中央教会の上位階
広い中央教会。
相変わらず長い廊下が憎らしい。
手汗の心配をすっかり失念していたから余計に憎くなる。ちくしょう。
次までに何か考えておくべきと頭の片隅に入れつつしずしずと歩いていく。
こうして落ち着いた気持ちで通ってみると、真っ白な廊下とか、綺麗に敷かれた突き抜ける様な空の青さをうつしたような絨毯の清冽さだとかはとても美しいと思う。等間隔に並ぶ柱は美しい彫刻が施され、台座まで揃いになっている。これが今普通に人が使っている建物だと思うとすごいなぁという小物感駄々洩れの感想しか出てこない。
絨毯に吸い込まれて靴音一つさせずたどり着いたのは両開きのやけに大きな扉。片側だけでも私の両腕伸ばしたくらいの大きさがある。
扉の両脇に控える騎士さんたちと、それとは別に教会関係者とわかる服装の方がいらっしゃる。
カーライルさんがその人にあいさつをすると、こくりと頷き、扉が開かれる。
扉の隙間が広がるにつれ、ぶわっと緊張が溢れてきた。
ひえ、ここで緊張するとか。
強張る表情筋をなだめすかして、せめて眉間にしわが寄らないように頑張る。
開かれた扉の中は広く、やはり白い。
ずらりと並ぶのはひらひらとした袖の衣装をまとった方々と、色違いの騎士の制服を身にまとった方々。
入り口からまっすぐ左右に並ぶ騎士団長様方と、その先の左側寄りに居並ぶ中央教会の方々の配置を見るに、私はこの騎士様の間を歩かねばならないらしい。
中央教会を束ねる上位階の方は13名だけど、それぞれ2名ずつの側近を連れていると聞いていたので、その人数にさほど驚かなかったが、なぜか、騎士の方々の人数が思ったよりもやたらと多い気がする。
騎士団は6つの大隊で編成されており、今日確実に来ると聞いていたのはそれぞれの団長だけだったのだが…。副団長は、団長の留守を預かるのも仕事なため、こういう時は来ないらしいが、どう見ても騎士の方々、団長以外に2、3人引きつれている。
左右に並ぶ騎士団長の後ろよぉ…と、心の底から突っ込みたくなる隙間の無さだ。
服装を見るにつけ、団長以外の方々は色で所属がわかるようになっているだけで、デザインは統一されているので全員平の騎士なのだろうとわかる。さすがに副団長も特別な装飾とかしてるだろうし。
一般団員に比べて装飾やデザイン、刺繍が多めの団長服は、こうして並ぶと壮観だが、これから皆様方とご挨拶しなくてはならないと思うと、全く楽しくない。服飾に個性が出ているのは特注だからだろうか?とかも気になるけど、こんなところで質問もできないのだから本当に苦痛でしかないよね。知りたいのに。
うぇーと思いつつ視線を滑らせていくと、騎士団長の中によく知る顔が見えた。
日の下ではオレンジっぽくきらきらと光る髪は、こんな室内で見ると落ち着きのある赤みがかった黄土色をしている。ウェーブのかかった前髪はいつもと違って軽いオールバックにして後ろに流していて、数日あっていないだけなのになんだかずいぶんと印象が変わったように思えた。
ふわりとした髪の流れを見ながら、やっぱり顔が良いんだなと内心頷く。
よくよく見れば、普段着ている隊服と違う事にも気が付いた。
普段の隊服も、平の騎士さん達とはちょっとデザインや装飾が異なっていたが、今日の衣装はそれよりも華やかだし、左肩に掛けられたマントはベルベットの様な質感をしている。
今更だけど、これって公式の行事的な位置づけってことですかね。
お布団に帰りたい。
アレクシスさんに引き連れられて、私は騎士様の間にできた通路をまっすぐ進み、中央教会の皆様方のいる位置まで行くと少し右側に進路を変えて、部屋の左右で対面する形で顔を合わせた。
んんん?おかしくね?
世界の常識は知らぬまでも、私の中のこうかな?という印象に照らし合わせると、これって、同格の人の対面位置ではなかろうか?
