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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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初めてのレコンキスタ4

 爆撃で排除された間隙を掻い潜って、城の裏門を通過したアタシはそこで奇妙な光景を見る。


「……?」


 あちこちに転がっているのは、首から下だけを残した共和国軍兵士の死体。頭はというと、こちらに背中を向けて蹲る一匹の魔物(・・)の傍らに積み上げられていた。

 そいつは身の丈2mを越える巨体で、青みがかった肌。1mほどの尻尾を機嫌良さそうに振るさまは、妙に擬人化されたドラゴンといった風情。

 今回攻めてきた叛乱軍部隊には、吸精族(ヴァンプ)の将校と獣人族(ウェア)の兵しかいないと思っていたんだけど。


 ポケットの魔珠が何かを叫んでいるが、心に余裕がなくて上手く聞き取れない。いまは取り出して聞く余裕もないが、くぐもったイグノちゃんの声は緊迫した響きに聞こえて、何かの警告であろうことはわかった。


「へーか、あいつは……?」

「しっ、静かに」


 5本ある指で生首をつまみ見上げ、積み上げた山の上にそっと載せる。性格を表すかのように整然と揃えられた生首の山を見て、アタシは直感する。何者なのかはよくわからないにしても、


 ――これ、アカンやつや。


 こっそり踵を返そうとした途端、振り返ったそいつはアタシを見て満面の笑みを浮かべ、立ち上がって胸に手を当てる。


「まおー、へ-か!」


「うへッ!?」


 深々と頭を下げるそいつから不穏な空気を感じて、両脇に抱えた獣人族の子たちを降ろす。銃に手を掛ける間もなく、振り出された何かが屈んだ頭上を掠めて城門の柱に突き刺さった。チビッ子ふたりの頭を抱え込むように距離を取ろうと後退(あとずさ)る。


“……陛下、逃げてください! 距離が近過ぎて支援砲火が……!”


 イグノちゃんが音量でもいじったのか、ひときわ大きく鳴り始めた魔珠からの声がようやくアタシの耳に届く。


 背後で頑丈な筈の城門が、轟音を立てて崩れ落ちる。


「ああ、もう! 何なのよ、こいつ……!」


“そいつは龍心族(ドラゴネア)変異体(できそこない)空頭(パフヘッド)・アインです……!”


 魔物もどきのアインは首を傾げて、飛ばした武器を手元に引き寄せる。大人の腕ほどもあるチェーンで連結された、船の(アンカー)のような形の鉄塊。羽根状に広がった部分は荒く研ぎ上げられていて、それが首切りの道具だったのだろうと推測する。


「「へーか」」


 奇しくも前後から同じように幼い口調で声を掛けられ、アタシは対応に戸惑う。


「ラッセル、物陰に隠れて、あんたはコネルちゃんを守るの。いいわね」

「でも、へーか……」

「男でしょう? あんたも、アタシも。違う?」


 龍心族の巨漢アインを前に、アタシは少しだけラッセルに視線を投げる。足元に転がっていた片手剣を爪先で跳ね上げ、柄を先にしてラッセルに差し出す。

 彼に使いこなせるとは思わないけど、安心材料くらいにはなる。ラッセルは迷いながらも、両手で押し戴くように剣を受け取った。

 まるで騎士を拝命したかのように。


「……うん」

「だったら、怖くたって、負けそうだって、やんなきゃいけないときがあんのよ」

「わかった。任せといて、俺がコネルを守る。だから、へーか……」

「ん?」

「あいつを、ぶっとばして!」

「いいわよ、任せときなさい」


 掛けてくふたりの足音を聞いて、アタシは笑みを浮かべる。帽子を深くかぶり直し、腰の拳銃に手を触れた。


「まおー、へーか。おでに、かてると、おもうのか?」

「あら、トカゲの坊や。誰に向かって口利いてるのか、わかってるのかしら?」


 トカゲというには可愛げのないドラゴン顔で、アインは首を振る。その眼だけが妙なほどに無垢で、見ていてどうにも落ち着かない。


「へーか、まりょく、いっぱい……でも、とっちらかって、つよく、ない」


 あら、案外わかってるじゃないの。

 アタシの魔力は膨大らしいけど、使い道がない。体内を循環して力を練り上げるでもなし、エネルギーに変換して敵を倒すでもなし、指向性もなく目的もなく、無駄に溢れ出して拡散するだけ。

