目的の地 王都
馬車が石畳の上を走る。
大きな門をくぐると、そこは王都。
門から先は緩やかな上り坂になっているらしく、お城が建物に埋もれることなく風景の向こうに少し見える。
それとは別に、お城から東側、お城とは違う意味で少し高くなっている場所に白い建物が建っている。
背後に崖があり、周囲には森がある、王都の端にある建物。
それが中央教会である。
アレクシスさんからあらかじめ聞いていた特徴の通りの白い建物は、飾り気が少なく、全体的につるりとしているというか、塔は六角形でまっすぐ立っており、お城と違ってとんがった屋根がない。
なぜこんなにも建築様式が違うのだろうと、首を傾げてしまう。
それに、街の真ん中にないのも聞いてびっくりした。
いや、私も王都の作りについてなんて詳しくないんだけどね。ファンタジー小説とか、漫画の知識しかないです。はい。
ここの王都は、そもそも王城が先にあり、教会のシステムももともとはそこにあったのだそうだ。
人が増える事でその機能は別に必要となり、背面に崖のある少し小高い今の位置が守りを固めるにはちょうど良かったと聞いている。また、水害の被害のあった頃にはそこに避難する目的もあったらしい。
今は治水関係も進化しているから、水害で避難する頻度はそうないと聞いている。
そうないってことは、たまにあるんだな。とも思ったけど。
と、町の中に目を向けない様に意識をそらしていると、馬車はゆっくりと速度を落とし、建物からのびる長く白い階段の下で止まった。
あぁ、扉が開いてしまう。辛い。
どうか皆私にかまわず仕事を続けてください。
ガチャリと開かれる扉。
いつも通り差し出される手。
私も、いつも通り…いつも通りに…と唱えながらその手を取って馬車を降りた。
右にはアレクシスさん。
左にはカーライルさん。
アレクシスさんの数歩先の位置にエレイフ。
そして、私たちの前後を囲むエレイフの部下の皆さん。
私はしずしずと歩き出す。目の前の長い階段に、私はもうお腹一杯なので帰らせてくださいと言いたくなった。
これ、上り下りめっちゃしんどいやつやん。
いやだという気持ちを出すわけにもいかないので、淑女らしくしずしずと階段を上がっていく。
レガートから送られてきたマーメイドドレスは、膝から下にスリットが入っており、階段を上るのもすいすいだ。
さすがディオールジュのご当主様。機能美という概念をよく理解していらっしゃるな。と、しみじみ思う。
しかも、生足を見せない文化だから、スリットの個所には美しいレースがふんだんに使われ、とても美しいのだ。
いやほんと、さすが。
このレースの細かさと網目の美しさといったらないので、職人の皆さんにはぜひ、お礼でも送りたいと思うほどである。
それにしても、淑女の歩みで上る階段は果てしなく長いな。
女神様が作ってくださったこの体は、身体機能の高さは確認済みだったが、体力面も素晴らしいものであったらしいと今まさに実感している。
足は確かに疲れはあるものの、全然足が上がりません。って感じになる様子もないし、息もさほど上がっていない。淡々と階段を上がり続ける事が苦ではないとは、なんとありがたい事か。
こんな衆目の的になりながら無様な姿を見せずに済むなんて、女神様に感謝を捧げたくなるよ。今は我慢だけど。ありがとうございます。
と、全体の4分の3程上がった辺りにある踊り場でなぜかカーライルさんが足を止めた。
「どうかしましたか?」
どこかを見上げているカーライルさんの視線を追うと、数人のメイドさん服の女性の真ん中にかわいらしい艶やかな髪の女の子がいた。
「聖女様、あの方が今中央教会で聖女と認定されている方です。」
「えっあの方が、西の方から来た聖女様!」
とたん私は心が弾んだ。
聖女様!聖女様!
