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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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初めての逃避行

「状況は、そんなに悪いんですか」


 人狼少女カナンちゃんが心配そうにアタシを見る。獣人娘たちを率いて魔王城の厨房を預かる新進気鋭の料理人も、戦争については門外漢だ。それはアタシも大して変わらないんだけど。


イグノちゃんから聞いた敵の状況は、思わず変な笑いが出るレベルだった。


「南部洋上、沖合2哩(約3.2キロ)に帝国海軍の大型戦闘艦4、上陸用の小型舟艇を10隻ほど曳航していましたが、そちらはヒルセンの新型弩弓砲で沈めました。陸上戦力は北東から共和国軍7千、南東部から叛乱軍、こちらも約7千。どちらも速度を上げて、魔王城まで1日前後、明日の昼には攻撃圏に入ります」

「叛乱軍、増えてない?」

「王国軍の離反部隊約五千と合流しましたから。少し減ったようですが、理由は不明です」


 またどこかに寝返ったか輜重兵を王国に戻したか、なんにしろ残った兵だけでも戦力としては脅威だ。帝国も海軍が出たからには陸兵も動くと考えた方がいい。何より要注意なのは上級・中級魔族の約3千ほど。ここまで来ると勝ち負け以前の問題だろう。戦いとして成立しない。それに対して切れるカードなんかひとつしかない。


 カナンちゃんに向き直り、アタシは両手を広げて肩を竦める。戦力差が10倍どころか100倍近い末期的状況は、不安にさせるだけなので口にはしないことにした。


「まあ、大したことないわね。状況が悪いというより、面倒臭いの。こちらには勝って得られる物がないんだもの、馬鹿正直に相手する気はないわ」

「だからって、城門を開いて迎え入れる必要はないじゃないですか。頑張れば勝てるかもしれません、私たちも残って戦いますから!」

「あらダメよ、ここ誰もいなくなっちゃうから」

「「「「え?」」」」

「いやあねえ、城を枕に討死なんて、そんな趣味ないわよ。勝とうが負けようがどうでもいいの。それより、大事な領民たち(みんな)に怪我をさせる方が大問題。あなたたちが戦うなんて以て(もって)(ほか)よ」

「お城を、捨てるんですか」

「この場所は、すぐに取り戻すわ。裏山にお墓もあるし、家畜も回収しなきゃ。南東4村のひとたちも自分たちの家に戻りたいでしょうし」

「だったら、なんで……」

遷都(せんと)を考えてたの。不便すぎるし手狭だしで、ここ発展させる余地が全くないから。イグノちゃんが隠してたレイチェルちゃんの秘密は計算外だったけど、それも含めて良い機会だわ。新生魔王領の王都はメレイア。でも、しばらくはルコックが暫定的な魔王城ってことになるのかしらね」

「……るこっく?」


 首を捻るカナンちゃんたちに何と説明しようか迷っていると、イグノちゃんが魔珠に映像を映し出す。


「陛下、敵本隊の到着は明日の昼ですが、先遣隊や斥候は魔王城周辺に潜伏しているようです。裏山に動きが」


 魔珠には、機械式極楽鳥(ハミングバード)から送られてきた監視画像が映し出されている。体温感知機能(サーモスタット)によるものなのか、裏山の茂みや稜線上に敵を示す赤い光が灯っていた。


「魔族かどうかはわかる?」

「確証はありませんが、動きと錬度から、おそらく森精族(エルフ)だと思われます。人間だとしたら化け物レベルの精鋭ですが……爆撃してみましょうか」

「要らないわ、延焼すると厄介だし。予定通り、ここでお迎え(・・・)してちょうだい」

「御意」


 イグノちゃんが立ち去ると、アタシは獣人娘たちを手招きする。いまの話を聞いて、不安そうな表情がますますひどくなっている。


「も、もう囲まれてるんですか」

「実は、さっきの城内放送、オープンチャンネルだったの。もしかしたら敵も盗聴・傍受していたんじゃないかしら」

「……聞かせた(・・・・)んですね」

「そ。城は捨てるんで、使いたい方はご自由にどうぞってこと。……使えるものなら(・・・・・・・)ね」


「「「「……」」」」


「そんなに深刻な顔しないの。魔王領を捨てるってわけじゃないわよ。こんなの叩けば壊れる、ただの建物でしょ。また作ればいいわ。見てなさい、メレイアにもっと大きくて素敵なお城をドーンと建てちゃうんだから!」