 触れた者を回復に導く安癒は、たまたま見つけた結果でしかないが、それすら自分の身に黒班を刻むという正体不明の呪いと表裏一体の出来損ないだ。


 そんな魔力に、イグノちゃんが道筋を付けてくれた。


 アタシは両手で拳銃の銃把(グリップ)に触れる。不思議なことに、この玩具はアタシの手にひどくしっくり馴染んだ。このちっぽけな拳銃で、何だって出来る気がしてきた。

 もしかしたらイグノちゃん(あのコ)、アタシ自身の生き様にも指向性を持たせてくれたのかも。


「ふんッ!」


 アタシ目掛けて振り出された鉄塊が、唸りを上げて迫る。魔力による攻撃ではないから、服に掛けられた防御は効かない。


「バン!」


 突進してきた巨大な質量が見えない壁にぶつかり、巨大な足で蹴り上げられたように宙に跳ね上げられる。

 ポカンと口を開けたアインが、鎖を引き寄せようと腰を落とした。バランスを崩すチャンスとアタシは両手の銃を構えたままノーガードで突っ込む。


「バンバンバンバンバン!」


 アインの巨体がもんどり打って倒れ、毬のように跳ね回る。アタシは前進しながら両手の拳銃を真っすぐに向け続ける。怒りも憎しみもないが、打ち出された純粋魔力はアインの腕を砕き、脚をへし折り、尻尾を捻り上げて、引き千切る。


 有り得ない角度に曲がった手足でジタバタと身悶えながら、アインは怯えた顔でアタシを見る。

 信じられないほどの威力と結果に驚いてるのはむしろアタシの方だったけど、顔には出さず当然の結果のように醒めた目で見降ろす。


「う……うそだ、おでの……りゅー、りん……を」

「龍鱗? そんなもので魔王の怒りを防げるとでも思ったのかしら?」

「おでの、りゅーりん、むてき、だって……しょーぐん、さまが」


 またか。またあの空っぽな無能に踊らされた馬鹿か。

 虚ろに泳ぎかけたアインの目を見て、アタシの胸の中にドンヨリと黒いものが広がる。


「あんたたちが先代魔王を裏切ってまで何をしたかったのか知らないけど、メラリスに付いた時点で終わってたのよ。あの男には、魔王の器はないもの。何もかも他人任せで、アタシに顔も見せないじゃない。……まあ、見たくもないけど」

「うううううぅーッ! しょーぐん、さまを……わるぐ、いうなぁーッ!」


「バンバン!」


 鱗を逆立てて防御姿勢に入ったまま立ち上がろうとする巨体の胸に、新円の穴が開く。心臓を打ち抜いたはずなのに、アインはまだこちらに手を伸ばそうとする。


「うあぁ……ッ」

「バン!」


 額に撃ち込むと脳が弾け、手足から力が抜けて崩れ落ちた。なおも身構えるアタシの前で、アインはビクリと痙攣して静かになった。


「へーか!」

「まおーさま!」


 銃をホルスターに収めたアタシのもとに、コネルちゃんの手を引いたラッセルが駆け寄ってくる。いいつけ通り理に彼女を守っていたらしいラッセルには、御褒美をあげなくちゃいけない。

 アタシに飛びつこうとしたコネルちゃんの表情が、一瞬で凍りついた。


「あぁあああああ……!」

「ッ!?」


 振り返ったアタシの背後で、全身から血と肉片を飛び散らせながら、四つん這いになったアインが突進してくるのが見えた。信じられない。四肢は砕け、末端は千切れかけ、胸や腹には風穴が開き、頭は半分吹き飛んでいるというのに。

 銃を抜こうとして、間に合わないのがわかった。

 獲物として狙っているのはアタシではなく、獣人族の子供たち。アタシが大事な将軍様を壊そうとするなら、アタシの大事なものを壊してやろうとでも思ったのだろう。

 アインと重なるように射線を塞いでいたコネルちゃんが邪魔で攻撃が出来ない。血塗れの巨体がラッセルとぶつかり、血飛沫とともに動きが止まった。


「ラッセル!!」


「がぅあ……ぁ」


 アタシは最悪の結末を予想して駆け寄る。

 崩れ落ちた男の陰で、ラッセルは両手で剣を構えたまま尻もちをついていた。全身は血に塗れ、手にした剣の先端には、巨大な眼球が突き刺さっていた。

 あのチビッ子が、まさかの一撃で龍心族の巨漢を仕留めたのだ。


「……へ、か」

「「ラッセル!」」


 くにゃくにゃと崩れ落ちるラッセルをコネルちゃんとふたりで抱え上げ、傷や怪我がないか手で触れて回る。見たところ出血も骨折もなく、軽目に掛けた安癒も効力を発揮しない。


「俺、守った」

「ええ、よくやったわ。大したもんよ、あんた」

「カッコよかった、ラッセル……」

「おとこ、だから」


 震える声でエラそうに吹くラッセルの頭を、アタシはクシャクシャに掻き回す。


「そうね。タッケレルの大人たちに怒られたら、そんときはアタシが守ってあげるわ」

「「はぅ!?」」


 自分たちが仕出かしたことを思い出したのか、ラッセルとコネルちゃんは硬直して妙な息を吐く。


 城壁内部から立て続けに爆発音と破裂音が響き、機械式極楽鳥(ハミングちゃん)の大編隊が揃って上昇してゆくのが見えた。

 ポケットからイグノちゃんの声が聞こえてきて、アタシはようやく思い出したように魔珠を取りだす。


“陛下、御無事ですか!?”

