友達までの長い距離
「ずいぶん長く引き留めてしまいましたね。」
話題の切れ目でふと窓を見ればずいぶんと日が傾いているのがわかった。部屋の傍らにあるどっしりとした魔法仕掛けの時計を見れば、2時間以上も話していた様で私は内心慌ててしまう。
ちょっとだけのつもりだったのに、想像以上に色々な話が聞けてしまって夢中になってしまった。
ごめんなさいね。とさっきの言葉に付け加えれば、皆さんにこりと笑うばかり。
「聖女候補様のお話し相手になるのも私共の務めでございます。」
「どうぞ、いつでもお声がけください。」
貴族のお嬢さんであればそういう事もあるらしいが、私は生憎貴族ではない。
私は必殺あいまいな笑顔で、はいともいいえとも取れない反応で返しておくことにする。
お嬢さんたちときゃっきゃウフフはしたいんだけど、できればもっと、こう、お友達の距離でちょっと雑な関係な方が私は嬉しいんだよね。そこまでもっていくだけの労力を考ええると、今日はもう頑張れないので全ての返答をあいまいに濁しておく。約束を守れないかもしれない事柄に対してうまく返事ができない所も、いつかどうにかできたらいいね。
軽やかに問題は棚上げである。
「あ、そうそう。最後にもう一つ、お願いがあったのを忘れるところでした。」
私はいそいそと隣の部屋へ行き、ラッピングして準備していたお菓子を抱え持ってくる。
「実は、新しいお菓子のお披露目を近々する予定なのです。ぜひ、試食にご協力いただければと。」
さすが、教育の行き届いたお嬢さんたちでむやみやたらと騒ぎはしないが、菓子という単語にそれぞれに嬉しそうな反応が返ってくる。
良かった。みんなお菓子は嫌いじゃない様だ。内心ほっとする。
私としては、もっと気軽に絡んできてくれた方が気が楽なんだけどなぁと思いながら一人ずつ包みを渡していく。
「多めに包んでいるので、皆さんにも分けてあげてくださいな。それで、感想があればぜひ教えていただきたいの。お願いできるかしら。」
「商品の試食という事でございますね。」
私が本題をそっとおまけのように包んで発信したが、シアさんが即座に心得たように頷くのを見て、やはりこの子は貴族ではないのだろうなと、予想を確信に変えていく。
色々なお店の商品に詳しいし、産地などにも通じている。どんな環境で育ったのかちょっとだけ興味がわくけど、みんながいる中で一人だけ特別話題をふるのはどうなのだろう。
配慮が足りないとか思われるだろうか?
「そういう事でしたら、お任せください。そういうのは得意なので。」
エルマさんが満面の笑みで言ってくれるので私も笑顔でお礼を言う。
エルマさんは友達とか多そうだから期待大だ。
「聖女候補様、両親に振る舞うのは、いけませんでしょうか?」
確認を口にするクラーラさんの横で、アンネリースさんもこくこくと頷いて自分もと主張している。
このお嬢さんたちはみんなご両親との関係も良好なのだなぁと、他人事ながら嬉しくなる。
「ぜひお願いします。広く知って欲しいと思っていたところですので。」
お嬢さんたちは2つ目のお願い事も快く私のお願いを受け入れてくれたので、私が掲げた本日のミッションは完了だ。
ちょっと気疲れで精神的にはギリギリだけど、パーフェクトじゃない?お嬢様の仮面もはがれなかったし、私ってばやればできる子らしい。
そうして彼女たちは手早く部屋を片付けると、綺麗な所作で礼をし、退室していく。ワゴンを押していくのはエルマさん。そして、最後にテーブルを拭き清めているシアさんが残っている。
仕事ぶりを見守るべきなのか否か…数秒悩んだが、貴族女性は周囲に人がいる事は気にしない生活をしているらしいとは知っているので一旦なかった事にするのが良いだろう。と、私は執務机に向かう。
