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不器用者たちの会話-前編-



 その日私は、この世界に来て初めてふて寝を決め込んだ。前回キャパオーバーでやったのは引きこもりでふて寝じゃないよ。と、言い訳をしつつも布団にもぐる。

 よく考えてみれば、午前中は料理人さんとの交流で楽しみつつも神経をすり減らしていた。それに続き、女の子たちとの楽しくも神経をすり減らす交流をして疲れていた。

 疲れとは良くないものだ。

 その疲れ故に、大人としてそれをするのはどうなんだと言いたくなるような、反芻するのも恥ずかしすぎる事を私はしてしまった。なんてこったい。

 八つ当たりというか、完全にお疲れモードで拗ねた態度をよく知りもしない相手にしてしまった。恥ずかしい。なんて恥ずかしいんだ。

 その上、その上、その子からもたらされた話はもっと恥ずかしくて反芻したくない!

 朝になってもそれを思い出しそうになると叫びたくなるので封印!封印だよ!


 息を乱しつつ目を固くつぶる。

 そして心臓を整える。


 ふぅ…睡眠のおかげで昨日よりちょっと心は回復しました。

 ありがとうお布団。大好きだよお布団。そろそろ結婚しようよお布団。私は君と結婚するよお布団。

 心行くまでお布団とイチャイチャした後、私はそっと床に足を下ろした。

 日の出前の時間、いつものごとく身支度をして庭に出る。

 清々しいほどの緑の匂いだ。


 深呼吸と一緒にラジオ体操の最初にやる様な腕を前から大きく上にあげて伸びをしては横からゆっくり下すのを繰り返す。

 深呼吸も伸びも、なんとなく心と体をスッキリさせてくれる効果がある気がする。

 最後に指を絡めて思いっきり上にぐーっと伸ばし、はぁっと息を吐きだした。


「それは新しい運動ですか?」


 と、そこに声がかけられ、私はびくりと振り返る。

 ゆったりとした歩調で歩いてくるのは、いつもとは違うどこかゆったりとしたスタイルのアレクシスさん。

 このタイミングで会いたくなかったとかそんなことを思うよりなにより、視界に飛び込む存在がそんな感情を吹き飛ばした。

 えぇ、一気に飛んでいきましたとも。ひぇぇっ


 袖がゆったりとしていて手首でちょっとキュッと絞ったタイプのブラウスとか、どこのフランス貴族の優雅なおうちスタイルですかー!?って問いたい。色気がすごい。

 真っ白なブラウスは、一歩間違えば下の肌の色が透けてしまうのではないかという危うさを感じさせるが、柔らかな動きに反してしっかりした厚みも備えているらしいそれは、ただつやつやとした光沢としっとりとした白を私の目に焼き付ける。すみません。やましい事を考えました。許してください。と、その真っ白なブラウスに謝りたくなる。

 普段なら常に後ろに流しているだけの綺麗な黒髪は、右肩の辺りでゆるく縛られていて、歩を進めるたびにその黒い尾が揺らめいて果てしのない色気が醸し出される。しかも、リボンじゃなくて組み紐のようなもので結っていてそれがまたえっちだと思います。瞳の色より少し渋い赤の紐が揺れるのが目に焼き付いて離れなくなりそうだ。色気に色気を重ねて一体どうするつもりですか。私は既にブラウスのえっちさに殴られ済みですってば!

 おやめくださいお代官様。こ、これ以上は何も出ません!そう言いたいところだが、そこから目をそらそうとすると、視界に入るのがハイウェストなパンツスタイルである。

 え、えっちー!

 ウェストをきゅっと見せつけてくるのはどうかと思います。ダブルボタンでコルセット的な形のウェストの型に、その下は細身のパンツスタイルですよ。普段上着を必ず着用しているアレクシスさんの無防備な腰から下のラインよ。

 お願いだから上着を着てきて欲しい。

 今ベールが必要なのは、私じゃなくてアレクシスさんな気がします。


 かっちり着こまれた正装じゃないアレクシスさんというあまりの猛威に、私はふらりと後ろへ一歩下がってしまった。

 え、なにこれ。

 これで二次元じゃないって何?私にはよくわかりません。

 新規衣装に泣いて手を合わせるどころじゃないよ。あっという間に昇天させられそうだよ。

 いっそこんな下心しかない私なんて、一気に浄化の光で消し飛ばせて欲しいよ。

 もうお願いだから、二次元になってください。


「アオ様、やはり、体調でも崩されたので?」


 私の心がよぼよぼしている間に歩調を早めたアレクシスさんが目の前まで来てすっと私に手を差し出す。

 先生の教えと、ここ最近の毎日の実践で調教され済みの私は、反射的にその手に自分の手を乗せた後、自分の動きにびっくりした。

 いくら何でも調教され過ぎでは?