「ありがと、大丈夫よ。城の外には、あのデカブツ以外はいなかったから」

機械式極楽鳥(ハミングちゃん)の攻撃は陛下たちに当たる可能性があったので。その代わり、城内の叛乱軍と周囲の共和国軍は殲滅しました”

「メラリスは?」

“ルコックによる砲撃で圧勝しました。メラリスは行方不明ですが、生き残りの約20名は降伏したそうです”

「……そう、良かったわ」


「へーか、何か来る……!」


 森の奥からノシノシと木々をへし折る音がして、イグノちゃんの虫型トラックが姿を現す。ラッセルは思わず剣を構えたが、目の前で跪くそれがタッケレルにも来たことがある乗り物のひとつだと察したらしい。


「帰りましょう。あの城の掃除は、もう必要ないわ」

「……ぅう」

「大丈夫よ、アタシのために来てくれたんだもの。お父さんたちに怒られたりしないように、ちゃーんとお話しするから」

「ごめんなさい、まおーさま」

「いいのよ。怪我が無くって良かったわ。でも、みんな心配してるだろうから、早く元気な姿を見せてあげないと」


 アタシが保証してもまだ怒られるのが怖いのか、ふたりの表情は曇ったままだ。


 そこでようやく、コネルちゃんが大事そうに抱え込んでいたものが目に入る。魔珠の映像でラッセルが持っているのを見た、麻袋と花束だ。あの後ずっとギュッと握りしめていたのか、花はすっかり萎びて花も散ってしまっている。

 アタシが見ていることに気付いたコネルちゃんは、みすぼらしい姿になった贈り物を泣きそうな顔で隠そうとする。


「ちッ、ちがうの! これ、違うんでしゅ!」

「ねえ、お願い。ふたりとも、少しだけ目をつぶってちょうだい」

「……え?」

「お願い」


 もう一度頼むと、コネルちゃんはまだ花束を手で隠そうとしたまま目をつぶり、それを見たラッセルも彼女に(なら)う。


「3・2・1……いいわよ?」

「……ひゃッ!?」


 目を開けた彼女は、小さく歓声を上げる。手で隠そうとしていた萎れかけの花が、大きく咲き誇る満開の花に変わっていたから。ラッセルを見て、目顔(まがお)で促された彼女は小さくうなずく。


「まおー、さま」


 美しい花束を手にした彼女は、剣を手にしたラッセルのように、チビッ子からレディの顔になる。


「ずっと、お礼を、いいたかったの。いっぱい、ありがとうって。これ、受け取ってくださいますか」

「もちろん。こちらこそ、ありがとうね。とーっっても、嬉しいわ!」


 ふたりを抱きしめてグリグリと頬擦りすると、くすぐったそうにキャッキャと笑い声を上げる。

ああ、癒されるわ。チビッ子ってば、アタシなんかよりよほど安癒の使い手よね。


 お花はコネルちゃんが摘んできた、村に伝わる癒しの花。小さな麻袋の中身は、ラッセルが魔物を仕留めたときに集めて貯めてきた魔珠だった。小粒とはいえ子供が魔物を狩るのは時に命懸けの危険な行為だ。

 こっちは大人なんだし、しかも一応仮にも魔王なんだし、お返しは後でちゃんと考えないとね。誠意には誠意で、愛情には愛情で応える主義なの。


「さ、帰るわよ。お腹減ったでしょう?」

「「うん!」」


 アタシはふたりをトラックの座席に座らせ、シートベルトを装着する。


「イグノちゃん、悪いんだけどタッケレルまで何か……」

“お任せください、既に糧食分隊が到着しております”

「……運んでもらえるかしら、って早いわね」

“こんなこともあろうかと”

「……っていうか、糧食分隊って何? 初耳なんだけど」

“2時間前、自主的に編成(・・・・・・)された緊急即応部隊です。ちなみに、本日のメニューは、ミートボールのミルクシチューと、くるみ入りふんわりパン、メインはスタッフドチキンだそうです”


 それを聞いたチビッ子ふたりのお腹が、たちまちぐぐーっと鳴る。


“既に準備を始めておりますので、お急ぎください。陛下たちの到着が遅れた場合には調理の匂いに興奮した村の者たちが暴動でも起こしそうな状況だそうですので……”


「「えええ……!?」」


 少し声を潜めて、イグノちゃんが続ける。


“陛下。ふたりの両親と村長には、魔王陛下の勅命による魔王軍の極秘任務だったと伝えてあります。彼らを危険に巻き込んだのは私のミスですので、お叱りは後程”

「もう十分なフォローはしてもらったわよ。いったでしょ、ひとりで抱え込まないでちょうだい」

“御意”


「さ、飛ばすわよ、ラッセル! コネルちゃん! しっかりつかまってちょうだい!」

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