教会が複雑すぎて出れる気がしない件
「ち、因みにですが、私がこのままアレクシスさんの手を取ると、ディオールジュの庇護を受けている事と何か対立を生みますか?」
青いドレスをアレクシスさんの見えない角度でキュッと握りしめ、緊張で声が上ずらないように気を付けながら私は何とかの話題を口にすることができた。話はそらせたかは微妙なところだが、大事な話題なのだ。カーライルさんには恩があるのだ。それを仇で返すわけにはいかない。
それに、ディオールジュに帰るようにとレガートに言われた…なんというか、何にももたない子供に、居場所をくれる人なんて、他にいるとも思えない。あの言葉に私はちょっと安心を覚えたのだ。
だから、派閥だとか立場だとかそういう事で迷惑はかけられない。
「庇護というより囲い込まれている自覚がないのが困りものですね。貴女は」
「囲い込み?」
「そこはおいおい教えていきましょう。」
不穏な言葉選びをされると不安になってしまう。囲い込みって、私がディオールジュ家またはカーライルさんの良いようにされてるって事だろうか。でも、今のところ何か特別な事を願われているわけではないけれども。
「中央神殿は、貴女の部屋を限りなく私やカーライルとは関係のない、それこそ、若木の君が最初に使っていた区画に設けたいと考えるでしょう。でなければ、貴女と若木の君との間に格差が生まれますから。」
「若木の君からすると腹が立つ話になりますね。」
「けれど、既にディオールジュ家が後見人として立っている貴女が、そのような扱いを受けるのは不当です。貴族と大教会が貴女の身を証しているのですから、中央教会の中でもカーライルの権限で与えうる離れを所望するのが妥当でしょう。」
「若木の君は、ここに来た時にはまだ後ろ盾がなかったという事ですか?」
なぜ?と、心の底から疑問符が浮かぶ。だって、聖女認定されると後見人が付くと教えてくれたのはアレクシスさんとカーライルさんだ。だから、先に後見人をつけておけばいいと、カーライルさんについてもらったはずだ。
「その通り。彼の方は農家の出身で、身分も低く、まだ『聖女』として認められてもいなかったため、立場としては平民よりちょっといい扱い…位な状況でした。」
「あぁ、そっか。私もまだ『聖女』と認定されてないんでしたっけ。」
「そうですね。しかし、私がこうして一緒にいることでそれもある意味覆っているのですが…」
「というと?」
「まぁ、そこはその内わかります。」
あんまり言いたくない事なんだろうか。アレクシスさん自身の事を知ってもいいと言われたけれど、結局のところ、アレクシスさんはあまり自分の事を言うのが好きではないんだろう。
まぁ、言いたくないなら言わなくていいんだけど、変にぺろりと気になることが出てくるのがむず痒い。生殺しというかなんというか。アレクシスさんの中の、口にしてもいい線引きがわからない。
でも、聞き出すスキルはないんだってば。コミュ障引きこもりオタクにそんなスキルあったらもっとましな人生送れてますからね。
「私のご提案で貴女に利があるとすれば…少しばかりディオールジュ以外の選択肢を広げられる可能性の提示と、聖女を推す者と私を推す者の無意味な対立を生み出さずに済む。この2点でしょうね。」
「ディオールジュ家以外の選択肢?」
「ディオールジュの姫だとそのドレスで示されましたが、まだ嫁入りをしたわけでもなければ養子縁組をしたわけでもありません。他の家に行く選択肢はあってもいいのでは?」
うーん…と、私は喉の奥からうなり声を思わず出してしまう。
選択肢はあった方が確かにいいのかもしれない。
けれど、その選択肢を選ぶには選定をしなくてはいけないわけで、そんなこと、私にできるんだろうか?
