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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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叛逆者討伐

 口ほどにもない。


 ケダモノどもを皆殺しだなどとホザいていた吸精族(ヴァンプ)の隠密部隊は、あっという間に切り刻まれて血溜まりに沈んだ。

 獣人族を侮る者は魔王領軍にもいた――というよりもほぼ全ての上級魔族がそうだったが、先代魔王陛下の指揮下で着実に積み上げられてゆく戦果のなかで罵声は熱狂の渦に掻き消されて行ったのだ。嘲りも蔑みも消えたわけではない。それどころか行き場を失ったまま彼らの心のなかで燻り続けていた。

 魔王陛下を裏切る以外に、自分たちの地位と誇りを守る術がないという判断に至るほどに。


 それを知らずに遠くから見れば、あの内乱は上・中級魔族が下級魔族を殲滅し、魔王領を手中に収めたかのようにも映っただろう。

 自領でぬくぬくと暮らしていた私兵どもが、現実を知ったときには手遅れというわけだ。


「悪夢幼女、残敵(のこり)は」

“距離10哩(16km)、到着まで10分”


 先代魔王陛下が普及させようとした“めーとる法”と“60分24時間制”は、魔王領を含む大陸で一般的な“哩・尺法”と“12刻制”よりも細かく、軍務向きだったが定着するまでには至らなかった。未だに使っているのは下級魔族だけだろう。


「よぉし、お前ら! 接敵まで10分だ! タバサ分隊は右翼で吸精族(ヴァンプ)を牽制、オマリー分隊は左翼で魔人族(イヴィラ)を叩け。コリンズ分隊は、わたしと来い。本命だ、龍人族(ドラゴネア)を潰すぞ!」


「「「「アイ、曹長!」」」」


あそこ(・・・)で魔王陛下がご覧になってる。下手撃つ奴は毛刈り(・・・)の刑だ!」


 上空を指したわたしの声に、部下たちは引き()った顔で笑いながらそれぞれに気合を入れる。

 それもそうだ。全身の毛を丸刈りにされた獣人族の無惨さといったら、目を覆うばかりなのだから。しかも、生えかけのときのチクチクムズムズするあの不快感は経験した者にしか……


「2次方向、魔術砲撃!」

「総員散開!」


 ――そういえば……


 空いっぱいに広がる光球を見上げながら、わたしはしばし物思いにふける。

 先代魔王陛下から“魔術と魔法の違いは何か”と、訊かれたことがあった。同じですと答えると、“何故ふたつの呼び名を使うのか”と尋ねられた。本来は一定の法則を習得することで誰でも使えるのが魔術で、選ばれた者だけに与えられた特権的能力が魔法だったとか聞いた気はするのだが……もしかしたら逆だったかもしれない。当然ながら、わたしたち獣人族にとって魔術だろうが魔法だろうが使えないし使う気もないため、他人事でしかない。


 いまの魔王陛下も大概だが、先代魔王も、なかなかにおかしなひとだった。


 誰にも見えていないものを見て、誰も気にしないことに(こだわ)り、誰も考えないことを考える。先代陛下の頭のなかで何かが実を結び、どこをどうしてそうなったのか理解できないが、ありふれたものが次々と形を変え、不可思議なものばかりが目の前に現れる。何が何やらわからないまま、わたしたちは手を引かれ、気付かないうちに信じられないほどの力と知識を得て、想像すらしていなかった場所へと進んでいた。


 別の世界から来たというが、そこがどんなところなのか想像も出来ない。

 きっと、美しい場所なのだろうと思うだけだ。


「曹長!」


 次々に爆炎が上がり、煙と土くれで視界が塞がれる。

 わたしは愛用の大剣を肩に背負ったまま、敵対勢力の位置を探る。視認できる程度の光弾に当たるような間抜けは、ウチの部隊にはいない。

 逃げ場のない面制圧攻撃であれば話は別だが、この平地でそれを実現出来るのはイグノーベルのような化け物くらいだ。


「慌てず騒がず各個撃破だ。終わったら……そこらで高みの見物を決め込んでる、ふざけたメルモン(ジジイ)を狩るぞ」

「「「アイ、曹長!」」」


 最初に突っ込んで来たのは、巨躯を低く伏せた龍心族(ドラゴネア)。3体が楔形の陣形を組み、人化を解いて龍形に変わっている。その口から吐く火炎は射程こそ短いが、目の前に立つ者を広範囲に焼き払う。彼らにしか出来ない“龍化突撃砲兵”という兵種は、かつて戦場の花形だった。


