それでも私は卵焼きを食べたかった
「…姫様が…で、いらっしゃいますか?」
カーライルさんのお屋敷でお菓子を作っていた事に対してか、それとも、卵を割れるという事に対してだろうか。ペールさんは驚き、目を見開いて私の顔と手を交互に見やった。
とても驚かれている。
「はい。お菓子作りは好きなので。」
だが、やはり厨房への出入りを許されていたという情報はやはり強かったようだ。
目に見えて葛藤を見せたペールさんだったが、最終的には頷いてくれた。これで私も一安心である。これ以上、言葉を重ねてもわかるように説明はできやしない。そもそも、味を調えるというのも着地点がわからないのでは整えようがあるまい。
それでは。と、私はペールさんの気が変わらないうちに急いで厨房へと移動した。
厨房には3名の料理人さんが後かたづけや仕込みをそれぞれ行っており、もしかして忙しかったんじゃなかろうかと頭を抱えたくなった。
けれど、既に作って欲しい料理の話はしてしまった後だ。このまま作ってしまった方が良いに決まっている。
まずは材料。と、ペールさんは私が口にした内容をしっかり覚えていて、ささっと卵3つと砂糖と塩が用意される。
「まずは卵をボールへ…」
と、説明を口にすると、続けてさっとペールさんが卵をボールへ割って入れる。私の出る幕はない。
というか、絶対に私にさせてなるものかというような気迫を感じるね。
今回は軽く砂糖を入れましょうか。と説明しつつ量に関して言うなら、分量?何それおいしいの?なので、私は砂糖入れに入っていたスプーン的なもので雑にささっと入れてしまう。そこまで甘い必要はないので、まぁ、少量である。ついでにちょっとミルクも入れる。
あとは卵をこれまた雑にといてもらい、フライパンを用意してもらう。雑と言っても私と違いきちんと白身はときほぐされている。
さすがに火を使う時に私がやるとは言いづらいので、全てペールさんにお任せする。
油をひいて、うすーく卵の膜をつくってもらい言葉とジェスチャーで伝えるも、うまくはいくはずもなく…せっかく作った膜はぺしょりと途中でやぶれてしまう。
これは卵焼き初心者誰もが通る道なので気にしない。それに、1枚目2枚目は強度がないので破れてもどうってことはないのだ。
そうして、全ての卵を焼き終わる頃には卵焼きを巻くという行為の意味をペールさんには理解してもらえた様だった。だが、できばえはと言えば、なかなかにひしゃげた卵焼きが完成した。
卵焼きに関してのみいうなら初心者どころか、未知の挑戦なのだからそんなものだろうと思うのだが、ペールさんは悲壮な顔をしていらっしゃる。
「あの、ペールさん?」
「申し訳ございません。私の腕が未熟なばかりに。」
そんなに悲壮な顔をする事じゃないのだけど…私は助けを求めるように周囲に視線を走らせると、他の料理人さんが興味津々という顔をこちらへ向けているのに気づいてしまった。
これは…この状況は、いかんのではないだろうか。
今、ペールさんはここの皆さんを率いているのだから、こんな風にしょんもりさせてしまっては、今後のこの調理場の仕事に影響がでてしまう。
「い、いいえ。初めて作ってくださったのに、こんなにきちんと形になるなんて、さすがはペールさんです。」
私は何とかかんとかその心を癒すべく言葉を連ねる。
「私の知る女性は、しばらくは卵焼きではなく完全にスクランブルエッグにしかならなかったと言っていましたよ。」
本当の事だ。ただし、この世界の女性ではない上、その子はあまり料理をしてこなかった様子の子だった。それでもきちんと母になれるし、きちんと家族に料理を作れるようになるのだから、反復練習がいかに大事かって事がわかるよね。
「そ、そうなのですか。」
「はい。あの、よろしければ一度私にも巻く段階だけお手伝いさせていただけませんでしょうか?」
「よろしいのですか?」
「ぜひ。」
久しぶりだから私もちょっと不安があるが、やってみなければ結果はわかるまい。
そうして、今度は少量の塩と何かダシ的なものを所望して入れてもらい味を調え、フライパンの前に立つ。
油を敷き、卵をくるりと膜にするまではペールさんが担当し、私はフライパンを預かると、斜めに傾けながらそのはじっこをくるりくるりと畳んでいく。
そして、また一層つくり、くるり、くるり。
ボールの中身がなくなって、卵の焼き具合を見ながらしばし火を通した末にペールさんにそろそろいいと思いますと声をかけた。
思った以上に綺麗な出来栄えになって一安心だ。
ほこほこと綺麗な黄色の卵焼き。その出来栄えを、やはり遠巻きに見守っていたらしい料理人さん達が拍手で称えてくれる。いや、これ、ただの卵焼きなんですけどねとは思うが、こう拍手されると嬉しくなるよね。照れちゃうね。
「して、姫様。これはどのように食べるのでしょうか?」
出来上がったフライパンの上の物をペールさんはじっと見つめ、そんな質問を口にする。
えっと声が出そうになったが初めての食べ物にそう思うのは普通である。
私はお皿に載せてもらうと、こういう風に切ってもらって…と、一つ一つをお伝えし、その通りにしてもらう。
およそ3~4センチ程の厚みの卵焼きをお皿に盛りつけ一切れずつ食べるのだと言うと、それまで遠巻きにこちらを見ていた料理人さんの内一人が挙手をしながらあのぉ。と、声を上げた。
「一切れずつという事は、その、味見をさせていただく許可を頂けないでしょうか。」
驚いたが、カーライルさんの所の料理人さんも向上心の塊だった。それを思い出すとほほえましさが募る。
私は笑顔で頷き、厨房ではプチ試食会が開かれることとなった。
微妙に味の違う二つの卵焼きを前に、味に明確な決まりはない事。ミルクを入れた方とそうじゃない方で食感の違いが明確に出る事。塩でまとめた方のこの硬い感じも好きだが、柔らかい食感の物も好きだという話等、卵焼きの話を目の前の卵焼きがなくなるまでした。料理人の皆さんはやけに真剣にその話に耳を傾けていた。そんなに真剣に聞くような話はしていないんだけどね。だってこれは卵焼き。
そうして、お皿から二つの卵焼きが消えたころ、私は厨房をお暇することとした。
朝昼夕と食事の用意をしてくださっているこの場所は、平時忙しくない時間の方が少ないのだ。あまり長居するものではなかろう。
近いうちに食事に出してもらえたら嬉しいと添えて、私は部屋へと戻る。
もし作り慣れたら、だし巻き卵や、いろんな具を中に巻き込むのもありだという話を今度はしたい物である。
そんな午前中の残りの時間は、お菓子のラッピングをするのに費やしたのだった。
正直、午後も聖女様わっしょいされたら耐えられないかもしれないと思いつつ、それでも女の子たちと話したい欲望にはあらがえなかった。
だって、美人な侍女さん達と、お話しを、したいんだ!
心の中のおっさんがそんな叫びをシャウトする。




