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侍女長ノラの独り言(ノラ視点)


入れる場所に困った末に、こんなところに放り込んですみません。

アオさん視点では入れられない、徐々に出していきたいこの世界特有のものを突っ込んでいるのでこのタイミングで入れるしかなかったというのもありますが。

その内外伝とか作るべきなのだろうかと悩みつつ…


時系列はちょっと前からのお話しになりますがよろしくお願いします。





 私はノラ。

 代々ディオールジュ家にお仕えしてきた使用人でございます。

 私自身は、先代ご当主様の妹君のお世話をしており、お輿入れとともに一度は一族の皆様の直接のお世話係からは外れましたが、数年後、現ご当主様の弟君がお生まれの際には身の回りのお世話係へとお選びいただきました。

 ご当主様の弟君、カーライル・ディオールジュ様はお生まれになった頃よりディオールジュには特別なお子でございました。先代様は口にこそなさいませんでしたが、7歳離れた兄であるレガート・ディオールジュ様ではなく、弟君であられるカーライル・ディオールジュ様を次期当主にする心づもりもあったご様子。

 お世話を任された私は、その大任を全うしなくてはと当時は思っておりました。


 しかし、私はお側に控えるばかりで、お嬢様の時のような出番はあまりにも少のうございました。


 まず、カーライル様は物事の把握力と観察力があまりにも優れておりました。普通の子供では到達しえない場所に常にいらっしゃいました。

 やんちゃなところは男の子なりにございましたが、それは無謀な冒険ではなく、計算しつくされた上での行動で。たまにけがをされることもございましたが、それも本当にたまにの事。ちょっとした失敗をして擦り傷を作ってくる程度の事。

 時間には正確で、むしろ、周囲の方が慌てるほどにきっちりとされていらっしゃいました。


 普通、幼少からお世話を任される場合、時には叱りつけ、時には慰めるなど、子供に必要な事はたくさんあるのですが、カーライル様に関してはその限りではございませんでした。

 この国では、10歳~18歳の貴族の中でもある程度才能のある貴族の子弟を王城に集め、教育する決まりがございます。それは、王族の方々との交流を深める意味合いもございますし、集めた子供たちに王城のあり方を自然に吸収させる意味合いもございました。

 10歳の時、当たり前のようにカーライル様は王城へ呼ばれることとなりました。

 本家の誰もがわかっていたことと、声がかかった頃には準備は万全でございました。

 私も当然ともに王城へとお供させていただく事となり、しばらく、ディオールジュ家とはさよならでございます。

 思えば、ディオールジュ家にお仕えして、こうして長くご本家から離れるのは初めての事。

 元よりディオールジュ家はあまり王都へ足を運ぶことはございません。土地の問題は多く、王家への忠誠を示す時以外に王都へ赴く事などないのです。

 主であるカーライル様は大丈夫だろうかと私共は少しばかり心配しておりました。


 しかし、それは杞憂であったようでございます。


 王城でご学友の皆様と過ごされるうち、カーライル様は情緒を学ばれたように思われます。時折感情を伴う仕草を生活の中でされるようになりました。

 これまではそのような事は一つもなく、表情、動作、声音全てに感情が乗ることはまれでございました。

 たまにレガート様とお二人の際に、レガート様がおっしゃられた言葉に強く反応されることはございましたが、ご兄弟同士であれば喧嘩の一つもされましょう。

 けれど、カーライル様の感情や情緒の発露はほとんどそれだけでございました。


 そうして、王城で学ばれる期間が終わり、19歳となった時、カーライル様は中央神殿にて神託を受けられたのです。

 南東に位置する大教会トーリのイディエの任を天より賜り、お仕えする我々は誇らしさで胸がいっぱいでございました。


 それから10年。

 カーライル様はイディエとして日々のお役目を全うしながらも、ディオールジュ家直系の方としての仕事も同時にこなし、兄であるご当主様を支えられてまいりました。

 日々の中に忍び寄る不安が誰の胸にも募る中、凛として立つ主は、屋敷のみならず町やトーリの地全体の支えでございました。


 そんなある日、いつものように朝が来て、今日も台地がここにあることに安堵しながら仕事に取り掛かると、屋敷の中にざわめきが広がりました。

 朝はやることが多いというのに、突然どうしたというのか。

 屋敷の侍女頭を任されている私はその騒ぎの元へと駆け付けると、屋敷の外にいた数人が、大教会の方角に天より光が差したように見えたのだと言い始めるではありませんか。

 その言葉はにわかには信じがたく、しかし、その言葉を突っぱねるにはそれぞれに顔色があまりにも悪く、尋常な様子ではありませんでした。

 私は、その者たちに今日は休むよう指示を出し、周囲の者達にいつも通りの仕事をするようにと声を掛け、屋敷内はひとまずいつも通りに動き出しました。ディオールジュ家の使用人として、どのような状況でも落ち着いて役目を全うするのは当然の事。皆ぎこちない空気が流れつつも、きびきびと動き出しました。


 しかし、そこからいくらもたたずに、普段であれば夕方まで戻ることのない主が戻ってくるではありませんか。


 屋敷の誰もがただ事ではないと緊張の面持ちで玄関ホールへ急ぎ出迎えると、主は見たこともないほどに柔らかな光を瞳へと灯らせ、見た事もないほどに麗しい一人の少女を伴ってきたのです。

