お嬢さんたちの物語
「それでは、僭越ながら私から…」
お気に入りの物語を語って欲しい。
そのお願いに最初に口火を切ってくれたのはクラーラさん。
こういう時にも率先してくれる所を見ると、生き方までも美しさが際立つお嬢さんである。本当に綺麗なお嬢さんだとしみじみ思う。姿勢も、体型維持のために努力するところも、凛とした在り方も好きだと言わざるを得ないね。
私がクラーラさんのファンになってしまうよ。
ときめきが止まらない!
艶やかな唇が語ってくれたのは水鏡に映る月に恋をする乙女の物語だった。
「夜は世界を創造されし尊きお方の腕向こう。全てがその腕にあり、我ら小さき命には何も見えない世界。けれど、私達の頭上には、慈悲深き方々の御心により無数の星と3つの月が命ある我々への導きとして灯されております。」
恋のお話しだと言われたのでわくそわしていたというのに、なぜか世界創造の神話から入るという壮大な導入に、私は内心どきりとした。
『夜』というのには、少し心当たりがある。
というか、背後に掛けられた絵の存在が、脳裏で強くなりのしかかる。その存在感から目をそらしつつ、お月さま、3つもありましたっけ?と、そちらの疑問へと意識を傾ける。
歪な月を見上げてはその様を興味深く眺めていたが、とんと3つも見た覚えはない。
「月は、本来天上にてあらゆる世界を見つめるお役目を追っておられる素晴らしき方々の内3柱が、この世界の為燈火の欠片をその両の腕に抱え、かわるがわるに夜を照らしてくださっている輝き。その輝きを水鏡に映すと、時折、天より我らを見守られているそのお優しい顔を見ることが叶うのだと言われております。」
月もまた神様だったのか。と、彼女の話の先を私は興味深く聞き入る。
「ある時、母を亡くした少女が、空の闇のどこかにまだ母がいるのではないかと夜に目を凝らしました。けれども、そこに母が見えるはずもなく。広すぎる夜空では見ることが叶わないのだと、水鏡に映る空を必死に探すようになりました。幾晩も幾晩も繰り返し繰り返し母を求めますが、そこに映るのは夜の闇と月と星。少女は月の傍らにうずくまるように水盆へと体を預け、はらはらと涙をこぼしました。」
最初はぎこちなかった語りが、徐々に入り込んでいくクラーラさん。その滑らかな口調に私も自然物語にのめりこんでいく。
「きらきらと星のようにまたたきながら水鏡へと涙が落ちると、水鏡いっぱいに映し出されておりました1つの月がゆらりと形を変えるではありませんか。少女は水鏡に映るその優しい面差しに瞳をいっぱいに開き見つめました。それから、大きな瞳を空へ向けると、そこにはただ静かなる月が灯されているのみでした。もう一度視線を落とした水鏡にも、優しい月灯りのみが返ります。少女はその時、生まれて初めて恋をしました。温かく、優しい瞳で見守る美しい月灯のお方に。その暖かな感情は、母の眠る闇へ傾く少女の心を台地へ導き、生きるための想いを心へ灯らせてくださったのでした。」
ゆっくりと、優しく締められた物語に、私は拍手を送る。
「とても素敵…でした。」
素敵なお話と口走りそうになり、飲み込みつつも私は微笑んだ。誰でも知っている物語であるなら、知らなかったと思わせる様な発言は控えねば。危ない危ない。
夜と闇と魂の還る場所。それらの思想を知れたのはとても助かる。今度夜関係のお話を探さなければいけないね。
「月の温かさ、柔らかさもですが…クラーラさんはもしかして水辺がお好きなのかしら。」
語り口調の熱の入れように、私はなんとなくそんな風に感じた。
「まぁ、聖女候補様。その通りですわ。」
「すごいです。」
「良くお気づきになられましたね。」
正解を引き当ててよかったのか悪かったのか、オーディエンスが沸いてしまった。
あまりキラキラとした目で私を見ないで欲しいよ。