 うそやん。ってつぶやく私等置き去りに、アレクシスさんはそっと私の顔を覗き込み、その目を少しだけ細める。


「昨日は夕方からずっと寝室に籠られていたとか。やはり、お一人にするのはあまり良くなかったですね。」


 手を取られながら私はやっとアレクシスさんが心配してわざわざ来てくれたのだという事に気が付いた。

 そういえば、以前も一人ご飯で泣いてしまったし、アレクシスさんもカーライルさんも毎度私がおかしくなる度に心配をしてくれてたなと、様々な状況が思い出される。二人ともいつも私を気遣ってくれて本当に優しい。

 だが、その記憶とは別に、昨日言われた言葉までも芋づる式にずるりと引っ張り出されて、私の心臓が一気に謎の仕事を始めた。

 かーっと上がっていく血圧に、頭の芯が仕事を放棄する。

 いやいや、今そういうあれじゃないから!と、ぶんぶんと頭を振る。頼む自分の体。正常な仕事をしてくれ。

 さっきまでえっちだと叫んでいた自分の脳みそも十分仕事をしているとは言えませんが、まだましだと思います。


「アオ様?」


 静かで冷静で硬質な声には何の色もない。

 良かった。どんな熱もないその声が今は私の導です。

 深呼吸してから顔を上げる。

 あれは噂。ただの噂。よし心を強くもとう。大丈夫。

 平常心、平常心。


「すみません。色々と考えすぎで。」

「…また髪が乱れていますよ。」


 少し、言葉を探すような間の後、アレクシスさんはそう、私の顔に引っかかっていた一筋をそっと流してくれた。はらりとベールの後ろに戻って行く髪。


 いや、まって。

 今それはいらなかったなー!

 落ち着きたい心臓が落ち着けませんね!?落ち着かせてください。


 綺麗な顔を直視できない。顔がまた熱くなる。


「ありがとうございます。」


 お礼を言いつつも視線が泳ぐことを止められません。

 だというのに、アレクシスさんからのまっすぐな視線の圧は止む事は無くて、いやほんと、今は勘弁してほしいんだって。でも、心配してくれてるのに今はお帰りくださいとか、酷い話だよ。


 あらゆるものと葛藤しながらも、私は意を決してそろりと視線を戻す。


「えっと、具合は悪くないですよ。」


 だから大丈夫です。と、言ってみるも、アレクシスさんからの視線はそのままだ。

 じっと探るように見られる。


「昨日は、ちょっと疲れただけで、一晩寝たら元気になりました。」


 主な原因は大変な混乱とてんぱりと多大なる羞恥心だけど、疲れてたのも嘘じゃないです先生。疲れで拗ねて、大変な情報を引っ張り出してしまったので、これは自業自得がでかい。

 ただし、裏でどんな噂になってるかを知ってしまった私としては、その噂は私のせいではないし、真実じゃないからね!と声高に叫びたい。


「だから、その、そんなにじっと見ないでくれますか…ね…さすがに視線が強いかな…と…」


 恥ずかしいというか、所在に困るというか、なんというか、どうすればいいかな。


「視線が強い…ですか?」

「はぁ、そうですね。そんなにじっと見られるのは、あまり。」


 アレクシスさんはなぜか驚いたように小さく呟いた。

 いや、どう考えても強いよ。基本的にアレクシスさんは人の目を直視しすぎだと思う。


「結構人は、そんなにじっと人の目を見ないものかなと。」


 私は他人の顔自体あまり見てないけど。

 私の好きな書籍でも、主人公のお母さんが言っていた。あまり目をじっと見るのは特に男性は苦手だと思うものだから、淑女として眉間等をみるといいと淑女の何たるかを説いていた。


「目をまっすぐ見るのはいい事だとは思うんですけど、強い視線を苦手と思う人は多いですよ。だから、眉間とか、眉、鼻のあたりを見ると良いらしいです。」

「気を付けるとしよう。」

「はい。」


 元ネタが淑女の何たるかを説く内容であったとか、そんなのはどうでもいい。拡大解釈して、人付き合いの何たるかを説いているという事にして堂々と語る。

 そんな私の実際には中身のない諭しに、考えるような顔で庭に顔を向けるアレクシスさんに、どうやら伝わったらしいと私はほっと胸をなでおろすのだった。




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