 今朝の騒ぎが頭をよぎり、まさか、天なるお方が目に見えるお姿で現れたのではないかと思ったほどです。

 けれどもそんな幻想が現実に訪れるはずはなく


「この方は、ディオールジュ家の遠縁の姫君だ。急な事となるがこの屋敷でお世話をさせていただく事となった。くれぐれも粗相のないように。」


 と、カーライル様はおっしゃった。

 ディオールジュ家当主の弟君であるカーライル様が遠縁の方をそのように扱うはずもない事は誰にも分っております。それでも、そのようにおっしゃるには、主なりのお考えと、我々には知らせられぬ事情がおありのはず。

 屋敷に勤める者全員が、その言葉に粛々と諾を述べました。


「今日から朝食と昼食も屋敷でとる。厨房にも人が必要だな。」

「ご手配致します。」


 カーライル様の影となり常に付き従う従者が頷き、私に目配せを向けてきました。

 私もまた了承の意で首肯を返し、私の片腕である侍女を厨房へと向かわせました。


「料理長へ、食事の準備をお伝えして。それから、カーライル様の他に、若い女性の分もご用意頂いて頂戴。」

「わかりました。」

「落ち着いたころにご相談に参りますというのも伝言を頼めるかしら。」

「はい。状況は私もわかっているつもりでございます。委細漏らさずお伝えしてまいります。」

「あらまあ、私が慌てていたみたいね。頼りにしているわ。宜しくね。」


 彼女と話して少し落ち着かなくてはと静かに呼吸し、次やるべきことに移るべく私も移動致します。


 今後について朝昼夕と、カーライル様と先ほどの姫君の食事が必要となる。材料の調達、身元の確かな者の人選、料理長とすべきは多岐にわたる。だが、今すぐするべきことはそちらではない。

 朝食の準備と、昼と夕の事や、料理を食される方が年若い女性である等はきちんと彼女が伝えてくれると信頼している。


 ディオールジュ家に働く者として、急な状況変化にも対応し、最適な解を導かなくては。

 私自身は他の従者や侍女達と共に、主へとついてゆく。姫君の部屋をどこにするのか、カーライル様のご意思がどこにあるのかを確かめねばならないからである。


 ただの客室であればまだ心安らかであったが…


 カーライル様が案内され指定されたのは、位の高い姫の為の部屋。例えば、ディオールジュ本家直系の姫君が暮らすとしたらここであろうという位置づけのお部屋であった。

 それは、『遠縁』と口にされた言葉と矛盾するもの。しかし、屋敷の者は知っている。朝、天より結ばれし縁の証を見た者が居る事を。


 誰もが口を噤みながら、主が言の葉にしてくれるのを待っております。

 この少女こそが、傍らに忍び寄る夜をはらい、明るき朝をもたらしてくださった方なのだと。


 結局、主はその後も一度として我々にそのような言葉をくださったことはございませんでした。

 しかし、彼の方がいらして2日目。天地が結ばれ天上より尊きお方がこの地へ降りられた事で、言葉など必要のないものとなりました。

 長き年月、私が生まれるよりも前から続く黄昏の時代は終わりを告げたのです。

 明るき朝が明日も来る。

 この様な幸福を、誰が予想しえたでしょうか。


 日々柔らかく温かな光を灯すように変化する主と、希望の灯る民。

 聖女様は少々突拍子のなさを発揮されますが、物静かな優しい方でいらっしゃいます。

 少しずつ少しずつ身の回りのお世話をさせていただけるようになり、喜ぶ私共の胸中にはなかなか気づいては頂けませんが。



「もとより騒がしい屋敷ではございませんが、なんだかとても寂しくなりましたね。」


 聖女様のお部屋を片付けながら、年若い侍女ジェシカがポツリとつぶやきます。

 普段元気な彼女から想像できない様な寂しさのある声は、同じお部屋で作業をしていた全員の胸に同じ想いを呼び込んだのが見て取れました。


「中央教会に呼ばれることは以前からわかっていたことですよ。」

「そう…なんですが。」

「せっかく髪を結ばせていただけるようになりましたのにね。」

「お手入れも、もっとさせていただきたかったです。」

「でも、指の先まで美しくていらっしゃって、あまりお手入れの意味もなかったですが。」

「わかります。足の爪まで整っていらっしゃって」

「髪の先まで艶やかでいらっしゃって」


 マリエが憂いを零すととたん他の者達も言葉を零し始めました。私はしばし耳を傾けていましたが、次第に聖女様の話題に熱くなっていく侍女達。

 私も気持ちはわからなくないですが、今はお勤めの最中という事を彼女たちはすっかり忘れかけているようですね。


 すっと両の手を前に出し、3度、手を打ち鳴らします。


「まだ、聖女様のお部屋の整理が終わっておりませんよ?」


 聖女様は、中央教会に呼ばれ、7日前にこの屋敷を後にされました。

 今のところ何も知らせが来ていないという事は、問題なく中央教会へお着きになったのだろうと判断し、私共はお部屋の片づけに入ることとしたのです。

 また戻られる保証はございませんが、聖女様のお使いになっていたお部屋を隅々まで綺麗に整え、戻られた際には何一つ不自由な事が無いようにするのが私共の務め。


「お戻りの際に粗相があってはなりません。丁寧に、迅速に、お願いしますね。」

「はいっ」


 彼女たちはピシリと返答を返し、またきびきびと動き始めました。

 さすがは当家の者達です。

 聖女様がまたお戻りになられるように。願いを込めて、心を込めて、私たちはお部屋を整えてお待ちするばかりです。




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