誰が為の奇跡(中央教会)
中央教会の上層部は、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
それは、夜が明ける頃に起きた出来事のせいである。
王都周辺はこの国で一番天地の祈りが届きやすい地であり、中央教会は特に突出していた。そのため、細い糸の様な光が一瞬降りるような祈りは、まま見られる光景である。
隣の人間の頭上にまっすぐ降りる糸の様な光を人生で2度や3度見る事などよくある事なのだ。
しかし、その朝に誰もが目にした光景はそのようなものではなかった。
まっすぐに降りる光は柔らかく、まっすぐに教会の一角へと光の柱を立てた。かと思えばしばし後に森に祝福が広がり、森に携わる者のもとに細い光の糸がはられ、天地が結ばれたのである。
その中心となった場所は、聖女候補を迎えたばかりの別棟、通称フローレの宮である。
それらが示す意味は誰の目にも明白だった。
「かのお方が並外れた存在であることは、身の内からあふれる輝きで明白だったのだ。急ぎ、儀を執り行うべきであろう。」
「トーリの地の情報にも矛盾はなかったと報告を受けている。」
「かの地へ赴かせた騎士からの情報はどうなのだ。」
「同様ですな。今朝起きた奇跡をかの地でも起こしていた様です。」
真っ白な壁。
空色の絨毯。
大きな長方形の机に着席している13名の中央教会の上位階の面々が様々な感情に追い立てられるように言葉を紡ぐ。
それは、後ろめたさによるものだ。
「そうはおっしゃいますが、このまま儀を行えば、玉なる方の在処に問題が生じます。」
「何も対策もせず、焦って行うものではございますまい。」
「だからと言って、このまま奇跡を呼ぶ存在を粗雑に扱うなど、許されることではありませんぞ。」
ドンッと机をたたく音が響くが、それぞれに抱えた思惑故に、彼らは結論を出せずにいた。
奇跡を起こす少女を何もせずただ聖女であるとだけ宣言し、手放すにはあまりにも現実離れした奇跡が起きてしまった。
その上少女の傍らには、教会が抱えておくべき存在がいるのだ。
どちらもを中央へ抱え込むには根回しがいる。
「皆、落ち着きなさい。かのお方はご自身で我々に猶予をくださった。そうであるな?フレン」
「猶予…ではございません。忠告を我々は言い渡されたのでございます。」
卓の上座に座る男に、フレンはゆるりと首を横に振る。
そして、他の面々をぐるりと見渡した。
「昨日かのお方と面会致しました際に、こちらの不手際を指摘されました。準備までは至らずとも、予定を立てるだけの時間があったはずであると。かのお方は唯々諾々とこちらの言葉を待つようなお方ではございません。1週間のうちにこちらで日程を整える様要請がございました。」
フレンは声を荒げる様な事は無い。けれど、その淡々と力強い言葉に、誰もが少女から厳しい言葉を向けられたのだと受け止めた。
「もし、それができない様であればディオールジュ家の仕事を最優先とされ、予定の合わない日取りではどのような呼び出しも受け付けないとの仰せでございます。」
言葉が途切れると、ざわざわと彼らはささやきあい始めた。
「1週間…」
「その間にあの方を説き伏せねば」
「思った以上にディオールジュ家に深くかかわっているという事か。」
「やっかいな」
それぞれに思惑に沿わぬ事柄に苛立ちの声も目立つ。
それを聞きながら、また上座の男が場を静める。
「儀を執り行う事に変わりはないのだ。その日までの猶予は得た。まずは1週間、あのお方をただ置いておくことはできますまい。ここはひとつ、こちらの事をぜひかのお方に知っていただきましょう。警備の為にも騎士団長達との顔合わせも必要となります。フローレの宮への騎士の派遣も申し出ねばなりませんからな。また、儀を執り行う日取りについてはよくよく協議が必要ですからな。」
その言葉に場がまとまる空気が広がる。
根幹の思惑は違えど、全員、その意見に賛成であった。
うまくすれば、あらかじめ護衛騎士候補も着けることができる。それぞれに都合のいい騎士団長またはその部下が気に入られるように準備せねばと考えを巡らせ始める。
「さて、フレン、この申し出をかのお方へ急ぎ伝えてもらいたいのだが。」
「心得てございます。面会の申し入れを致します。」
「よろしい。では、本日は一時解散。儀を執り行うにはアレクシス様のご意向が全てだ。私の方でお話をうかがうこととする。」
その言葉を最後に上位階の面々は解散していった。
何人かが足早に退室していく様は、これからの根回しを急がねばという考えが透けて見える様である。
そうした顔ぶれを見送りながら、フレンは残る顔ぶれを見渡してから席を立った。
残っているのは議長を務めるフラウタンドや、アオのもとへ第4騎士団長を送り出したパーウザ、後はアレクシスを大人しく教会に封じていたい面々か、その逆の者かと言ったところである。つまりは、今更奇跡を起こす少女に取り入る必要がないものばかりというところである。
フレンは、色々な意味でやれやれと疲れた溜息を出さない様努めながら退室した。
教会内の動きも面倒毎ばかりではあるが、これからあの少女に申し入れをするのもまた精神的負荷の大きい事だと、昨日の事柄を思い浮かべる。
カーライルから警告されていたのはこの事か。と、気づいた時には何もかもが手遅れだった。カーライルも、それをわかっていてあえて中途半端な警告を置いていったという事にはすぐに気が付いた。
だが、少女の性質をカーライルやアレクシスは重々承知しているのだと、それを伝えるための警告であるのだと、思い至ったのは部屋に戻ってからである。
これまで一度としてどこにもつかなかったカーライルとアレクシスの双方が、明確な意思を持って人につくのは初めての事だ。
それらを考えるに、中央教会と彼らの思惑はぶつかるだろう。
「後見人という名の贄にするとは、誰もかれも年寄りに厳しいものだ。」
側近だけがその呟きを耳にする中、フレンは仕事部屋へと戻って行った。




