卵焼きを巡る奮闘
悲し気な表情から一変、ペールさんは逆に私に感動という目を向けてきた。
だから、そういうのは、私じゃなくていいんだって。と、何度言葉を重ねてもきっと功を奏する事はないのだろう。
これからこの人、こういう目でずっと私を見てくるんだろうか。ひええ
「あの、改めてペールさんへお願いしたいことがあるので、椅子へどうぞおかけください。」
「これは、恐れ入ります。」
挨拶だけで既にげっそりと疲れているが、せっかくこんなにげっそりしたのだ、目的はちゃんと果たさせてもらおう。
別に私が食いしん坊だという事じゃないよ。
こんな思いをするだけして、何もご褒美が無かったらやってられないだけだよ。
だってほら、レガートが送り出してきたってことは、返却不可って事でしょ?挨拶不可避だったわけでしょ?ならば、この苦みとともにうまみが無ければ今後もやっていけやしないよ。
モチベーション大事。
私はいつもの場所に座り、ペールさんを見るが、ペールさんは正面の椅子ではなく、テーブルの角辺りにある一人用の背もたれなどのない椅子にそっと座られた。
せめて、せめて普通に背もたれのある方に座ってくれていいんですよ?と思うも、さっきの問答同様、何を言っても譲らないであろうことが目に見えているのでもうそれについては突っ込むのをやめる。
作って欲しい卵料理があるのだと説明すると、ペールさんは喜んでと笑顔で請け負ってくださる。
しかし、『卵焼き』と言って伝わるわけもなく。
「卵を焼けばいいのですか?目玉焼きなどとは別でしょうか?」
「えっと、どちらも違いますね。まず、卵を2~3個を割ってときます。」
「オムレツというわけでもないのですよね?」
「それも違うんですが、卵をといたら味を調えるんですが、砂糖で整えてもいいですし、塩でもいいです。」
「えぇと、どちらでもいいというのは…」
「卵焼きは甘いものでもしょっぱいものでもいいのです。」
「…一つの、料理の話…で、ございますよね?」
「はい。卵焼きという料理単体の話です。」
「それは、その、デザート用と食事用という事でございますか?」
「いいえ、どちらも食事の添え物ですね。」
「……途中で質問を重ねてしまい、失礼いたしました。続きをお願い致します。」
納得はしていない顔で、しかし、ペールさんは気持ちを切り替えた様な顔でこちらを見た。
決して無茶な何かを言っているわけではないのだが、自分が何か大変な要求を突き付けている様で申し訳なくなる。
「えっと…味を調えて、卵をとくところまでは説明しましたね。それから…」
「あの、因みに卵はどの程度泡立てますか?」
「それも、特に程度は決まっていませんね。黄身と白身が混ざり切らない位でも私は好きですし、しっかり混ぜても好きです。」
「………」
ペールさんは説明が進むほど怪訝な顔をする。
説明している私も、説明すればするほど卵焼き、アバウト過ぎて作り方の説明になってない気がしてしょうがなくなる。
だがしかし、嘘は言ってない。
私なんて、雑の極みで白身全然ドゥルンドゥルンだったし、フライパンに流しいれる時、白身がズルンと入ってしまってその層だけ分厚かった。それでも気にせず作ってたけど。
視線の痛みで気が遠くなる前に全ての説明を終わらせよう。
私はさっさと次の工程の話をする。
「次に、直径が…私の手の幅くらいのフライパンに、卵が焦げ付かないように薄く油をひきます。」
と、私は手を開いて親指と小指の幅を示す。多分15~18センチ位になるはずだ。多分。
今の体と前の体の大きさの違いがいまいちわかっていないので予測でしかないのだが、女性の基本的な大きさではないかと、すべっすべつやっつやの私の手を見て思うのだ。
「フライパンを熱したら、卵を薄い層になる量だけフライパンへ入れて手早く面にします。面ができたら、卵を端からくるくると巻き、はじへ寄せたらまた面を作り、さっき巻いたぶんを新しい面へ巻き、全ての卵を使い切るまで繰り返します。途中、焦げ付かない様油を足したりもします。と、こんな感じの料理なんですが、わかりました?」
小首をかしげ、ペールさんを伺うが、よくわからないという顔をしている。
そもそも、序盤からそれは一つの料理かと聞かれた辺りから、私の伝えたい料理詳細のイメージは全くつかめていないのがわかる。それもそうだろう。説明している私だって、これは伝わるのだろうかと疑問に思ったくらいだ。
そもそも味付けの時点で相当アバウトだ。
甘くてもいいししょっぱくてもいい。なんなら、うちの母は少量の牛乳と顆粒系のダシを入れていた。
だし巻き卵もおいしいし、ミートソース系のタネを作って中に巻き込んでもおいしい。正月に作る伊達巻なんかははんぺんをこれでもかと練りつぶして卵に混ぜている。伊達巻、めっちゃ謎。
おっと、思考がずれ始めた。
どう考えても見た事のない料理の説明としては全力で不親切である。
巻きながら焼く以外の共通項がないが、この、巻く行為がまた見た事のない人からすればわけわからないだろう。
私とペールさんの間に困ったという空気と沈黙が流れて満ちる。
どうやっても今の説明じゃ無理だ。絶対に無理だ。
図説をしようにも、結局卵を巻く部分以外はアバウトな料理である。同じ結果しか待ってはいまい。
「あの…ご迷惑でなければ、一度厨房でやってみませんか?」
と、私はご提案してみた。
手を出せずとも、横から指示はできるだろう。
何とか柔らかく微笑みかけ、提案するとペールさんはとても迷った顔を見せる。
その迷いの中身を推測してみる。
私は一応彼の主である。それを置いておいたとしても、聖女ポジで敬われている。
お嬢様だと思われているのだと仮定した場合、お嬢様を厨房に入れていいものかと悩まれるのは当然かもしれない。だがしかし、私にはこんな時心強い前例があるのだよ。
「カーライル様のお屋敷でも、時折お菓子を作らせていただいておりましたし、卵を割るくらいはできますよ。」




