誤解の種は青々と
東屋から眺める朝日はやはり綺麗だ。
その光景にため息が出るとともに、斜め前に座るアレクシスさんの姿にもため息が出る。
隣に並んでいる間はその姿を直視しなくて済んだのだが、離れると視界の暴力にさらされる。なんてこったい。
かといって別の事を考えようとすると、シアさんからもたらされた大変な情報が押し寄せてきそうになるし、パニックだよ。
「綺麗ですねぇ。」
と、なるべくアレクシスさんを見ない様にした結果、私は目の前の光景に集中することにした。
夜と朝の境目の色はとても繊細に美しく移ろっていく。
その光景を見ながらアレクシスさんに意識を寄せないようにあれこれ考えていたら、今日がフレン様に今後の予定の提示をするよう求めた日だったなと思い出す。
7日間、なんやかんやと予定が詰め詰めだったような気がするけれど、気のせいだろうか。
お勉強も再開できていないし。そういえば、アレクシスさんってただ心配してきてくれたのかな。
いつもだと他に主目的になる用件があった上で来てくれていたし、本当は何か用件があったりするんだろうか。というか、あってくれた方が良いな。私の精神衛生上、その方が嬉しい。
お勉強を再開する話があるとか。ほら、あるかもしれない。そんな気がしてきた。
よし、聞こう!と、気合を入れてアレクシスさんへと視線を向けると、涼し気な顔が朝日に浮かび上がる。つい、顔の良さに口を閉ざしてしまった。
だって、今口を開いたら顔が良いとしか出てこなさそうなんだもん。アレクシスさんの前でそんな恥はさらせないよ。キモオタムーブ自重大事。
何度となく、それとなく何か用件があるのではと口にしようとしては挫折を繰り返し、気が付けば部屋へと送り届けられていた。あれぇ?
「では、また後程。」
「え、あ、はい。また朝食に?」
あれ…本当にただ様子を見に来たの?
何の用件もなく?
部屋着っぽいラフな姿で?
嘘やん。と、心の中で呟きながら背中が見えなくなるまで見送って、踵を返し絶望した。
庭に面した部屋のガラス戸を開けようと手をかけたところで、視界の端、アレクシスさんが去った方向と真逆の方に、人影が映る。
そろりと首を動かせば、両手を口元にあて、頬を染めた侍女さんが一人、見てしまったわ。という顔でこちらを凝視しているのだ。ねえ、なに、これ。まって。
絶対誤解をしているよ。そういう顔だよ。
ギギギ…と、音がしそうなぎこちない動きで一歩、侍女さんの方へ踏み出すと、侍女さんははっとした顔をした。
その顔を見て、あ、これはまずいと思った瞬間であった。
「お、お邪魔致しました!わたくしはこれで!」
と、きゃーっと照れた顔で口早に言うと侍女さんはかけ去ってしまった。
私は、誤解だよ。と言う事すらできずに中途半端に前に出した手が空を切る。
ねえ、そんな、人の恋模様を見てしまった顔で去るのはやめておくれ!心の中で滝の様な涙を流す事しか私にはできない。
何がどうしてこうなっているんだ。
私とアレクシスさんは、ただの家庭教師と生徒だよ!?
ほんの二週間前に撒いてしまった誤解の種は、今いらないほどに生い茂る雑草の様相を呈しております。
これ、刈り取る事ってできるんだろうか。
しばし茫然と立ちすくんでいた私は、ふらふらと部屋の中へと戻り、鍵をかけた。機械的にベールを外してドレスに汚れがないかを確かめ、準備されている水で手や顔を洗って身支度を整えた。
落ち着かなさを誤魔化すように寝室の隣の部屋へ移り、執務用の椅子にとさりと体を預ける。
昨日といい、今日といい、一体どうしてこうなった。
机に肘を置き、手を組み、額を乗せる。
世間の噂はいいとしよう。一旦置いておこう。アレクシスさんの知名度がどの程度かわからないので、予想で精神をずたずたにする必要はあるまい。
大きな問題は、この場所だ。
アレクシスさんの管理下にあるのだから、アレクシスさんありきで考えることとなる。
その中で、彼女たちが小さな噂をキャッチしてそんなに簡単に信じ込むとは考えにくい。何せ主はアレクシスさん。
カーライルさんの所の人たちを見てて学んだのは、主の性質は、その館全体に影響するという事だ。
その法則とアレクシスさんの性質を考えれば、ここの人たちがただの恋バナで浮かれるとは考えにくい。しかも、『女主人』とまで飛躍する思考を持つだろうか。
噂だけの問題ではないとしたら、実際の生活の中で何か確信を得る様な事があったのだろうか。
ここ7日間を考える。
が、何もわからなかった。
額を上げ、今度は組んだ手の上に顎を置く。
つるりとした深い木目が広がる机の上からゆっくりと視線を上げていく。
応接用のソファーと机のセット、そして、壁にかかる5枚セットの空の絵。
私が中央教会に来てアレクシスさんと特別いちゃついたことなんてかけらもないよね。
自分自身に再確認すると、気持ちが落ち着いてくる。
エスコートされてるのは淑女としての指導だし。朝昼夕とご飯を一緒に食べてるのはカーライルさんも一緒だし、二人だけになったのは今朝が初回だし。
うん、何もないね。
心当たりのない何もかもを心の中でぶん投げて、私は朝食へと向かった。
今日もきっとおいしいご飯を作ってくれているであろう料理人さんに思いをはせて、現実逃避を私はした。




