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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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空飛ぶセヴィーリャ

「さあ陛下、参りましょう。夢にまで見た永遠の地(ヴァルハレア)への旅路、お供させていただきます」


 わたしは物見台の手すりに手を掛けたまま妙な違和感に囚われる。上空を舞う鳥が先刻からひっきりなしに何やら視界の隅で鬱陶しい動きを見せていたからだ。

 怪訝な目で見上げると、それは目を瞬かせて何かの合図を送っていた。


「ときに陛下。何ですかね、あれ」

“……モールス信号(・・・・・・)だ。お前にも何度も教えた筈だぞ?”

「ああ……忘れました。あのときは陛下の御顔を近くで見られるのが嬉しくて、つい気もそぞろに」

“度し難い”

「恐縮です」

“褒めてない、というか……あれは味方か?”

「なるほど、機械式極楽鳥(ハミングバード)。イグノ工廠長の眷族ですね。それで陛下。同じ合図を繰り返しているようですが、あれは何と」

“……フ・セ・ロ”


「伏せろ?」


 極楽鳥が翼を傾け、退避軌道に入る。島影に隠れていた帝国の艦船から、無粋な黒い物体が朝焼けの空に打ち上げられるのが見えた。振り返ると帝国の海兵たちがいつの間にやら足元から姿を消し、階下への入口に殺到していた。逃げるのが間に合わないことを悟った者たちは投石砲の陰に蹲って頭を抱えている。


 それはつまり……


 危うく伏せたわたしの傍らを黒い物体が掠め、床に当たって派手な爆炎を上げる。


「うぉッ!?」

“伏せろ馬鹿、また来るぞ!”


 見上げた空に舞ういくつもの黒い物体。放物線を描いてゆっくりとこちらに向かってくる。わたしは陛下の入った容器を抱え込み物見台の隅に身を隠そうとするが、元々が露出することに意味がある構造物のしかも最上部にまともな遮蔽物などありはしない。


“おい、何をやっている!お前が容器(これ)の下に隠れろ!”

「嫌です! 陛下の玉体には傷ひとつ付けさせません!」

“ふざけるな、女の柔肌と出来損ないの棺とどっちが……!”

「陛下」


 炎と黒煙が視界を埋め尽くし、轟音が耳を聾する。

 上下もわからないほど振り回され、支柱や鉄柵に全身をぶつけながら意識も朧気なわたしは、言葉の意味を噛み締める。陛下と一緒にいるから。わたしを女と認めてくれたから。だから。

 わたしは幸せだった。


“……りゃ!”


 意識を失っていたわたしの耳に、陛下の声が聞こえてくる。


“目を覚ませセヴィーリャ! 船から信号だ!”

「ふね?」

“すぐにここから降りろ、脱出用のロープが来る”

「何の話です、脱出用? どこの船が? どうやって?」

“立つな!”


 陛下の怒声に思わず頭を下げた瞬間、物見台の支柱に巨大な銛が突き刺さる。鉄製の柱がへし折れそうなほどの威力に、わたしはあんぐりと口を開ける。


“呆けている場合か! 敵が昇ってくるぞ! その係索につかまれ!”

「は、はあ」

“素手じゃダメだ、そこの鉄枠を拾って……”


 落ちていた棒切れに伸ばそうとした左手は、肘から千切れかけていた。爆発の余波か直撃か、肌は焼け焦げて肉は切り裂かれ、下椀部からは折れた骨が露出している。


「無理です、申し訳ありません。陛下だけで行って下さい。すぐに何かで固定しますから……」

“ダメだ”

「ですが、この腕では……」


 右手で容器を押さえたらロープには掴まれない。自分が落ちるだけならいいが、陛下を落とす訳にはいかない。


ダメだ(・・・)! 何度もいわせるな! 身勝手は許さん。泣き言も聞かん! 死ぬまで一緒に行くんだろうが! お前はその程度の覚悟だったのか!?”

「……」

“答えろ、セヴィーリャ!”


 赤黒く曇っていた視界が戻ると、容器の一部から滴るものがあった。ちゃんと守った筈なのに。傷ひとつ付けないと誓ったのに。

 首が曲がらず振り向けないが、背後には敵兵が梯子を上ってくる気配があった。

 折れ曲がった左腕を容器の開口部からなかに突き刺し、脇で押さえ込む。右手の感覚もおかしいが、いまさら気にしてもしょうがない。服を脱いで片手で引き裂き、紐状にする。左腕と容器を幾重にも巻いて縛り上げる。これで落ちない。

 もし落ちたときには、わたしも一緒だ。

 頭上に戻ってきた機械式極楽鳥がまた何か合図を送っているが知ったことではない。繋がれたロープの先にある海面には何か光が揺れている。目が霞んで見えない。少しでも気を抜くと意識が薄れる。


“セヴィーリャ、先にいっておくぞ”

「はい」

“来てくれて、ありがとう”


 視界を覆っていた霧が晴れる。全身に力が(みなぎ)る。わたしは鉄片を握り込み、

ロープの上に手を掛ける。吹き付けた突風に背中を押されるように、中空に身を躍らせる。


「参りましょう、行き先に何があろうと! 陛下となら怖れるものなど、何も……って怖ッ!」

“ちょッ! これ速くないか!? 角度、キツいぞ……!”


 凄まじい勢いで宙を滑る。ロープとの摩擦で鉄片はたちまち赤熱し始める。海面に向けて落ちて行くような感覚。血の気が引いて視界が暗くなる。自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかもわからない。感じるのは風の唸りと、焼け焦げて行く肉の痛みだけ。


「たたたた、高いです! 風、寒い! 手、熱い!」

“がんばれ、もう少しだ!”

「帰りたい!」

“俺もだ、セヴィーリャ。ずっと、帰りたかった……お前の所に。後悔してた。お前がいなかったら……俺には、何もなかったから……”

「陛下!」

“……感謝、してる……”


 意識が揺らぐ。鉄片が千切れ飛び、手が離れた。宙を舞う身体は平衡感覚を失い、伸ばした手が何かに当たってへし折れるのを、わたしはどこか遠くで感じていた。

 何かに叩き付けられたような気がした。転がって止まる。痛みは感じなかった。誰かの声が聞こえた。それが誰のものなのか、わたしにはもう、わからなかった。

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