標なる灯り(ともり)
カーライルさんは先ほどもしたように数度、自分の頬を不思議そうに撫で、私を見た。
「聖女様は、隠し事をされる事に忌避感は…ないのでしょうか?」
言い淀みながらも静かな青がまっすぐに私を見ている。
カーライルさんの視線は、じっとこちらを覗き見る時のすべて透かし見えていそうなアレクシスさんとは真逆で、自身をまっすぐこちらへ差し出し傾けてくるように感じる。
視線で暴かれるものに恐れはないのかもしれない。自信が無いとすぐ視線を逸らしてしまう私にはできない事である。
だが、視線とは異なり、言葉をどのように探していいか惑っている様子が紡がれた言葉のかすかな間に現れている。
私も自分の言い分はちょっとどうかとは思うが、婉曲に言ったり変に考えを飾るのもいかがなものかと色々考えた結果なのだ。
「えーっと、さっき伝えた言葉通り…ですね。隠し事が見えなければ無いのと一緒ですし。」
「どれほど見えなくとも、隠された事実がそこにあることに変わりはないのでは?」
「害するために嘘をつく人や、陰湿な隠し事なら私も忌避しますが、カーライルさんの隠し事はそういう部類じゃないじゃないとは思っているので。それなら、きちんと見えないようにしておいてもらった方がむやみやたらと悩まずに済むので平和かなと。」
まぁ、カーライルさんが綺麗に見えないように隠しても、アレクシスさんが私に隠されたものを示唆してくるんだけどね。良くも悪くも。
そんな残酷な現実はともかくも、そうですか。ポツリとつぶやき、カーライルさんはその話題を掘り下げることなく微笑んだ。
「この後はまた資料をおまとめになりますか?」
「えっと、そうですね。できれば早めに作成してお送りしたいですし。折角なら今回出来上がってきた分のお菓子も送りたいと思うんですが、どうでしょう?」
「兄にも実物を確認していただくのが一番でしょう。」
いくつか仕事上の確認事項の相談も詰めて、その日の試食会はお開きとなった。
この間つらつらと思い至った仕事上の報告ルートの事だとか、相談相手、私の決定権についてなどの悩みを口にしたところ、それに関してはレガートに確認必須という事でまとまった。どのように聞いたらいいかも助言を貰えて、少しばかり安心する。
ご当主様からの直接の命令で動く仕事だから、きちんと確認して動きたい。
カーライルさんからも同様に確認の手紙を送ってくれるというので、私の解釈違いとかが起きずに済みそうだ。一安心である。
カーライルさんは、退室する段に魔法のかかった紙と可愛い箱に包まれた試食用のお菓子の残りを私に手渡して出ていった。
しばらくの間私の秘密のおやつにするか、侍女さん達にまたちょっとずつまいていくか…と、ふんわり考えながら可愛い小箱を見つめてしばし佇み数秒後、どっと心臓が強く打ちつけ汗がどばっとあふれ出す。
人と交流するのは何年生きても苦手だ。
きっとおかしなことを言ってるなと思われただろうけど、私も色々考えた結果なんです。と、誰に聞かれてるわけでもないのに言葉を頭の中に並べ立ててしまう。
のたうち回る内心を押し込められずに流れる汗が、更に変な焦りを加速させる。
うぅ、落ち着こう。
ぎこちない動きで隣の私室へ入って、お菓子の箱を猫脚が優美な丸テーブルに置いて深呼吸。
こんな時は仕事をするに限る。私室から出て真っすぐに執務机へ。
真っ先に資料をまとめるためのメモを出し、筆記用具を準備する。
確認事項や書類に記載するべき事がずらりと並び、すっと仕事に必要な事柄だけで頭の中が塗り替わる。
ずいぶんとカーライルさんと話し込んでしまったから、今日中に資料を終えることは出来なさそうだ。
まとめるべき内容の多さにそんなことを思う。
レガートに送るべき相談内容についていろいろと話したので、忘れる前にとまずはそれをメモ用の紙に並べる。
ちまちまとした字で書いていたけれど段々と余白が無くなってきた。
他にレガートに送るべき内容は無いだろうかと指折り数えて確認する。大丈夫そうだと頷き、次に料理人さんからもらった資料を手に取った。
今日の試食の感想を元にもう一度資料を全て見る。
文字の上だけではわからなかったが、料理人さん達の向上心に感心するばかりである。
感動する程おいしいのだからこれ以上いいのでは?と、素人ながらに思ってしまうが、高みを目指す事をやめさせるなど、損失でしかない。