どこの家と相対するとしても、結局はあちらもこちらの何がしかの能力なりネームバリューなりなんなりを使いたくて来るわけだろうし。本当にその傘の下で私の平和が保たれるのか謎だ。
だとすると、選択肢自体必要なのかを考えてしまうが…。
あ、あかん。これは、考えすぎて逆にわからん奴ではなかろうか。
ぐるっと回る思考回路に私ははっとし、眉間を抑える。
「まぁ、アオ様の場合、望まれれば貴女自身が爵位を得ることも叶うでしょうが。」
「え、なにそれ。むしろいらない。」
新しい議題が投下されて、思考の奔流はそのまま水漏れが始まった。わけわからん。
「でしょうね。貴女が貴族になりたいと言う姿は想像できません。」
「なら言わないでくださいよ。これ以上私の手におえない事を言われても困ります。」
アレクシスさんに預けていた手をするりと抜き取り、私は両手を腰に当てて怒ってるんですよというのを表現して見せる。さすがにこれ以上私の今までの生活になかったあれこれを言われても、理解も想像も追いつくはずがないんだから。
情報はあった方が良いという考えなのかもしれないけれど、なぜ今なんですかと異を述べたい。
平民の小さな頭ではしんどいんだからねと言っても貴族の生まれであればご理解いただけないとは思うが、しかし、アレクシスさんはまるで分っていますという顔で首肯した。
「気を付けますとも。しかし、私としてはこのまま何も見ずにすべてをディオールジュ家に預けることはあまりお勧めしたくないと、それだけは切に、願う次第です。」
アレクシスさんは私へと向き直ると、右手を胸の上へと置き、まっすぐに私にそう言ってきた。
きらきらとした木漏れ日の下、直撃する推しの書下ろし新規絵が私を殺す!といった具合で一気に私の推し耐性が殺される。
このまま浄化されて灰になってもおかしくはない。脳が焼き切れそうだ!
と、昇天しそうになるのを懸命にこらえて、直撃するイケメンから必死に視線を引きはがす。まだ致死量じゃない。ギリギリ瀕死位だ。いけるいける。がんばれ私。
「うぅん…本当にディオールジュ家の庇護下にあることと反発はないんですね?」
「はい。」
「でもカーライルさんの仕事は増えるんですね?」
「まぁ、多少ですが。」
「それ以外にはありませんか?」
「そうですね。多少、貴女の噂が増えるでしょう。」
顔面偏差値に殴られすぎて超絶早口になる私だがゆったりと返されるアレクシスさんの口調よ。
私と違ってこんなことで焦ったり動揺したりしたことはないのだろう。
なんたって生まれた時から美少年だったはずだからね。アレクシスさんは。
「うわさ?」
「えぇ、まぁ、多少誤差の範囲ですよ。今でも私と…まぁ、特別な仲であると、途中の町で噂を作ってしまってありますから、さほど変わりはありません。」
チュドーン
と、頭の中で音がした。
ここまでいろいろな意味でいろいろなものが削れていたけれど、最後の最後、とどめの一発どでかい爆撃を投下してきましたよこの驚くべき方は。
水漏れどころか脳内にあった思考の渦は決壊しました。
「う、うわさ…」
「はい。既に出回っているものに多少信憑性が増す程度の事です。」
確かに、あの時はエレイフとの関係性を否定するために、それよりもっと衝撃のある物をと言われた気がする。
中央教会についてから判明した内容を総合すれば、アレクシスさんって、相当この国では意味のある存在だよね?多分一般人にもわかる何かがある程度には。
あの一回が尾を引いてここまで来るほどに、そして、道中ずっとエスコートしてもらってたのが更に噂に肉を付けていたわけですね。
なんてこったい。
勘弁してくれよ。
どこかで誰かにアレクシスさんとの関係が何かと問われたら、正気でいられる気がしない。
こんな、どこからどう見ても美丈夫と並び立てなんて無理みである。
凡人に何を要求しているんだ。
こちとらエスコートされるだけで精一杯の平民やぞ!
「因みに、カーライルが用意した部屋を使った場合も結局はついて回る噂ですし、そちらの方が余計な事を聞かれる可能性が上がる…と、私は推察していますよ。」
カーライルさんには悪いのだけど、私は即座に白旗を上げたのであった。
私も誰かのラブロマンスにキャッキャする方になりたいよぉ!?