シアさんだって見られてたら仕事もし辛いだろうし。
机の引き出しから出すのは、まっさらな紙と瓶にたっぷりと入ったインク。
机の上に置いてある羽ペンを手に取ったところで、視界の端に部屋を丁寧に整えてくれているシアさんの姿が見える。
物語に興味がありそうだったシアさん。
他の三人と反応のしどころが違ったシアさん…。
今なら、もしかしたら、こう、ヲタ友的な?そんな感じの、ほら、うん、何かになれたりなんかしちゃったりなんかしないだろうか?しないかな?だめ?だめかな?むりか。いや、うん。仕事の邪魔は良くない。良くない…よね…。
一瞬よぎった欲望が、行ける?行けるか?行けるかも!?と、鼓動を跳ね上げたが、あっという間に後ろ向きに落っこちた自問自答でやっぱ無理だ!と結論付ける。
いやだって、わからないし。シアさんが話題のどんなところにささったのかとか、何がどのくらい好きかとか、全然全くわかんないし。
何より、この人気持ちわるって思われたら泣いちゃう。
リアルでヲタク友達を捕まえるのは難しいって知ってるでしょ。私は。
妄想だけで嗚咽が漏れそうになってこらえる。
再度真っ白な紙に向き合い、まずは今日聞いた物語の題名をささっと書き込む。そこからどうまとめるかを考えないといけないのだが…と、一度顔を上げたところで、シアさんと目が合った。
「…っ…」
「あっ」
私はびっくりして固まってしまった。
シアさんはシアさんで、目が合うと少し肩を跳ね上げ小さな声を上げた。
「…」
「…」
気まずい空気が数秒流れ、私は困って視線をうろつかせてしまう。
こんな時、なんて言ったらいいかなんて、わからないよ。助けて、二次元の知識!と、貴族の反応を脳内検索アンド反芻してみるけど、大体がみんな余裕のある反応をするよね。
クスリと笑って、私の顔に何かついてるかしら?みたいな?そういう反応とか、私には無理だから。全然、無理だから。
でも、シアさんもなんか固まっているし、やっぱり私?私なのかな?反応をしてあげないといけないのは私なんですか?
最近主人公ムーブを求められている気がするのは気のせいだろうか。
「…えっと、シアさん?何か…ありました?」
だがしかし、私に堂々たる主人公ムーブとか、夢のまた夢なんで、期待しないで欲しい。
つっかえつっかえ恐る恐る、私はシアさんに声をかけた。
「あ、あの、申し訳ありません。不躾でございました。」
なぜかシアさんはそう言って慌てて両膝をついて顔を伏せてしまった。
いやいや、私そんな居丈高にしたつもりはないんだけど。シアさんもてんぱってるんだろうけど、私もてんぱるよ。
こういう時、聖女ムーブするなら優しくその隣に膝をついて手を差し伸べて上げるとかが正解なんだろうけど、椅子に縫い付けられたようになってしまってうまく動けない。
うろうろとする視界と、うまく言葉を紡げない唇がもどかしい。
「シアさん?」
私がシアさんの名前を呼ぶと、ぎゅっと手を握るのがわかった。私ってそんなに怖いだろうか。
ちょっとショックを受ける。うぅ…お友達になれたりしないだろうかとか、そんな妄想、一瞬でもよぎらせるんじゃなかった。
なんかすごい、心に風穴があいた気分だよ。
「咎めるつもりも何もないので、顔を上げて欲しいのだけれど…ダメかなぁ。」
もう、言葉尻を作ろう気力もなくなってきた。
シオシオとしながら告げると、ゆっくりとシアさんが顔を上げた。
「怖がらなくても、何もないよ。私は貴族でもお嬢様でもないし、そういうのは…堪えるなぁ。」
空笑いが漏れる。
こんな調子じゃ、友達ができる事なんて夢のまた夢って感じだなぁ。
握っていた羽ペンをペン立てに置いて、私は頬杖をついた。