本家もやる気を見せているのだし、土地の復興の一助に少しでもなるように彼らに感想を送ってその向上心を盛り立てるべきだろう。
なにより、カーライルさんに恩返ししたくて始めたのだから、きちんと収入になるところまで見届けねばなるまい。
レガートへの仕事の確認事項などの手紙は時間も手間もかかるので、一旦料理人さんへのお手紙を書きあげる事にする。
レシピその他のお礼。改良版の感想。改良前のものを食べてもらった時の他の人の様子などを記載していく。
今後も期待している旨も伝えておくべきだろうか。と、少し悩んだが、とりあえず、おいしい物が増えることはいい事だし。と、これからも期待していますと添えておいた。
手紙は乾くまで広げておかないといけないので、ちょっと休憩だ。
アナログって大変だよぉ。
でも、付けペンってロマンがあるよね。
インクとペンの魅力にはまっている人を某青い鳥のSNSで眺めてるのは好きだった。物質量的に、私の部屋にそれらを集めることはできなかったけど。
自分でお金を稼げるようになったら、自分用のインクや、綺麗なガラスペンの様なものを集めてみてもいいかもしれない。
傍らにあるインク壺と羽ペンを眺め、また手紙を見てから時間を確認する。
そろそろ夕食の時間になるので一旦片づけをするべきかなとも思うのだが、今仕事から離れがたいんだよね。
できればぎりぎりまで仕事だけで頭をいっぱいにしておきたい。
まだレガート宛の書類はできていないし。
今後についても、王都の人に徐々に広まるように動きたいと思っているがどのように広めようかとかを考えないといけない。
そういえば、品薄になったオレンジジャムはどういう流れで広まったのだろう。はた…と、オレンジジャムの事例の問題点が頭をよぎる。
他の素材でも需要がありすぎて供給できなくなったりしないだろうか。
一部地域でしか取れない、収穫量の少ない素材を取り入れてはいないかの確認を何処かに書き入れた方がいいかもしれない。これはレガート案件だろう。
ある程度数量を輩出できるものをピックアップしてもらうか、生産側の体勢を整えてもらい、需要があるうちに定着させて継続してに外に出ていく商品として確立させていく流れにしてもらうかしてもらい、それを中心に料理人さん達に再度研究してもらうのである。
机の片隅でメモを追加してから手紙が乾いているか確認する。
夕飯ギリギリまで仕事に没頭し、食事から戻ったらまた執務机にかじりつく。
お風呂の時間を案内されるまでまた書類について考えて、戻ってきてからも執務机にまっすぐつく。
気が付けばとっぷりと夜も更けて、空には煌々と明るい月がかかっている。
普段使わない部屋の中の灯りが、月にも負けない明るさで部屋の中を照らしている。
「…燃料がもったいない」
明るい部屋の様子に漏れたのはそんな感想だった。普段ささっとお布団に入ってしまうから、灯りの事とか気に掛けた事は無かったのだ。
「うーん…」
少し悩んで、手持ち用の小さな灯りをつけ、他の灯りを消して回る。
仕事はしたいけど、電気代を気にする庶民的な考えがどうしても顔をもたげてしまうのだ。
無心でやっていた時は良かったけれど、気が付いてしまえば無視できなくなる。
部屋の中が暗くなると、月灯りが部屋の中に差し込んで、いつもと違う部屋の空気が作られる。
普段は真っ白な壁も床も、闇の色に染まる。真っ黒な窓枠はより黒く浮き出るのに、月に照らされて輪郭が浮かび上がる。
窓辺に寄れば、月明かりの中にぽっかりと自分の影だけが孤立する。
あの月は物語で聞いた三つの内のどの月なのだろう。結局私は三つも月を視認できていない。
侍女さん達が呼んでいた月の神様の事を思い出す。
紫月様と呼ばれていた月の神様以外は個別名称はわからないが、三つの月をまとめて月灯の君と呼んでいた。
その響きが私は好きだ。柔らかい燈火の様ないびつで大きな月にはとても合っていると思うのだ。
「げっとうのきみ…」
導きの燈火。その響きを口の中で転がしてみる。あの月の神様はどんな方なのだろうと想像しながら。
「標を求める我らが母が為の聖女。あたくしを求める迷える子。」
柔らかく広がる髪がきらきらと星々の様に輝きを零し、嬉しそうに輝く瞳はその内に柔らかな火がともされている。
女性らしいたおやかな体つきと、素敵なくびれが薄布が幾重にも重なるドレスの向こうにほんのりと見える。
月の灯りが差し込むように、幻想的な美しさを持つ存在が私に両の手を差し出してきた。




