仕切り直しのご対面
「昨日は大変失礼いたしました事、お詫び申し上げます。私はフレンと申します。」
私は今、昨日顔を合わせただけで何の会話もできなかった白髪白髭のおじい様からそれはそれは丁寧な謝罪を受けている。おじい様の左右には昨日お部屋にいたメンバーの内の二人が付いている。昨日いた余計な顔ぶれが誰だったかはっきりとわかる。
そんなお三方をお迎えして、私は腰が引けそうになるのをこらえつつ、頬が引きつらない様に頑張っている次第だ。
おじい様が謝る状況に私は全力で謝らないでくれと叫びたい。
むしろ失礼なことに部屋をさっさと出て行ってしまったのは私の方だから、心の底から気まずい。なんと声を掛けたら正解か、淑女教育を受けて数か月の私にはハードルが高すぎるんですけど。
と、思うも、誰もが私の反応を待っている状況なのは明白で、いや、そういうの困るんですよね。と、汗が流れる。
だってこの方、この中央教会の中でも中枢を担うお一人なのだと教わっている。教会の頭脳だよ?司令塔の一つだよ?
その上私の後見人にもなってくれる約束をしてくれている方なのだ。
私なんて一般人というよりも、親も身寄りもない、下手したら貧民レベルの子供だよ。
本来ならまだ聖女の認定すらおりていないそんな子供に謝罪することなどありえない程位の高い方である。
カーライルさんとアレクシスさんという二大巨頭が私の立場をグングン上げているに過ぎない。
心の底から、私はどの高さから物を申せばいいのかわかりませんよ。でも先生の目の前である。淑女教育の成果は出さねばならない。
へりくだってはいけない。卑下してはいけない。そして、謝罪を受け入れる言葉を選ばねばならない。
なんだこの条件の多さは。と、頭を抱えたくなりながら、えぇい、ままよ!と、口を開いた。
「本日はわたくしへのご用件でいらしていただけたのでしたら、かまいませんわ。フレン様程の方がご足労くださるとは、感謝の念に堪えません。」
何とか無い頭で絞り出した言葉を一度切り、相手の顔色を伺う。よし大丈夫そうだ。
そして引きつりそうな頬を何とか上げようと試みる。笑顔。笑顔ー。
「わたくしの名は、アオでございます。フレン様に於かれましては、後見人としてお約束をくださっていると聞き及んでございます。『聖女』と認められましたら、わたくしを教え導いていただければ幸いにございます。」
後見人様宜しくお願いします。と、少しでも心証を良くしておかねば。今後の私の生活に響くはずだ。
軽いものではあるが、礼を取り、その顔を見つめると、おじい様もといフレン様は柔らかくにこりと笑ってくださった。
い、いやしー!
めっちゃ癒し!
好々爺って感じだなって思ったけど、にこりと笑うとこちらを包み込んでくれる包容力マックスになるよ。おじいちゃ~んって甘えに行きたいランキング第一位じゃない?
「聖女様、このまま立ち話では…」
「あら、そうでしたわね。フレン様、どうぞこちらへおかけください。」
ここは、私が与えてもらったお部屋の寝室じゃない方。
今後私がお客様を迎えるにあたり、利用するための部屋だと言われた。だから二間続きのお部屋だったんだねと納得する。
言われてみれば、今後私は商家の人とも商売の話をしないといけないのだった。この部屋はこれから大活躍しそうだ。
そして、部屋の主である私が話題の中心になる場所でもあるのだと、アレクシスさんには教育を受けている。この部屋の中では私がホストなのだ。
なんというプレッシャー。
いつものごとく、お支えいたしますよとカーライルさんが傍らで微笑んでくれるが、昨日の今日でめっちゃ心が痛いです。
ありがとうございます。
さて、部屋の中にはソファーとローテーブルが鎮座しており、私は上座の3人掛けソファーの真ん中へ座り、フレン様はその正面の3人掛けソファーへと腰を落ち着けた。お付きの方々はフレン様の後ろに控える。
アレクシスさんとカーライルさんは、それぞれ一人がけのソファーへと収まり、ばっちりのタイミングでお茶とお菓子が運ばれてくる。
すごいなぁ。アレクシスさんのところの人。と思ったけど、粛々と現れた男性にはどう見ても見覚えがあった。
カーライルさんのとこの人じゃん。
