若木の君(?視点)
【お知らせ】
こちらを更新する前に10話「え、この家庭教師二次元なのでは?」 と、11話「思い立ったが大事なものが見当たらぬ」 の間にカーライルさんとアレクシスさんの話を入れさせていただいております。
かなり遡ることとなりますが、よろしければあわせてお楽しみください。
やっとくるわ。
このひと月抱いていた、ぐるぐる渦巻く気持ちの矛先を向けるべき場所がやっと来るのよ。
意地の悪いワクワクに逸る私は、その日いつもより少し早く目を覚ましてベッドから出た。
「ルーチェ、ルーチェいないの!?」
自分にいつも付き従っている侍女の名前を呼ぶ。
いつもより早い時間だとか、そんなこと関係ないわ。私が今日は早く支度をしたいのだから。
「ルーチェ!!」
数回目の呼び出しでやっと部屋の扉が開いた。
「遅くなりまして申し訳ございません。聖女様」
「ほんとよ。早くして。」
「はい。ただいま。」
故郷を離れたこの場所に来て、お嬢様は自分で支度なんてしないものだと言われた。
どんなに面倒でも、侍女が起こしに来るまで布団に居て、支度をしてもらわないといけないと。
私はどんなに面倒だと思ってもそのルールに従ってあげているのだ。
だから、私のタイミングに合わないのは侍女が悪い。
顔を洗って、髪をとかす。
それから、ルーチェが出してきた服を見て首を振る。
「今日は、噂の二人目が来る日なんだから、そんなんじゃだめよ。私の可愛さと清楚さをちゃんと出さなきゃ。」
「若木の君、本日は聖女候補様とは顔を会わせる予定にはなっておりませんし…」
「だめよ!最初が肝心なの!遠目にでも私の姿を見せつけるの。嘘かほんとかわからないような噂ばっかりされて、いい気にならないように釘を刺さなきゃ。」
私はぎりりと歯噛みした。
なんで、私の侍女だというのにそんなことも思いつかないのかしら。
私の侍女だというなら、もっと私が目立てるように策を持ってきてほしいものだわ。
「もういいわ。私が探す。」
「あっ若木の君!」
咎めるようにルーチェが声を上るけど関係ないわ。
ルーチェに任せて置いたら話が進まないもの。
もともと私は農家の娘だった。
それが、天のお方を呼ぶほどの祈りを捧げられたから、この中央教会へ呼ばれてきたの。
聖女であるかどうかの判定が済めば、地元の大教会へ送り届けることもできると言われたけど、私はここに残った。
それで後見人がついて、色々な事を覚えさせられたの。
美しい動きをするようにとか、姿勢を崩さないようにとか言われてつらかったけど、覚えた分だけ素敵ですと言われる事が増えたから頑張れた。
それに、頑張った分だけご褒美もあった。
おいしいお菓子も嬉しいけど、いい香りの香油とか、高い化粧水とか。
磨けば磨くだけきれいになるんだから、貴族に美形が多いのは当たり前なんだと私は学んだの。
これから来る、私の次に見つかった聖女かもしれない人は、私と似たような年齢の女の子らしい。
回ってくる噂はどれも荒唐無稽で、正直バカバカしくて何度も鼻で笑った。けど、聞き捨てならないものが見た目の話題だった。
それはそれは美しく麗しいのだと誰かの口から聞こえてくるたびに私は部屋のまくらを引き裂いた。
聖女として現れた平民が、貴族の磨かれた容姿に敵うはずがない。どんなに美しいと言われても、たかが知れているはずだ。
私だって、町ではかなり可愛いほうだったもの。
「よし、これにするわ。」
私は、キラキラとした小さな飾りがちりばめられた白と淡いピンクのドレスを出した。
可愛さも、清楚さも、まさに理想的じゃない。
ふふんと笑いながらルーチェに支度をさせる。
コルセットだけは正直大嫌いだけど、ドレスをきれいに見せるためだもの仕方ないわ。
髪は全部上げずに上に小花をあしらったら緩やかに垂らさせる。
私の髪は少し癖があって後ろに垂らすとふわりとウェーブを描いて広がるのだ。
その髪に香油でつやを出すの。そうすると、遠目からでも髪の艶やかさが目に入る。
「ばっちりね。」
私は何度も何度も鏡の前で自分の姿を確認して頷く。
「さて、ここからが問題よね。」
「…」
「私がわざわざ待っていたと思わせるのは癪だもの。タイミングを見て正面玄関から見える渡り廊下を通りがかるには、どうすればいいかしら。」
うーんと考えてる私の隣には、関係ないみたいなすました顔のルーチェがいる。
むっとして、ルーチェをにらむ。
「ちょっと、ルーチェも考えなさいよ。もう一人の聖女になるかもしれない相手より、主が目立つようにするべきだと思わないの?」
「本日お越しになる方は、あまり争うは好まれない方だと伺っていますが。」