「で、でも」

「そりゃ、腐っても自分の城なんだもの、明け渡すのは惜しいし悔しいわよ。でも、領民(みんな)の安全を確保しながら戦うのは無理。だったらいっそ、この機会に全部いっぺん引っくり返してやり直そうかなって、思ったの。新生魔王領民(あなたたち)がいれば、アタシたちはまだまだ戦える。支えてくれたら、誰が相手だって勝ってみせるわ」

「「「「……はい」」」」

「じゃ、お嬢さんたち、下に行っててちょうだい。工廠の奥に扉があるから、そこから先に進んで。アタシたちもすぐに降りるわ」


「まおー?」


 カナンちゃんたちと入れ替わるように、開け放された窓からパットが入ってくる。

 外を見ると、徴用から解放されたらしい獣人男性数十人が城門から入ってくるところだった。

 上空で旋回する機械式極楽鳥(ハミングバード)に動きはない。裏山の斥候は監視態勢のままなのだろう。

 中庭に入ってきた獣人男性たちのなかに、虚心兵(ゴーレム)に抱えられたひとが何人かいるのに気付く。


「パット、怪我人は?」

「だいじょぶー、あれ、つかれちゃった、じいちゃん」

「全員無事に解放されたの?」

「うん、よんじゅー、さんにん」


 事前に聞いていた人数と同じだ。


「いいわよ、総員撤収! 指揮官と各グループのリーダーは、城内に残った人がいないか再確認してちょうだい」

「「「はッ!」」」


 イグノちゃんが小走りで戻ってくる。手には魔珠の付いた小箱。


「陛下、薬剤樽設置完了しました。起爆は感圧式と接触式の併用で、安全装置の解除は撤収後に遠隔操作で行います」

「お願い。……唯一の心残りは、御遺体と御遺骨ね。いつか戻って蘇生させてあげたいんだけど」

「可能な限りですが、山側の奥に改葬しました。いまのところ、出来るのはそこまでです」

「ありがと、さすがねイグノちゃん」

「陛下、私は……間違っていました」

「そんなことない、感謝してるわ。一番頼りになる、新生魔王領の重鎮だもの。あなたは完璧よ。もう誰にも、悪夢だなんていわせない」


 ポカンとした表情のイグノちゃんが涙ぐんで、アタシは静かにうろたえる。張り詰めていたんだろう。無理もない。彼女には何もかも背負わせてしまっていたんだから。


「陛下、どうかしました?」


 設備と残留者の最終確認を済ませて、ミルズちゃんと部下たちが戻ってくる。


「なんでもないわ。そっちは?」

「設置状況問題なし、残留者ありません」


 アタシを先頭に最終確認を済ませた管理職チームも工廠に向かう。殿は階級最上位のミルズちゃん。最後に工廠内に入った彼女は、無人の城内に敬礼をして、密閉式の頑丈なドアを閉じる。


 アタシは、なんだか、おかしな気分だった。ホッとしたみたいな、胸が痛いみたいな。


「どうされました?」

「変な感じよ。足枷になってたものを手放してスッキリしたような嬉しさと、ずっと大事にしてたものを置き去りにするような切なさと、いろいろ入り混じって混乱してる。何ていったらいいのかしらね」