あぁ、でも、頬を上気させて喜んでいるクラーラさんはとても愛らしいので、全部チャラだなと、その空気にもう堂々たる笑顔で応えることにした。
だって可愛いんだもん。可愛いは正義。
「えぇ。クラーラさんの語られるご様子や、内容の詳細さから。何より、とても素敵な顔で話されてましたもの。」
こんな風に美人さんに嬉しそうに照れられたら、もう何もかも良い気がするよね。
「それにしても、この物語の月は、南の紫月様ではございませんでしたかしら。」
「あら、特に明言はされていなかったように思うのですが。」
「いえいえ、私の母から聞かされた話も紫月様でしたよ。」
クラーラさんの素敵さにうっかり浸ってたら、アンネリースさんの口から突然そんな意見が飛び出した。
そういえば、月は三つあるらしいとさっき仕入れた知識にありましたね。なんで四ヶ月過ごしているのに私は気付かなかったのだろう。解せぬ。
「南に浮かぶ紫月様は成長を司ります。」
「そうそう、それに、哀しみの季節の終わりから顔を見せるのも紫月様でしょう。」
なんと、月は季節によって顔を見せない時期があるらしい。それならば、私が見ていた月はどの月なのだろう。予想では彼女たちのいう、紫月だと思うのだが。
それにしても、やけにアンネリースさんは南を押すなぁと思いつつ、二対一の構図となってしまったこの状況を見渡す。
北出身のエルマさんと、南出身のアンネリースさん真逆の地域出身の二人が言うのだから、広い範囲で語られているのはもしかしたら紫月の方なのかもしれない。けれど、二人の語る印象と、クラーラさんが語ってくれた物語の印象ってちょっと違うんだよなぁ。と、私はそれが気になった。
「お三方とも、落ち着いてくださいませ。聖女候補様の前ですし。」
「聖女候補様へのお話しだからこそですわ。正しく語らねば、何が物語に込められているのか、伝わらないではありませんか。」
シアさんがそっと抑えようとしてくれたが、アンネリースさんはやんわりとだが、はっきりと、その制止を振り切った。うーん。正しさは大事だが、ちょっと怖いね。
これは私が止めねばいけないのだろう。
なんか、こんなことばっかりじゃない?私
「まあまあ、皆さん一旦お茶を飲みましょう。クラーラさんも、たくさん語ってくださって喉が渇いていらっしゃるでしょ?」
まずは全員に一息ついてもらい、その間に私も頭を整理する。
「物語は生き物です。根付く土地に合わせて内容も変化し、色も変わりましょう。」
それぞれの顔を見渡すも、クラーラさん、アンネリースさん、エルマさんはどういう事?という顔をしている。
「北と南の出身のお二人に伝わるお話しが同じという事は、本質的な何かか、生活様式の一部が一致しているのだと思うのですよね。クラーラさんがお育ちになったのは北でも南もないのでは?」
「そ、その通りです。私は代々王都の出で…」
「あぁ、ならば話は簡単そうですね。想像の域を出ませんが…家の作りや間取り、部屋の配置様式がまず違うのではないかしら。」
確か、私が毎日見上げていた空の月はちょっと紫がかっていた。そして、太陽が昇って降りる方向から考えても、その空は南だった。
身分高い女性の部屋の方向や、玄関の方向は、文明によっては基本一致する作りになっていたりする。
「それに、恋をすることで生きる事に意味を見出したこのお話は、恋への憧れや、憧れの男性像を表しているのだと推察できます。王都では若い女性同士の中で物語が語り継がれ、そういう形の方が流行りやすかったのでしょう。翻って、王都から離れた土地では、大人への成長、意識の変化が特徴だというので、どちらかと言えば物語は親から子へ語る物だったのでは…と…」
考察を整理しつつもペラペラと並べ立てていると、ポカンとした三人のお嬢さんたちの顔が目に入った。
これはまずい。私は乾いた笑みを浮かべるしかない。
「まぁ、ただの推察ですが。物語は土地によって形を変えやすいですから…ね?クラーラさんのお話しはとても楽しかったですし、お二人からの違いの話もとても興味深かったですよ。」
