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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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初めての接岸

 セヴィーリャは部屋を出るとカイトの小さな身体を抱え、半ば引き摺りながら廊下を進んでゆく。後を追ったアタシは、突きあたりに人だかりが見えているのに気付く。たしか、船員用の食堂として作られた少し広い部屋だ。それにしては、違和感があった。

 まるで、物音が聞こえてこないのだ。ざわめきも、足音も、衣擦れも、何も。


 廊下の途中でカイトはセヴィーリャから解放され、自力で歩き始める。ゆっくりと、彼の背筋が伸びてゆく。ふたりに続いて食堂に入ると、室内は先代魔王領軍の兵たち――ほとんどが知らせを聞いた近衛歩兵連隊の帰還兵――ですし詰めになっていた。


 そこで、無音の理由がわかった。


 高い錬度を物語る、定規で引いたように揃った隊列。ピンと伸びた背筋と指先。彼らは表情を消し、身じろぎひとつせず、静まり返ったまま自分たちの王(・・・・・・)からの声を待っている。

 カイトが、その前に立つ。状況を理解しているのか揺るぎない忠誠の証か、変わり果てた姿を見ても兵たちに動揺は微塵もない。


我らが(・・・)魔王陛下に、敬礼!」


 最前列で控えていた人虎族のコムス曹長が鋭く号令を掛けると、それが彼らの敬礼なのだろう、兵たちは一糸乱れぬ動きで右手を心臓に当てた。

 カイトが手を上げると、彼らは両足を肩幅に開いて敬礼を解き、手を後ろで組む。


「ご苦労。これまでの貴様らの働き。この目で、すべて見せてもらった」


 まだ子供にしか見えないカイトの口から、周囲を圧するばかりの声量が発せられた。

 先刻までの迷いはない。そこにいたのは、紛う方なき“最強の魔王”だった。


「歴史に残る戦功、比類ない勇気、見事なまでの統率。我らが魔王領軍最精鋭戦力として、期待した以上の力を、存分に発揮してくれた。貴様らを指揮してきた者として、そして、ともに剣を取った者たちを代表して、礼をいう」


 兵たちの表情は動かず、彼らは彫像のように固まったままカイトの言葉を聞く。


「だが、魔王領を取り巻く状況はいまだ混迷を極め、今後も貴様ら精鋭の力は不可欠である。今生(こんじょう)魔王陛下の(もと)、さらなる奮闘を期待する」


 踵を返す直前、カイトは一瞬の迷いの後で再び顔を上げる。


「本当に、最後まで良く従い、良く戦ってくれた。心から感謝する。貴様らのような臣を持てたことが、我が人生で最大の誇りである!」


 今度こそカイトは、やり遂げたように息を吐いた。

 その横顔に、わずかに浮かんだのは、おそらく喪失感なのではないかと、アタシは心のなかで思う。

 カイトもまた、近衛歩兵連隊の兵(かれら)と同じように、本当は戦場で仲間たちと死にたかったと、そうするべきだったのだと、思っているのかもしれない。


 コムス曹長がこちらに視線を向け、アタシは目顔で頷く。


「解散!」

「お待ちください、陛下」


 背を向けたカイトに、コムス曹長が声を上げる。カイトが困った顔でアタシを見るが、肩を竦めるくらいしか反応のしようもない。

 コムス曹長の行動は、本来なら不敬とされるのかもしれないが、いまのカイトには地位も実権もないのだ。

 渋々振り返ったカイトは、苦虫を噛み潰したような顔で、かつての部下を睨みつける。


「止めろ。俺はもう魔王ではない。ただのカイト、無位無官で無力なガキだ」

「では、こう呼ばせていただきます。提督(・・)


「え」


 カイトの口から、素の声が漏れた。

 コムス曹長から差し出されたのは、おかしな形の大きな帽子。先ほどイグノちゃんが持っていたものだ。カイトは意味がわからず、目の前のそれを受け取ろうとはしない。


 代わりにアタシが受け取って、まだ戸惑っている彼の頭に乗せる。海賊船長のような幅広の艦長帽(キャプテンハット)。制服を持たない魔王領海軍には、軍帽よりも似合うと思って考えたものだ。


