紅玉の秘密の小箱
今、私はしずしずと廊下を歩いている。
白くて天井が高くて、柔らかな絨毯が敷いてある、長い廊下をだ。
ここは中央教会。
長い階段、長い廊下をしずしず…しずしず…
あの、すみません。
私の右手なんですが、ずっとアレクシスさんの手の上に乗せてるんですよ。
長い長い移動距離の間ずっと。
何を伝えたいかと言いますと、あのですね。気になるんですよ。
手汗。
私、手汗かいてませんかね?
気になりすぎる。心底辛い。
だってほら、私の手を取る隣の人を見てくださいよ。
夏でも汗をかかなそうな涼やかなきりっとした顔。女神様が作ったのかな?って思うくらいの美貌。まさに二次元の様な存在。
漆黒の髪はつややかで乱れ一つなく美しく完璧で、白い肌にくすみや皺や毛穴なんてものもなく、紅玉の瞳は宝石だ。
ほんとに二次元。絶対トイレもいかない。
嘘です。そこまでは思ってません。
でも、汗とかかくの?って思うくらいの人が私の手を取っているのだ。
これで、この移動で汗かいてるなとか、湿ってるなとか、思われたくないじゃないですか。
思っても紳士だから口にしなさそうだし。
うぐぅ…想像だけで心にダメージを負った。もう帰らせてください。
白い廊下が思った以上に長すぎて、心が折れかける。
教会、客に優しくなさすぎじゃないかな。来客の時いつもこんなに歩かせるのかな。
辛さで顔がこわばってきた気がする。
ほっぺたがひくひくしているのを感じながら、どこまで行っても、いくつ角を曲がっても景色の変わらない廊下を進んだ。
だいぶ奥まで歩いた末に、私たちはやっと目的の場所へたどり着いたらしい。
両開きの大きな扉の前には門番的な騎士が二人。カーライルさんが目配せをすると連絡が行き届いているらしく、片方の騎士さんが部屋の中へ声をかけ、中から返事がすぐに戻る。そうして、騎士のお二人が扉を音一つ立てず開き、中へと招かれる。
わー、すごくハイソサエティな気分ー。
おそらくこの中で一番一般ピーポーな私は、誰よりも場違いな感想を抱いている事だろう。それも致し方ないよね。
扉の向こうは、思ったよりも人が少なくて少しほっとした。
もしかしたらお偉いさんがずらりと並んでいるかもしれない。とも思っていたからだ。
けれど現実は全く違っていて、扉の向こうにいたのは白髪に真っ白なお鬚の優しげなおじい様を中心に数人の男性がそっと礼をとって待っていた。
「玉なる方に於かれましては、無事当地へお戻り頂け何よりでございます。」
私はパチパチと瞬いた。
玉なる方…とは?
名前を呼ばない文化は、こういう時に困る。
が、何はともあれ、この対応は私への物ではないので、ある意味安心だ。よかった。
「…聖女様をお迎えしながら最初に言うべきことを間違えているように思えるのだが?」
と、すぐ右から降ってくる言葉に、私はピッと体が硬くなった。
…アレクシスさんの事なのか。
「もちろん、素晴らしき天地の結び手が現れました事は、この世で何よりも素晴らしきことでございます。しかしながら、貴方様はこの国の宝。お戻りになるまでその身を案じるのは当然の事。」
「戻らなければ他からのちょっかいが面倒だと言えばいいものを。」
冷めた声は硬く、どこまでも作り物めいた美しい声に磨きがかかる。私の知っている声とどこまでも違う響きに、私は思わずその横顔を見上げた。
隣にいるのは見慣れた二次元様。
けれど、とても知っている人とは思えない人形みがあった。
思わず私は首を傾げ、重ねていた手をぎゅっと握ってしまった。
手は男性特有の硬さはあるものの、生き物の柔らかさと暖かさが伝わる。その事にほっとしてしまう。
良かった。人だな。と、見つめていた手から視線を外すとアレクシスさんと目が合ってしまった。何をしているんだろうという顔だろうか?片眉を少しだけ上げるその顔に、何だいつも通りだ。と安心してからちょっと恥ずかしくなる。
まるで本当によくできたお人形の様で不安になった。などとは言えない。子供じゃあるまいし。
誤魔化すように笑い、小さく首を振っておく。何でもないという意思表示で。
「お二人とも仲が良いのは喜ばしいですが、無言での意思疎通をされてしまいますと…周囲がおびえておりますので、控えていただければと…」
カーライルさんの言葉にびっくりして周囲を見渡すと、真っ白なお鬚のおじい様と周囲の皆さんの顔が確かに引きつっていた。しかし、なぜ?と私は首を傾げる。なぜ、おびえる?おびえずともよくないか?
「皆様方も、そのような教会の事情で、聖女様のお時間を取らせるのはいかがなものかと。」
今度は数人がむっとしたような顔に変化した。
レガートと会った時もそうだったけど、カーライルさんって人を煽っていくスタイルなんだろうか。
そういうイメージなかったから、ちょっと複雑な心境である。私はできれば反感を買いたくないよ?
「中央教会ではまだそちらのお方が聖女であるかどうかの判定はされておりません。現段階で『聖女』であると口にされるのは、不適切ではございませんか?」
教会側、お鬚の方の右側に立っていた中年の男性がそう返してきた。
なんと…出会った時からずっとカーライルさんからは聖女様と呼ばれ続けていたけれど、よく考えたら、エレイフは『聖女候補』という呼び方をしていたな。すぐに『主』呼びになったけど。
「その行いに対し、一番正しい呼び方を選んだ結果でございますので。」
「『聖女』様かどうかを判じるのは然るべき場で、然るべき方が行う物でございます。」
「いいえ、『聖女』様かどうかは、全て天地の結びの結果が決めること。人の決める領分ではございません。」
バチバチと火花散る様子に、今度は私がドン引きする。
多分これ、教会の中でも派閥で考え方が分かれてる奴だろうなぁ。やだなぁ。何でもいいんだけどなぁ。
「天なる領分に人の子の考えが入り込む余地がどこにございましょう。」
「ただ人にそれを判じる事などできないのですから、この地に於ける結び目を見るお方の言葉を待たずして『聖女』を名乗るなど、あり得ざるべき事。」
困るなぁ。というか、私は別に聖女であると喧伝した覚えはないんだけどな。
私が言わなくても噂が流れれば、私がそう名乗ったことになってしまうだろうから勘弁だな。
やってもいない事をなじられるいわれはないけど、カーライルさんがこうだと、私もそう名乗ってるって思われそうだ。やだな。やだな。
カーライルさんも何も考えず言葉を発しているわけではないはずなのだけど、巻き込まれる私は困ってしまう。
どんよりとした気分になってきた。やってないもん。名乗ってないもん。っていうか、呼び出したの、そっちだし。私じゃないし。中央教会のばーかばーか。
すねた気持ちがむくむくと膨れ上がって、中央教会へ八つ当たりする気持ちが溢れる。聖女ちゃんともキャッキャウフフできる未来が絶たれたし、私、何のために頑張ってここまで来たんだ。ばーかばーか。