うふふと目をそらすと、ずっと慎ましやかにしており、表情もただ静かに笑みをたたえるのみであったシアさんがなぜか輝いた目をしていた。
シアさんどうしたんだろう。ちょっとその輝きが突き刺さるのでやめて欲しい。
私はなるべく自然に見えるようにそこから視線を逸らした。
「えっと…私の話はいいのですよ。私はただ皆さんが好きな話をしてくださる顔を見るのが好きなのです。クラーラさんも、とても輝く乙女の顔で素敵でしたよ。」
何か誤魔化せないかと言葉を探すも、何だろう。私はナンパでもするつもりだろうか。という様な言葉しか出てこなかった。
だが、女の子はとても可愛いので、本音なので、致し方なし。
笑顔で寄り切り押し出ししていくしかあるまい。
「あ、あの、次は私!私がお話しします!」
なんとなくみんながぽわーっとした顔をしたので何とか誤魔化しきれただろうかと安堵したところで、エルマさんが元気に手を挙げた。
よしよしいいぞ。その調子で私のおかしな行動は忘れておくれ。
是非お願いします。と促して、エルマさんの話が始まる。
それは、賢者の金枝の物語。
岩肌がむき出しになっている険しい山の多い北の地。その地で金枝を見つけた者が指さす先には、多くの実りある茨があるのだというお話しだった。
「実は私は過去にその金枝を二度程見つけた事があるのですよ。」
得意そうに笑う彼女に、え、それっておとぎ話じゃないの?と私は目を白黒させた。
だが、他の三人は驚くには驚くが、すごいですねという驚きの種類で、ストレートに物語が現実であるという事を受け入れている。
思えば神様にも会える世界である。語られる物語は、実際の現実に起きた出来事に即したものなのではなかろうか。
私は自分の感覚とこの世界の感覚のずれを認知し、冷や汗が出る。
土地によって変化する物語。それこそ、現実と物語の境があいまいなこの世界ではありえない事だったかもしれない。いやいや、そこまではさすがに考えすぎか?
「金枝とはどのような物なんです?」
「実際の形はわかりませんが、私はその日何か予感がして朝早く目を覚ましました。窓から差し込む光が眩しくて…でも、本当はそんなはずないんですが…」
「朝なのですから、朝日がさしたのでは?」
「いえ、眩しいと思ったのに、私は窓へ近づき、カーテンを開いたんです。カーテン越しに朝日が指す事なんてあるはずもなく、窓から見える岩の向こうで金枝が輝いたのだとわかりました。」
冷や汗の流れる私とは裏腹に、他の三人は物語の体現者であるエルマさんの話に身を乗り出して質問している。良かった、私の心配は杞憂かもしれない。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、それぞれの様子を一歩後ろから眺める事にする。
「金枝を見に行こうとは思わなかったんですの?」
「それよりも真っ先に私は父の元へと走りました。金枝が輝く先に急がなければいけないとわかっていたのです。私の示す方向へ、すぐに動ける者を連れて父もまた急ぎ出ていきました。帰ってくる頃にはたくさんの実を籠いっぱいに詰め込んでいて、その年の年越しはとても楽でした。」
その話にドラマチックなものを求めていたらしいクラーラさんは、その終わりにちょっと物足りない様な顔をし。南出身のアンネリースさんは、おそらく収穫に恵まれるという事に強く羨望の眼差しの様なものを向けている様に見える。そして、シアさんはその体験に対して短くも的確な質問をしていた。案外一番興味深々なのはシアさんかもしれない。
そんな風に、私は四人からいくつかの物語を聞き出し、時には知っている物語と少し違うという情報も得た。
これ、後で土地と物語の違いを表にでもしないといけないかもしれないな。と、手元にメモを持たなかったことを後悔した。