心底突っ込みを入れて、そりゃあ、さすがのタイミングですよと思う次第である。安心と安定のディオールジュクオリティ万歳。中央教会でもお世話になります。と、心の中で合掌しておく。
とぽとぽと音がしてきて、お茶の香りが柔らかく漂う。おいしいやつだーと、わくそわする。
食いしん坊ですみませんね。
お茶請けには、私が料理長さんや料理人さん達と作った例のお菓子のうちの一つを出してもらうことになっているので、それらすべてが置かれるのを待って、私はフレン様ににこりと笑って、どうぞと勧めた。
「さて、改めまして、アオ様にははるばる中央教会へと足を運んでいただきありがとうございます。カーライル様、アレクシス様よりアオ様のお話は聞き及んでございます。」
自分もクッキーを食べたいなーと、思っていたところへ、とても硬いご挨拶が始まったのだった。クッキー食べれないな。これは。と、表面上は微笑みながらお茶をこくりと飲み込みつつ、でも食べたいんだよなぁとチラリ、テーブルの上を見る。
ここは一芝居打たねばなるまい。
私はクッキーを食べたいし、何なら目の前の人とは打ち解けたい。
「ふふふ、その様に硬い挨拶はなしに致しませんか?せっかくこのようにお会いできたのですもの。色々とお話しがしたいと思うのです。」
「これはこれは、お気遣い頂き感謝いたします。実は、こちらのテーブルに出されたものが気になっていたのです。」
フレン様は柔らかく相好を崩され、お出ししたクッキーを見た。これはチャンスと、私は颯爽とそれをつまみ上げる。
「嬉しいです。こちらはカーライルさんのお屋敷で料理人と考案したクッキーなのです。一口サイズでおつくりしておりますから、このようにつまんでお召し上がりください。」
と、目の前で食べて見せる。
この世界にアーモンドプードルは無い。けど、木の実があって似たようなお味のものがあるのだから、それを粉にすればいいじゃない。と、私は自らすりこぎでゴリゴリと木の実を粉状にして最初の試作品を作ったのだった。
もちろん、筋肉痛になった。女神様の作った肉体でも無理はしてはいけない事がその時わかったよね。
そして、次の日にはどこかのつてを使って何種類もの木の実の粉が出来上がっていたので、カーライルさんの所には優秀な人しかいないんだよなぁと、しみじみと感じ入った事を思い出す。
「これは、不思議な食感でございますね。」
私が食べるのを見たフレン様は早速。と、クッキーに手を伸ばし、目を見張った。
そうでしょうともそうでしょうとも。私の知っているアーモンドプードルを使ったクッキーとはちょっと違う場所に着地したが、そもそも最適解のわからない中で試行錯誤してたどり着いたこのクッキーは、小麦粉だけで作っているクッキーとは違うほろほろとほどける感触が楽しい逸品だ。
「お気に召しましたか?」
「えぇ、とても。」
と、もう一つ食べるフレン様の様子は社交辞令ではないのがわかる。またもう一つ、と手を伸ばしかけた時、フレン様の後ろに控えている人がコホンと咳ばらいをし、フレン様ははっと手をとめる。
もしかして、甘味の取りすぎ注意だっただろうか。ご高齢でいらっしゃるし、その可能性はあった。と、一連の流れを見て見ぬふりしながら私はお茶を飲む。
フレン様も伸ばしかけた手をティーカップへ軌道修正し、ゆっくりと一口楽しまれソーサーへカップを置いた。
「お気に召していただき、嬉しく思いますわ。近々、広めていこうと思っているものですの。」
「なんと、ディオールジュ家からですか。それは大変楽しみでございますな。少し前から王都ではオレンジのジャムが流行っているのでございます。」
「えぇ、噂で聞いておりますわ。天のお方も気に入ってくださった逸品ですもの、多くの方に愛されるのはよくわかりますわね。」
私のケーキを全部持ってっちゃった記憶がずいぶん前の事の様だが、私はしっかりと覚えてるオレンジジャムの乗ったケーキと祝福の事を思い出す。
「こちらのお菓子も、広く多くの方に愛されると嬉しいですわ。あぁ、そうでした。わたくし、ディオールジュ家当主であらせられるレガート様より色々とお役目を賜っておりますの。予定を立てなくてはいけませんので、いつ頃どのようなご予定があるのか先にお教えいただきたく存じますわ。」
私は全力でフレン様へ笑顔を振りまいた。




