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もう恋人はお布団 相棒は執務机でたのむ


 昼食後、私はささっと部屋に戻ってまた資料を広げた。

 おやつの試食をしないと書類の記載ができないから、さっき一旦読み飛ばしたレシピや特徴の説明を読み込んだり、中途半端にしていた物語の地域差まとめに手を付けたりしていた。

 そうしているうちにあっという間におやつの時間になっていたらしい。没頭していた私は、ノックの音ではっと顔を上げた。

 いかんいかん。時間管理の概念を捨て去っていた。

 ちょっと焦りつつささっと机の上に広がった資料を片付けてから声をかける。

 それを待ってゆっくりと扉が開く。


「失礼いたします。」


 と、やってきたのはカーライルさんとお茶のセットを運んできてくれている数名。

 約束通りだけど、一緒にアレクシスさんがいない事に私は内心首を傾げた。

 なんとなく二人とも来るのだろうなと思い込んでいたのだ。今までだったら二人一緒に来てたのではなかろうか。

 お昼にアレクシスさんも誘うべきだったのかな。二人の関係値、やっぱり何か今までと違うような気がする。何が違うのかはわからないけれど…。


 一人、疑問を抱きながらもカーライルさんをソファーの方に促す。

 今日もちゃんと接客できてますよ。先生!

 淑女らしさってやつを頑張ってます!


「今日はアレクシスさんは一緒じゃないんですね。お昼の時にお誘いすれば良かったですね。」

「あぁ、今日は中央教会に呼ばれて仕事をしているはずですから、声をかけなかったのです。次また試食するときには私から声をかけておきましょう。」


 普段から綺麗な顔がとても綺麗な笑顔で請け負ってくれる。

 照れそうになるくらい綺麗で、顔が赤くなる前に私は視線をそらし、お茶の準備をしてくれているフェルヴィドさんの指先を目で追った。

 綺麗な所作で手早く入れられていくお茶。

 動作一つ一つがいつも通りのフェルヴィドさんをしばし眺めた事で心が落ち着いていくのがわかる。


「えぇと、料理人さん達のお手紙に、色々と試行錯誤したことが書かれていたんですよ。すごく頑張られたみたいなので、試食するのがとても楽しみです。」


 視線をそらした事をごまかす様に、視線の先にあるお菓子の事について口にしてから、私はカーライルさんに視線を戻した。


「それは何よりです。聖女様に楽しみにしていただけるとは、料理長達に何か褒美を考えておかなくてはいけませんね。」

「そうしてあげてください。」


 料理長と料理人さん達の頑張りを伝えられたことに私は嬉しくなる。頑張りがちゃんと雇い主に伝わったよ!

 私が大きくうなづきながら満面の笑みになると、カーライルさんも嬉しそうに微笑んでくれた。


 あれ?と、私はそれに動揺した。


「評価の詳細は、実際の試食をしてからになりますが…聖女様は三人に思い入れが強いようですね。」

「そ、そうですね。一緒に考えたりする時間が多かったですし、直接お話ししてその熱意も知っているからかもしれないですね。」


 動揺が脳内を揺さぶる感覚に焦りそうになりながらも、私は何とか軽い口調で言葉を返す。

 二言、三言と言葉を交わすうちに、ふんわりとお茶の香りが漂って、私たちの前にティーカップとお菓子の盛り合わせが準備された。

 フェルヴィドさんと数名の付き人は、お茶とお菓子をセットし終わると、お茶のおかわりだけを置いてさっと退室していく。

 その姿が扉に遮られるのを見送って、私はゆっくりとカーライルさんを見た。


 目が合うと、にこりと微笑む。ほのかに上がる口角はいつも通り。

 カーライルさんは基本的にあまり表情筋が仕事をしない。私も人の事は言えないし、アレクシスさんもたいがいそんなだ。

 その中で、それでもカーライルさんが柔らかさや温かさを私に向けているとわかるのは、かすかに上がる口角と共に、瞳に柔らかい明りがまたたくからだ。


「では、早速試食を致しましょうか。」


 カーライルさんの言葉に頷いて、私はそっとお茶とお菓子に口をつける。

 相変わらずお茶はおいしいし、新しく届いたケーキとクッキーたちもとてもおいしくて大満足な出来栄えだった。

 最初の時点でおいしかったのに、更に磨きがかかってる。

 私とあれやこれやしてた頃から漬け込んでいたのだろう。ラムレーズン的な奴のお酒成分が上がっていた。

 私のうろ覚えすぎる知識と、雑な希望からよくぞここまで。と、感動する。料理長と料理人さん達の探求ぶりは私にしっかりと伝わったよ。


 感動に打ち震えながらスノーボール的な方を口にすれば、サクサクほろほろが天才的な食感を生んでいた。

 私の知ってるスノーボールとは風味が違うのはそもそも使っている木の実が違うからだろう。

 周辺地域の物は全て試したと書いてあった。

 素材の種類だけではなく、使われるものの配分も含めて、一体どれだけのパターンを繰り返し試したのか。

 資料を読んだだけの私には及びもつかない。


 そして、最後にお酒をしみこませたケーキに手を付ける。

 私はそれを前に、少し真顔になった。

 なぜなら、最初に提案したのはチョコ系のケーキにお酒をしみこませた物だったはずなのだが、目の前には二色のケーキが一切れずつ鎮座しているのである。

 どういう事だろう?と、白っぽいほうから食べることにした。

 一口大に切って口に運ぶ。

 すると、辛口だが後を引かないお酒の味わいとともに、ケーキの柔らかな甘みが口に広がった。

 洋酒よりは清酒に近いお酒に驚きつつも、私は料理人さん達へ更に深い尊敬の念を抱いた。

 洋酒の様なお酒をしみこませる提案をしたチョコケーキは、ケーキ自体が重めでねっとりとした食感だったが、このケーキはふんわりとした食感にお酒がしっとりとしみこんでいて、基本となるケーキまでも研究に研究を重ねられたのだという事がよくわかる。