「どうせ相手も女なのよ。そんなの関係ないに決まってるわ。」
それから私はあれこれと考えて、午後は庭でお茶をする事にした。
そうすれば外の様子もわかるし、何となく通りがかったという言い訳もしやすい。
「新しい聖女なんて…」
ぎり…と、奥歯を噛みしめる。
絶対にその鼻っ柱を折ってやるのだ。そして、私の方が先輩で、上の存在だと見せつけてやる。
昼が過ぎ、今か今かと待っていると、神殿の中がちょっとずつ騒がしくなっていくのが分かった。
噂の二人目が門を通っているらしい。
そして、段々と外の騒ぎが耳に入ってくるようになってきた。
「え、な、なにこれ。」
「様子を見てまいります。」
神殿の中じゃない、町の方からたくさんの人のわー!っという歓声が上がっているようなそんな音。
ここまで聞こえてくる歓声が上がってるなんてありえない。
けど、二人目の事で過敏になっている私の神経に触る音だわ。
「私も行きます。」
「わ、若木の君…ですが。」
「いいから、行くわよ。」
ルーチェ以外にもお茶の準備のためについていた侍女たちは戸惑いながら私の後についてくる。
誰も彼も、まだるっこしいわ。
神殿の入口の前には長い階段があって、その下には馬車が停まれる広場がある。
その入口から広場まで一望できる渡り廊下。私はそこから町の方を眺める。
町の外門からここまで続く道には驚くくらい人が詰めかけていて、馬車が通るとたくさんの人が興奮して歓声を上げる。道沿いの家の人たちは、上の階の窓から花を投げ、まるでパレードのようだ。
馬車の周りを固める騎士様たちは私のよく知っている人たちで、私はまたぎり…と奥歯を噛みしめた。
「何よこれ…私の時と全然違うじゃない。」
私も馬車でやってきた。
その時、たくさんの人が道に詰めかけてはいたけれど、ここまでの歓声を聞いた覚えはない。
ガラガラと馬に引かれてやってきたのは普通の茶色の馬車だけじゃなかった。全体を白く塗っているすごくきれいで小さな馬車。
誰もが憧れるお姫様のための馬車そのもので、私はぎゅっと眉間にしわを寄せた。
まさかそれに乗ってきたわけじゃないわよね。と、吐き出したい。
茶色の馬車からは男性が二人降りて、真っ白なお姫様の馬車の脇へと立った。遠くて顔は全くわからないけどとても動きがきれいな事から、きっと貴族だと思った。
騎士様たちは馬車の入口近くと神殿へ続く階段側に数人移動して、きれいにぴたりと立ち止まって直立する。
馬車の扉が開くと、誰かがゆっくりと降りてくる。
ううん。誰かなんてわかってる。噂の二人目の聖女かもしれない相手だ。
その女は、深い青を基本としたすらりとしたドレスを着ていて、どっちかって言えば地味な恰好をしていた。
だって、ドレスはふんわりと広がっていないし、髪型なんて、頭の高い位置で一つに結い上げ、それを上へと一度押し上げた後は肩の前に流す形にしているだけだ。髪飾りも目立ったものは見受けられない。
なのに、その女が少し動くだけで誰もが高揚するのだ。
地味な恰好だというのに、華やかさはないというのに、キラキラと輝く光がそこにあるみたいに見えるのだ。
黒い男性の手にそっと置いた手。
ゆっくりとした歩み。
階段を上がる際にもよどみのない動き。
私が散々苦労していた淑女の動きをして見せる女。
悔しい。悔しい。
ぎりぎりと渡り廊下の手すりをつかむけど、誰にも注意されない。
みんなあの女を見るのに忙しい。
余計に悔しさが広がる。
長い階段、途中の踊り場で灰色の髪の男性がふとこっちを見た。
その顔は冬の遣いかと思うような整い方をしていて胸が高鳴る。いえ、さすがに年が上すぎるもの。別に恋愛対象とか思えるわけないのよ。私はね。あちらが私に想いを寄せないとも限らないから気を付けなくてはね?私は聖女なのだし。
私が胸を押さえていると、その男性は隣のあの女に何か声をかけ、女がこちらを見上げてきた。
私はとっさに扇で顔を隠す。
家庭教師にあなたは表情に出過ぎなので今しばらくは扇を持ち歩きなさいと言われてから持ち歩いているものだ。その時は失礼だわと憤慨したけど、顔に出さないようにするのは難しいのだもの。
一応持ってきていてよかったわね。あの女に私の悔しさが伝わるのは絶対に嫌だ。
だというのに、あの女は、私を見上げると嬉しそうに笑いかけてきた。
信じられない。
どういう意図があるの。
もしかしたら宣戦布告?
いぶかしんでいると、その後二言三言周囲と会話をして、あの女はあろうことか、第4大隊長様と何事かを話す。
第4大隊長様は苦笑しまた歩き出す一行。
「な、なによあれ…」
なんで、あんなに親しげにしているのよ。
私は茫然とその姿が見えなくなるのを見送った。