 もう、過去形だが。


「構え」


 オマリーを中心に、分隊員たちは散開して横一列に並ぶ。

 手にしているのは工廠長イグノーベル特製の魔導弩(マギボウ)。彼女が有翼族(ハルプ)を撃ち落とすために開発した長距離狙撃用対空兵器だ。

 弦を張るのに時間と腕力が必要だが、長い射程と高い精度、豊富な(やじり)の選択肢から、重装歩兵部隊への配備を頼み込んだのだ。

 自分たち(いくさ)バカには用途がいまいち理解しがたい遅発性信管は断って、とっておき(・・・・・)を揃えてもらった。


発射()ッ!」


 十分に引き付けての一斉射は、分隊の5名とわたしからの計6本。3体で突っ込んで来た龍の両目(・・)に狙い(たが)わず深々と突き刺さる。

 奴らは悲鳴を上げながらも足を止めず勢いも殺さずに突進を続ける。触れるもの全てを踏み躙り噛み砕く移動式災厄とも呼べる代物だったが、その狂乱も数歩で終わる。


 眼球の奥深くで爆発した魔導信管が、奴らの小さな脳を掻き回したからだ。

 龍の厚い頭蓋は爆発の勢いを外に逃がさず、膨れ上がった圧力は開口部である眼窩と鼻孔から血と脳漿を噴き出す。


無力化(クリア)!」


 さて他の分隊に手を貸すかと、振り返ったときには既に遅く、得意げな顔でこちらを見る部下たちの姿があった。


「トップはタバサ分隊です。曹長んとこが最後ですよ?」

「おい、ウソだろ!?」

「ミスはなかったようなので、毛刈りはなしで良いですよ、曹長殿?」


◇ ◇


「何だあれは。……何なんだ、いったい。これは、どうなっている!?」


 モーシャス領主メルモン・モーシャスは必死で脚を動かし、魔王城から距離を取ろうと喘ぐ。いま見た光景は自分が眼前にしてもなお到底、信じられるものではなかった。

 私財を投じて抱え、鍛え上げた我が領地軍の精鋭、30を越える上級魔族の古兵(ふるつわもの)どもが、尖兵の獣人部隊もろとも四半刻も持たずに全滅とは。


 ここは逃げるしかない。あんな化け物どもを相手にするなど、冗談じゃない。

 領主館へ戻れば、召使の獣人どもを盾に時間を稼ぎ、再起を図ることも出来よう。残った金と人脈を頼りに、ひとまず帝国から兵を借りよう。沿岸沿いに誘き出したところに、奴らが誇る海軍の軍艦を使って砲撃でも喰らわせればケダモノどもに一矢報いることくらいは……


 身を隠そうと足を踏み入れた森のなかはひんやりと湿って涼しく、穏やかな静けさに満ちていた。深い緑の香りを吸い込み、メルモンは違和感に気付く。


 静か過ぎる(・・・・・)


 虫の声も獣の気配も、葉ずれの音さえしない。薄暗い木陰の奥に、うっすらと紅い光が覗いていた。


「どこ行くにゃー?」

「ひッ!?」


 物音ひとつ立てないまま、それはゆっくりと近付いてくる。怯えながら葉影を見透かすと、そこにはほっそりとした人虎族(ティグラ)の女が、笑みを浮かべていた。

 ふさふさしたクセ毛を逆立て、紅い目に剣呑な光を宿している。


 重甲冑を身に纏っているところを見ると、新しい魔王の配下か。先ほどまで見た光景を思い返して、メルモンは震え上がる。


 魔剣使いの魔人族(イヴィラ)狂兵(ヴァーサク)ケイブスを正面から叩き切ったのは獣人だったが、男だ。ケイブスを守る防御魔導師、鉄壁(ウォール)エアリアの首を刎ねた獣人の斧使いも男。

 死霊使いの吸精族(ヴァンプ)を子供のようにあしらい、暗殺部隊(アサシン)たちの手足を切り刻んだ獣人たちは女だったが、こんな女の姿は見かけなかった。


 並みの獣人であれば、後れを取ることなどない。仲間を呼ばれる前に、ここは蹴散らして突破するしかない。決意したメルモンが腰に下げていた短剣を抜こうと視線を外した一瞬の間で、女の姿は消えていた。


「……!?」


 背筋を走るひやりとした感覚に、メルモンは横っ跳びで木陰へと転がり込む。全身から汗が吹き出し、得体の知れない恐怖に足が(すく)む。


「どこ、行く、にゃー?」


 剣を構えて振り返るが、どこにも女の姿はない。


「ふざけるなケダモノが、コソコソ隠れてないで出て来い!」

「コソコソ、してるのは、どっちにゃー?」


 いきなり耳元で囁かれた声に、メルモンは押し殺した悲鳴を上げる。振り払った剣先は虚しく空を切り、キョロキョロと動かした視線の先には静まり返った森の鬱蒼とした木々が見えるだけ。


「生き残る方法はあったのに、自分から手放すなんて、馬鹿なことしたにゃー?」

「魔族の誇りを汚されて、おめおめと偽王に(くだ)れるとでも思っているのか!? 我ら上級魔族を、貴様らケダモノどもと一緒にするな!」


 森の奥の木影から、くふんと鼻で笑う声を聞こえてきた。


「そんなに死にたいなら、望み通りにしてやるにゃ?」


 何の気配も感じられないままに、腹部に熱いものが差し込まれる。見下ろすといつの間にか、腹が横一線に切り開かれているのが見えた。切り口がゆっくりと開き、(はらわた)がデロリと溢れ出す。押し留めようとしても、両手では間に合わない。地べたに落ちた臓腑は暴れる大蛇のようにのた打ち回り、落ち葉と土に塗れてわずかな湯気を上げる。


 息が苦しくなる。目の前が暗くなる。


 魔王領で武名を誇り、未来を約束された騎士爵家の末裔。尊い血を受け継いだ自分も、地位を築き、繁栄を手に入れる筈だったのに。どこで道を誤ったのかと、頭のどこかで自嘲する声が聞こえる。

 知らぬ間に声に出していたのだろう、耳元で女の声が聞こえた。


「最初からだよ、爺さん。あんたの歩き出した先に、道なんてなかったんだ」

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