彼女と私の交差点
頬杖とか、お行儀が悪いだろうけど、そんなことにかまってられる精神状態じゃないんだよね。こっちはさ。
と、やさぐれながらため息が出る。
「お嬢様じゃないし、お嬢様らしさもないからさ、あんまり敬ったり怖がったりしないで欲しいんだよね。できれば」
ぱちぱちと何度も何度も瞬きを繰り返す大きな瞳が何ともかわいらしい。でも、友達にはなってくれないんだなとふてくされてしまう。
机の上に視線を落とせば、さっき聞いた物語の題名が書き連ねられた紙が視界に映る。
皆可愛くて楽しかったけど、友達にはなれないんだなと、何度目かの気持ちがリフレインする。私ってめんどくさい女みたいだな。
「あの…聖女候補様…」
衣擦れの音がする。どうやらシアさんは立ち上がってくれたらしい。
「名前も呼んではくれないし。」
「えっ」
「どうせ私には友達なんてできないんだ。」
八つ当たりなのはわかっているけど、誰も名前を呼んでくれなかったんだよね。私も名乗ったのにな。
「その、友達…というのは、難しいのでは。」
「…」
え、言うじゃん。シアさん
ざっくりと刺さった言葉の槍。
私はギシギシと音がしそうなぎこちない動きで顔を上げた。
立ち上がったシアさんは、困った顔でそこにいる。
「シアさんって毒舌?」
「えっ、あっ…!」
慌てて口を押えるところを見ると、どうやらそういう自分の性質を欠点だとは思っているらしい。
「失礼を…」
「まったまった。また膝をつかないで欲しいんだけど。」
せっかく立ち上がってくれたというのに、また膝をつかれてはたまらない。また膝をつきそうな動きを制止して、私は額を抑える。
「両親にはいらない一言が多いと、行儀見習いに出されてきたのです。失礼な事を申しました。」
「あーうんうん。まぁ、すごい刺さったけど大丈夫。仕事を続けてよ。」
「あの…」
「うん?」
「やはり、私はお暇を出されるのでしょうか。」
「え?なに?」
投げやりに話を打ち切ったつもりの私に、シアさんは恐る恐ると声をかけてきたと思ったら、そんな事を言ってきた。
冗談かなにかかとその顔を見つめるが、シアさんは本気で聞いてきたらしい。顔色がずいぶんと悪くなっている。
「いや、私に人事権は無いんだけど。」
「でも、聖女候補様からの言葉であれば、その…」
強張る顔をじっと見つめて、これはダメだとさじを投げた。
私はさっき貴族でもお嬢さんでもないよと言ったけど、何も響いてないし、理解はされないらしい。
それにも苛立ちがあるけれど、それ以上に、立場を利用してこの場所の人事を捻じ曲げる様な事を私がして、その上アレクシスさんが許すと思っているのが業腹である。
そんな人事、ぶっ殺す位の心意気で生きて欲しい。
私の中で謎のスイッチがカチリとはいる。このお嬢ちゃんをどうすればいい?という気持ちでいっぱいだ。
「私は、そういう行為は越権行為と言うのだと思うけど、お嬢さんはどう思う?」
迷子の様な顔をしないで欲しい。私は決していじめてない。
何を言ったらこの場はスムーズに時間が進むんだろうか?神様助けて。いや、やっぱ助けないで。神様来たらややこしくなるやつでした。
セルフ突っ込みしたところで口が滑らかに動き出す。
「繰り返すんだけどね?私は貴族じゃないし、お嬢様でもないのね?」
ゆっくりと、言い含めるように一旦言葉を切る。
「家もないし、家族もいない。お金もなければ何も持ってない。お嬢さんの方がよっぽど色んなものを持ってる。」
堂々と言う事じゃないのに、何を言っているんだろう私は…。ちょっとむなしさが湧き出てくる。
「何も持ってないのに、勝手にない物をあるように想像して、怯えられても困るんだよね。言葉の意味は、わかるかな?」
できれば女の子には優しくしたいんだけど、言葉にどうしようもなく棘が出る。
さっきまでうまく動かなかった足は、今度はすんなりと動く。
椅子からおりてすたすたとシアさんの前に立ち、その顔を見上げる。シアさんは女性の中では背が高めなのでどうしても仰ぎ見る事になる。
「偶然が重なってこんな立派な部屋をお借りしてるけど、私はただの居候で、私の言葉には何の権限も力もない。そうでなくとも、アレクシスさんがそんなずさんな人事をするはずもないというのは、アレクシスさんの性格からして自明の理なのだけど…ご理解いただけたかしら?」
心の中でアンダスタン?と、カタカナ英語が出てきた辺りで、だばぁっとシアさんの目から大洪水が。
私はビビり散らして目を見開いた。
い、いじめてないよ!いじめてないったら!
心の中はパニックである。
「も、申し訳ありませっ…そのようなことっ、言葉っに、さっさせっ」
この謝罪は、何の謝罪?どんな気持ち?シアさんの気持ちの機微がわかりません先生。
強く言い過ぎました?
そんなに私強かったです?
後輩の女の子が苦手な気持ちと同じ感情が溢れるよ。
ハンカチ…と、隠しポケットを探ろうとした段で、シアさんが私の方へ制止をかける様に手の平を向けてきた。
「すっすみませっ。すぐっ止まるのでっ」
しゃくりあげる程の大号泣をしながらも、頭のどこかで冷静なのか、そんな言葉を形作るので私はとりあえずそのまま待つことにした。
数秒後、シアさんは鼻をすすりながらも涙を止め、自分のハンカチで顔をぬぐってこちらを見た。
思ったよりもあっという間に滝は引っ込んだようだ。
「大変お見苦しいものをお見せしました。」
「いえ、落ち着いたなら何よりです。」
泣いたばかりの目は赤いが、その瞳は今までで一番、まっすぐ私の目を見ている。
「自分の至らなさを上塗りした挙句、聖女候補様にそこまで言わせてしまった事、そんな言動をしてしまった自分があまりにも不甲斐なく…」
「平常心は取り戻せましたか?」
「はい。」
「仕事に戻るように言いたいところだけど、その顔じゃしばらく戻れなさそうですね。しばらくここで休んでから戻ってください。」
お互い交わすべき言葉ももうないだろうと、とりあえず彼女の立場を慮るだけはしてあげて、私は私の時間を使おうと背中を向けた。




