシスさん」
「おはようございます。今朝はいつもより遅いようですね。」
「昨日少し夜更かしをしてしまいました。」
「そう…ですか。」
私の顔を覗き見て、アレクシスさんはついっと指先で頬に触れてきた。
「顔色は悪くないようですが、調子が悪いようでしたら言ってくださいね。アオ様はあまり表情ではわからないので。」
突然の出来事に、心の中で悲鳴があがる。
それを押し込めるのにいっぱいで、私はとっさに口をきゅっと引き結んで身の内に色々を閉じ込めるように鼻から吸えるだけ息を吸い込んだ。
今日も今日とてラフな部屋着でふらりと出てきたようなアレクシスさんである。相変わらず存在が視界の暴力です。普通にしている状態でも、顔が赤くならないようにと頑張っているというのに、更に指先が頬をかすめていくという謎イベント発生で、心の中が大変にならないはずがない。
もう、もう、もう、もう、どうしたらいいんですか。何時になったら慣れますかね?いや、こんなの慣れるの無理ですね!?
心の中が大変すぎて気持ちが早口で怒涛の様に脳内に流れるも、その全てを身の内に封じるという芸当をやってのけている自分に拍手を送りたい。
唇が震えそうになるのをこらえ、結局耐え切れなくなって顔を覆ってしまった。ガッデム。
相手は私じゃなくていいんだって、何度言えばこの世界は望みを聞いてくれるんですか。
「アオ様?」
頭が大変な時には大変な暴力な素敵な声が憎い。しかも、視界を自分で遮ってしまったせいで余計にその声にざわりと反応してしまう。自分で自分の首を絞める行為をしたこの事態に、誰へ怒ればいいんだ。
ぴえんっ。
心配してくれたアレクシスさんを更に心配させるのはいっぱいいっぱいの私であったとしても、忍びないと思うので、何とか言葉を絞り出す。
「き…急に距離が近くなると…」
なんて言ったら相手が傷つかず、気にする事が無いだろうかと必死に探しつつ、頑張って両手から顔面を引きはがす。
これ以上、アレクシスさんの声を視界情報ゼロで耳にするのもやばいのだ。
手の下で何とか深呼吸をする。
「こ、困ってしまうので…控えてもらえるとありがたいです。」
最後はうぐぐぅ…という感じの呻きの様な鳴き声がどうしても出てしまった。
無理でござる。
拙者、これまで奇声をおさえて参ったが、これは無理すぎでござる。
キモオタ切腹案件でござる。