 正直、誰が試食をし続けたのだろうか?とか、そういう事考えるのが怖くなるけど、きっとお屋敷の皆さんが協力してくれているだろうと信じておく。


 一通りゆっくりと味わった後、私はお茶で口を潤し、それから居住まいを正した。


「どれもずいぶんと研究をしている事がわかるものでしたね。」


 お茶を飲むカーライルさんはとても満足そうだ。

 料理人さん達が頑張っている事を雇い主であるカーライルさんも喜んでくれているんだろう。それは素直に嬉しい。

 私の思い付きは少しでもカーライルさんへのお返しになっただろうか。


「はい。この短い期間でここまで味が変わるとは思いませんでした。努力家なところは、さすがはカーライルさんの所の料理人さん達ですね。」

「私の所の…?そうでしょうか?」

「カーライルさんに似て、お屋敷の人たちはみんな勤勉な方ばかりじゃないですか。」

「その様に褒められますと少々くすぐったいですね。」


 少しばかり口元が揺れつつも真直ぐ私を見つめるカーライルさん。私は視線をそらさないようにしながら、ずっと動揺しっぱなしの気持ちをどうしたらいいかと考えていた。


 このままこの動揺をほったらかしにすることもできる。

 けれど、ほったらかしにした所で、私自身がまた思考のドツボにはまる事は想像に難くない。最近それを繰り返しているわけですし。

 困ったことに、悩みがどんどん増えていく。

 これ、コミュ障にどうにかできる話なんだろうか。

 それとなく話を聞くスキルなんてないのに。

 内心頭を抱えてカーライルさんを見上げるが、しばし照れを見せた後の顔はいつも通りだ。いつもの、微笑みだ。


「カーライルさんは、多分、貴族の一般常識としてのスキルは普通以上に身に着けているんだろうなと思うんです。」

「ディオールジュ家は教育に厳しいと、周囲に言われる程度には自負がございますよ。」


 気負う事のない声にのせられる家の特徴は、アレクシスさんやエレイフにも聞いたことがあるものだ。


「そのディオールジュ家の中でも、カーライルさんは人並み外れて優秀だったとか。」


 人から聞いたことがある。と、口にすると少し困ったような微笑みの後、過去を隠すように瞳が伏せられる。


「人並外れていたかはわかりませんが、あまり、人と交われる質ではなかったのは確かですね。」


 長いまつげの隙間からアイスブルーを見つめながら、私はゆっくりと息を吸う。

 人と違う事を憂えているようにも見える目元の影が美しく頬の上にかかる。


「カーライルさんは本当に、貴族としての能力が高くて、困りますね。」

「…どういう意味でしょうか?」


 ゆっくりと上がる面にあまり表情は見えないが、数度の瞬きがかすかな心の動きの様に見えて、わずかでも動揺をしたのだろうかと考える。

 因みに私は、とても動揺している。

 動揺で変に思考が暴走してしまわないように何とか気持ちを押さえながら、またゆっくりと息を吸う。

 気負い過ぎて声がひっくり返ってしまうかもしれない。


「アレクシスさんとカーライルさんとの関係性が以前と変わったとしても、それを私には修復できるだけの術はない…です。だから、余計な事を口にするべきじゃないんだろうと思ってます。」


 一般人の感覚ではあるが、友達の間に割って入っても良い結果にはならないと、それなりに学んできている。

 間に入るならそれなりのスキルと、双方の情報の取得が必要だ。


「なので、お二人の間の空気が違うなと思ってもそこについて何か言おうとかそういう事じゃないんですが、できれば、嘘をつく時はちゃんと嘘だとわからないようについてもらえると助かります。気づいてしまうと、考えずにはいられなくなるので」

「…どこで、嘘を言ったと気づかれました?」


 表情に変わりはないが小さく首が傾げられ、長い髪がさらりと揺れた。


「笑顔が。」

「笑顔?」

「カーライルさんはいつも私には微笑んでくださっているんですよ。」


 気づいてました?と聞くと、カーライルさんは不思議そうに頬に手を当てた。


「いつも微笑んで…ますか…?」

「はい。だから、嘘をつくならちゃんと騙しきっておいてください。隠し事は、ばれなければ隠し事になりませんから。」


 カーライルさんは私とは比べ物にならないくらい高スペックのはずだ。

 私相手に隠し事をして、思う通りに物事を進めるくらい訳ないだろう。以前そっとスルーしたけど、アレクシスさんはそんなようなことを私に忠告していたと思う。

 私個人の感覚としては二人には良い友人でいて欲しいけど、無責任な願望なのでむやみに言ってはならないとお口にチャックをする。

 できればこんな風に人に忠告するような物言いもしなくて済む立場に居たいよ。


 あぁ、お布団と結婚して毎日いちゃいちゃして、執務机を仕事の相棒に黙々と仕事をするだけの生活をさせて欲しいなぁ。

 それが一番平和で幸せな夢のような生活じゃあるまいか。




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