「わかるような気がしますよ、陛下。自分も、軍に入るため初めて家を飛び出したとき、思ったんです」


 困ったような笑顔で、ミルズちゃんが笑う。


「……“ああ”、って」


 いろんな思いが交錯して、何もいえなくなる感じ。なのに何かが溢れ出して、声になってしまう感じ。万感の思いを込めた、吐息のような一声。

 アタシも、心のなかでそれを漏らす。


◇ ◇


 シェルターのなかで、点呼を終えたアタシたちは移動しようとしてドアがないのに気付く。魔珠で工廠長に訊こうとしたが、質問より前に返答が返ってきた。


「イグノちゃん?」

「問題ありません。いまシェルター区画ごと“ルコック”まで降下中です。3・2・1……収容しました」


 壁面が下がり、倉庫のように殺風景な空間が現れる。というよりも倉庫、なのだろう。避難民の持ち出した資材が村ごとに整理され簡易梱包され床に固定されている。

 狭い廊下を通って先に進むと、なかは少し蒸し暑くなる。手持ち無沙汰なのかタッケレルの娘たちがキョロキョロしながら歩いていた。


「ねえタイネちゃん、なんかここ蒸し暑くない?」

「そうね、でもあたしあったかいの好きだし、このくらいでも悪くないかな」

「う~ん……」

「ヨックちゃんは暑いの嫌いだっけ」

「そうじゃなくて、この湿度と音と振動の感じ、どっかで……」

「……厨房?」

「「「「それだ!」」」」

「カナンちゃん冴えてる、そうよ魔王城の厨房に似てるの。それで親近感が湧いたのよね」

「いわれてみればなんか匂いも似てる」

「ご飯の準備でもしてるのかな?」

「私たち抜きで? 誰が? それに、調理の匂いはしないけど」

「ああ、みんな。この暑さは訳ありなの。もう少ししたら楽になるから、ちょっとだけ我慢してちょうだいね」

「「「「はーい」」」」


「陛下、こちらへ」


 奥から出て来たイグノちゃんが、アタシに上層に向かう階段を手で示す。


「兵士と避難民の皆さんはこのまま奥へ。男女別大部屋に分けてあるので、そこで休んでいてください。落ち着いたら食事を用意します」


 狭く細い階段を上がって上層へ。専属スタッフが詰めるはずの区画は、完成間際とあってまだひと気もまばらだ。

 アタシの姿を見て、男性数人が駆け寄ってくる。ヒルセンで見た顔だ。イグノちゃんに雇われたのだろう。


「陛下!」

「ああ、お構いなく、お仕事続けてちょうだい」


 手を振りながら声を掛けると、それぞれ片手でお祈りするようなポーズをして作業に戻ってゆく。


「ねえイグノちゃん、みんなしてるあれ、なに?

「前に陛下から聞いた“敬礼”ですが、何か違いましたか」


 違うような気もするけど、別にいいか。アタシは首を振って話を戻す。


「それで、機能は問題ない?」

「はい、なんとか。陛下のいわれた機材の構造と用途はすぐわかりましたが、その真価を本当に理解できるようになったのは完成間近のことです。驚いたというよりも、恐ろしくなりましたね」


 最上層の小部屋に入り、中央の少し高くなった椅子に掛ける。

 これはこれで、男のロマンよね。


「1番から4番缶、加熱よし」

「1番缶解放用意」

「1番缶解放!」


威勢のいい声がして、音と振動が伝わってくる。話には聞いていたけど、いよいよアタシたちの新しい旅路が始まる。


「アタシが考えたわけじゃないんだけど。元いた世界ではずいぶん古い時代のものよ。あんな簡単な作りで遥かに高性能の物を作り上げたのはイグノちゃんの功績だし」

「それでも、です。だいたい、誰が考えます……?」


 イグノちゃんは最前列の窓の手前、操作卓に囲まれた大きな転輪に触れて、振り返る。


「……圧力釜で、戦闘艦を動かそうだなんて」

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