緩やかに癖のある髪はつやつやと光をはじいており、チョコレート色をしている。かわいい。
瞳の色は遠すぎてわからないけれど、白いキラキラとしたドレスは女の子らしく薄ピンクのレースがあしらわれている。かわいい。
あぁ、遠目でもとてもかわいい。
もっと髪型やドレスを上から下まで見せて欲しい。
私はほわりと聖女様に笑いかけた。
だが、ぜひ仲良くしたいという私の下心が伝わってしまったのか、聖女様はさっとお顔を扇で隠してしまわれた。
何という事でしょう。
軽いショックを受けていると、クスクスとのどの奥だけで笑うアレクシスさんの音が降ってきた。
相変わらず素敵すぎる音がする。耳からぞわぞわするのでそういう色気は私に垂れ流さなくていいよぉ?
それに…
「アレクシスさん、笑うなんてひどいです。」
「いえ、失礼。」
「聖女様は…あの方にずいぶん好意的なのですね。」
カーライルさんから意外そうな声が届き、振り返る。
「え、だって可愛いじゃないですか。仲良くなりたいと思うじゃないですか。」
「そう…でしたか。」
「それは残念でしたね。」
私の好意はよくないものだったのだろうか。私は交互に二人を見ると、アレクシスさんがちょっとだけ意地悪な目をして口を開いた。
「おそらく、若木の君と仲良くなるには時間がかかるでしょう。」
「時間がかかる?」
派閥的な意味ではなかったらしい。
では、何だろう?と、私が首をひねると、アレクシスさんが私たちの前の方に視線を投げかける。
ちなみに、若木の君というのはかの聖女様の通り名らしい。
聖女認定された後、民にその姿を見せると、民衆の間でさまざまな名づけがされ、一番人気のある名がそのまま正式な通り名になる。というのが定例なのだそうな。
貴族の通り名もそんな感じで周囲の名づけがそのまま正式名になるのが普通らしい。
ずいぶんと雑な気がするが、そういう文化の中にあるときちんと意味のある名をつける感性が養われるもののようだ。
若木の君…とは、とても素敵な名だ。
若い樹木のように伸びやかな手足と涼やかな葉の色のような方なのだろう。そう思うとうっとりするね。爽やかで愛らしい聖女様かぁ。いいなぁ。素敵だなぁ。
「他人事のような振りをされていますが、ちゃんと説明して差し上げてはどうですか?」
「…」
私もアレクシスさんに習って前方へ視線を投げかけるけど、視線の先のエレイフは黙っている。
「アレクシス、あまりそれをいじってはかわいそうというものでは。」
「だが、アオ様を主と仰ぐのであればちゃんと説明して差し上げるべきでは?」
「それは同意しますが。」
お兄さんたちの意地の悪い攻撃。
わぁお。なんだこれ。
ちょっと面白いので私はしばし考えた後で「エレイフ?」と、声をかけてみることにした。
さて、どんな反応をするのだろう。
「…言っておきますが、私は何もしていませんよ。」
私は思わず小首をかしげる。
「で、どういう事?」
「…」
「若木の君は、大隊長殿に護衛騎士になって欲しくて中央教会に残ったのですよ。」
「結局大隊長殿はその手を取らず、他の騎士が護衛騎士となりました。」
「仕方ないじゃないですか。大隊長になってまだ1年という時期ですよ?他からのやっかみを受け流しているところに聖女様まで抱え込めるはずもありません。そうでしょう?」
ネタバレをされ、エレイフは口早に私に訴え、子犬のような目で見降ろしてくる。
なるほど時期的にも受け入れができなかったという事か。なのに二年後私の所に来るんだからどういう事よ。と、思わないでもないが、そこは上司命令が透けて見えるので突っ込まずにいてあげよう。私の優しさをぜひかみしめてくれ。
だが、私が可愛い女の子と戯れられない衝撃に関しては別である。
「エレイフのとばっちりなんてあんまりだ。」
人目があるから殴るのは抑えてあげたけど、私は心の底からエレイフを罵倒した。