私はただの一般市民。
教会の皆様が上座になるように対面するものだと思っていたけど、なんか違うらしい。
「本日はご足労頂き誠にありがとう存じます。」
混乱している私をよそに、中央教会の方々の中から一人、一歩踏み出しそう挨拶が始まった。
頭のてっぺんは禿げており、途中からはえた髪は真っ白で長くのばされている。
お鬚も長くて、印象はまさにえらい魔法使いとかそんな感じである。
柔らかく笑っていらっしゃるが、人生の荒波をくぐってきた強さも感じる眼光をしていて、ちょっとやそっとではかなうわけがない存在であると思わせるものがある。
「この度は我々が至らないばかりに、聖女候補様をお待たせしてしまう事となり大変申し訳ございません。承認の儀を行うにあたり、重要なお方がこちらにいらっしゃらず我々としても不本意ながら、日程を決めかねていたのでございます。」
「そちらについてはフレン様に申し上げた通り、お願いした日までに予定を立てていただきたく存じます。」
空気に押されそうになるが、謝罪については一言も受け取らず、私はすげなく返答する。
『肯定をしない』をするには、それしかない。
会話をするにあたり、会話テクが無さ過ぎてムリポヨーってなっていた私は、家庭教師様に聞いてみた。そして教えられたのは、全ての話題に返答する必要はないという事である。
まじか。全部一個一個対応しようとしていつも挫折してきた私に教えてあげたいわ。と、心の底から思ったけど、これはこの世界の対地位ある人もしくは対貴族対策なので、過去の私が知っていても使えなかったかもしれない。
「もちろんでございます。我らとしても急ぎ、場を整える所存でございます。」
「そうしてくださいませ。」
「さて、本日いらしていただきましたのは、聖女候補様がこちらで過ごされるにあたり、顔合わせをさせていただいた方がより安心して過ごしていただけるのではないかと考えた次第でございます。」
「お心遣い感謝いたします。」
にこりと笑いつつの狸合戦をしながら、自己紹介タイムが始まった。
正直に言おう。
最初に口上を述べてくれた大魔法使いみたいなおじい様とフレン様以外、覚えられる気がしない。というか、次の人の口上が始まると、前の人の名前がもうわからなくなる。
申し訳ないが、うんうんと聞きながらも、4人目あたりからさじを投げた。
ちなみに、最初のおじい様はこの上位階の議長を務めている方で、フラウタンド様という。
全体の調整や取り纏め、上位階の議会の招集等をしているらしい。
他、細かい事は私にはよくわからないので割愛する。
皆様自己紹介とともにご自身の役割に簡単にふれ、お困りごとがあればぜひお声がけください的な話題に持っていく。今は特にないので、何かあれば。と、右から左へ流れるコンテナに乗せてどんどん次の人へとターンを回していく。
すると
「聖女候補様は朝のお祈りでお姿を見ておりませんが、祈りの時間はどうされていらっしゃるのでしょう。」
と、二桁の人数にそろそろなるかなと思い始めた時に、自己紹介してきたおじ様がやんわりと聞いてきた。
祈りの時間…とは?
小首をかしげないように気を付けながら、私は返答に詰まる。
朝のお祈りとは、あれだろうか…と、思い浮かべたのは大教会で見た朝教会に集まる人々の様子である。もしかして、祈りの時間とか決まっている宗教だったのだろうか。
決まった場所、決まった時間にお祈りをするとかだったら困る。この世界に来てからそんなのしたことない。いやでも、この世界の祈りに時間や場所って関係ないような気もするんだけどな。
どちらかと言えば、日々の生活の中にある感謝が祈りだと解釈しているので、これが祈りだと線引きする方が天に祈りが届きにくくなるのでは?とも思ってしまう。
「ラヴィド様、聖女様には自然体でいられる場と安寧こそが祈りに必要な場でございます。人の多い場所で形ばかりの祈りをささげる事に意味はありますまい。」
返答に窮していると、すっとフォローを入れてくれたのはカーライルさんだった。相変わらず突き刺す言葉を繰り出す圧がすさまじい。
でも、それそれーって感じなのでこくりと無言で頷いておく。カーライルさんが意見を挟んでくれたおかげでどうやら祈りの時間や場所に決まりごとはなさそうだとわかって私はちょっと安心した。
だが相手もこの程度ではひるまない強心臓の持ち主だった。
「民に天との繋がりをお見せいただく事で民の祈りもより深くなるというもの。若木の君も日々そのお役目を務められております。ぜひ、聖女候補様にも…」
「それは、中央教会にて聖女として座すお方の責務ということでございますか?」
人々を導く聖職者の顔で微笑むおじ様に私はすかさず切り込む。今日はなるべくお嬢様言葉を保持しないといけないので、おっとりゆっくり話すことに意識を向けつつも、状況確認は大事なので、切り込める場所で切り込まねば。
「さようでございます。」
「では、それはぜひ正式に聖女として中央教会に所属されている若木の君にお任せ致しましょう。わたくしはこうして皆様方の前にて言葉を許されておりますが一市民でございます。民を導く尊きお役目などとても。」
首を振り控えめな言葉で言うけど、要約するなら、聖女だとお前ら認めてないだろ。と、中央教会の人間で仕事して。である。
中央教会の人間じゃない相手によくまぁ仕事をさせようと思うなぁと、感心してしまうね。
話は終了とにっこり笑って次の人へと視線を移す。
次に控えていたのはフレン様だった。フレン様は心得ているという顔でにこやかに進み出ておじ様に退く様示される。
おじ様は何か言いたげにしたが諦めて元居た位置へと戻って行った。
残念だったね。私は中央教会に属する予定はないのだよ。
「改めてご挨拶させていただきます。アオ様」
と、フレン様が礼をとられると、何人かが目をむくのが見えた。それに、もしかしたらこれはフレン様の仲良しアピールなのだろうか。と、私の名前を呼んだフレン様を見つめ、ご挨拶を返す。
「ふふ、フレン様にかしこまられてしまいますと緊張致しますわね。」
あたかも親し気な関係であるかのような言葉を選ぶ私って性格悪いなぁと思うも、予想を立てたフレン様の仲良しアピールに乗っかる。
あーだーこーだと理由を付けて窓口がフレン様から別の人になるのはご遠慮願いたいしね。
まぁ、ほら、一緒におやつを食べた仲という事で他の人よりは仲良しのはずだ。たぶん。
「形式の様なものではお心を悪くされてしまうやもしれませぬが、ご容赦頂きたい。」
「えぇ、もちろんですわ。フレン様にご迷惑をかけたいわけではございませんもの。」
にこやかに言葉を交わした後は、形式に則った短めのご挨拶をされ、フレン様はさがられた。このくらいの長さで皆様お願いしたいものだよね。
そうして私は13人分の挨拶を受けたのだった。名前は全く覚えてないし、名前も私は名乗らなかった。
また次回にご期待ください。
次回なんてご用意する予定はないけど。