 もとの形をうろ覚えだったので海賊帽というよりどこか餃子っぽいが、こっちの世界じゃ誰も知らないんだから気にしない。


 これがあれば、誰が船の最高指揮官で、どこにいるのかがひと目でわかる。


(おか)のことは、まあアタシが何とかするわ。あなたには海軍を率いてもらう」

「冗、談を……」

「もう決めたの(・・・・)。根回しも済んでる。あなたも魔族なんだから、魔王の命令には従わなくちゃいけないはずよね?」

「それは……そうだけど」

「人員調整は任せるわ。最初は1艦と人員150、その後は順次……」

「あ、あの……我が君」


 あ、めんどくさいのを忘れてた。


「その呼び方はもう止めなさい。カイト、人員訂正。15()ね」

「……わかっ、わかりました」


 ホッとした顔の爆乳家臣が抱き付くのと同時に、近衛の兵たちが一斉に駆け寄ってゆく。自分たちのなかで誰が編成から漏れるのかを知りたがっているのだろう。


「陛、いや提督! 自分を是非、海軍に入れてください!」

「俺も! 俺も外さないでくださいよ!?」

「待て待て待て、そこは階級順じゃないのか!?」

「下士官ばかりで船が動く訳ないでしょうが、ここは腕力と知恵で」

「知恵ならお前はないな、俺はヒルセンの出なんで船には詳しいです! 海図も読めるし少しなら航路も知ってます!」

「おい、待てお前ら」

「提督、自分泳げませんけど大丈夫ですよね!?」

「落ち付け、まずは俺から船員名簿を作ってだな」

「だから自分を、提督ーッ」

「ちょ、止せ! わからん、俺もいま聞いたばかりなんだ!」


 大混乱だけど、まあいいか。


 近衛歩兵連隊(かれら)の海軍編入は、イグノちゃんからの要請で決まった。ヒルセンからの漁民を新生海軍に引き抜いたのはいいけど、予想以上に海産物の需要が伸びてきたせいで、漁業や加工作業の人手不足が深刻になってきているのだ。

 残念だけど、第一期の水兵たちのなかから、かなりの人員を民間の“ヒルセン船団”の方に回さなければいけなくなる。彼らが操ることになるのは、建造中の新型漁船と輸送船。船体は当然ルコックより遥かに小さいが、設計には共通部分が多いので水兵としての経験が役に立つ。

 新兵への教育と引き継ぎが済み次第、ヒルセンの漁民たちは退役する予定だ。

 ある程度まとまった退職金を渡せるので、新港(おか)での仕事を含めて、彼らには再出発のプランを考えてもらっている。


「みんな焦らなくても大丈夫よ、海軍はすぐに350じゃ足りなくなるから」

「「「「本当ですか!?」」」」

「150っていうのは、旗艦(ルコック)の乗員だけよ。小回りの利く新型艦も建造されてるみたいだし、ヒルセン新港には海軍基地も建設中。すぐに募集を掛けなきゃいけなくなるわ」

「「「「おおおおおおぉ……!」」」」


 何か近衛のひとたち、見違えるくらいに元気になってるんだけど。


「これからはわたしも水兵ですから、カイトの好きな“せーらーふく”作りましょうか!」

「ちょッ、セブ!」


 真っ赤になって黙らせようとするカイトと、キョトンとした顔で首を傾げるセヴィーリャと兵たち。アタシは聞こえなかったことにして、メレイアに降りる避難民たちの列に加わる。

 堅そうに見えて、そういうとこ(・・・・・・)は案外、普通に男の子なのね。


◇ ◇


 ルコックが投錨したのは、メレイアの中心から半哩(800メートル)ほど離れたリニアス河岸。

 仮設と聞いていた桟橋は金属製のしっかりしたもので、荷下ろし用の機械もいくつか設置され、内陸側には高床式のプレハブ倉庫も建っていた。


「陛下」


 舷側のタラップを降りたアタシの前に、走ってくる女性兵士の姿が見えた。

 バーンズちゃんの部下で、長身痩躯の重装歩兵。たしか、タバサ分隊のペルム上等兵。

 平時には売り子も(特別手当支給の上で)頼んでいたりするが、いまは完全武装で警戒態勢に入ってもらっている。


「ご苦労さま、何か問題?」

「いえ、こちらは異常ありません。お忍びでマーシャル王女殿下がお見えです。陛下への面会をご希望で、ホテル・メレイアでお待ちいただいております」

「了解、すぐ行くわ」


 どうにも嫌な予感がするのだけれど、得てしてそういうのは当たるのでアタシは気にしないことにした。嫌な予感などしない。むしろ吉兆の予感がある。きっといい知らせが待っているのだと思えば、本当に良い知らせを得られたりするはず。


 ……まあ、そんな訳はないのだ。


 案の定、ホテル・メレイアで待ち構えていたのは、眉間に皺を寄せ腕組みをして唸る王女殿下の姿だった。

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