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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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初めてのお留守番

 セバスちゃん改めセヴィーリャが城を出た日の昼過ぎ、魔王領の玄関口にある商都メレイアを王国からの使者が訪れた。

 メレイアの外れにあるアタシの店、“魔王の隠れ家《ハーンズハイドアウト》”に通された人物は、フードで顔を隠し、気配まで消した王宮付執事(・・・・・)クリミナス。

 元魔王両軍の将校でもある彼がもたらした急報は、いささか判断に困るものだった。


「帝国海軍が動いた?」

「はい。その他にも、いくつか気になる動きが……」


 クリミナス氏が帰ると、もらった情報を共有し状況を照らし合わせるため魔王城直結の魔珠回線を開き、メレイア常駐の重装歩兵部隊長バーンズちゃんを呼ぶ。

 すぐに現れた彼女は売り子の仕事をする日ではなかったらしく平服だが、緊迫した状況を察してか携行用の片手剣を持っていた。


「戦争ですか」

「そうなれば、だけどね」


 海軍自体は、そう大きな問題ではない。魔王領の沿岸は大きな湾になっているうえに遠浅の砂浜だ。内陸にしかない市街地に対して、帝国海軍に出来ることなどない……らしい。

 魔珠経由で話す工廠長イグノちゃんによれば、だが。


「大丈夫ですよ魔王陛下、砲艦の攻撃は岸まで届きません。喫水の浅い小型の船なら入って来れるかもしれませんが、上陸までに全部こちらで沈められますし」

「え? ヒルセンの開発って、もうそんなに進んでるの?」

「開発そのものは、まだまだ始まったばかりですが、住民の誘致と移転は順調、というかほぼ完了してます」


 海沿いに暮らす唯一の魔王領住民、ヒルセンの漁民たちは既にイグノ工廠長の技術の粋を尽くしたヒルセン新港――という名の湾岸要塞に移転を済ませている。住居や仕事も提供され、早くから拡張工事や塩や海産物の生産に励んでいるそうだ。


 正直なところメレイアにかまけてヒルセンの開発はイグノちゃんに一任(という名の責任放棄)していた。その間にも鬼才工廠長は輜重隊が不在の魔王城で彼らの悪夢を着々と進行させていたのだ。


「お金でも資材でも人手でも、足りなかったらいってね」

「いえ、予算申請は通ってますし、ご祝儀もいただいてます」

「そう、だっけ?」

「魔王陛下は“がんばってね”って、金貨の詰まった革袋をくださったじゃないですか。ええと……“ボーナス”でしたか、特別褒賞として給金に上乗せしたんで、ヒルセンのひとたち大喜びでしたよ?」


 ああ、ええと……記憶にあるような、ないような……


「思い出したわ。漁民のホーメイさんとこから干物の詰め合わせをもらったんだった。素晴らしく美味しかったものアレ」


 ふっくらプリプリで海の香りがいっぱいのそれは、簡易保存食としてメレイアの市場に(ということはつまり王国の市場に)出せるかどうかの検討に入っているはずだ。


「というわけで、海軍は問題ありません。問題は……」

「叛乱軍ね」


 懸念されるのは、それが意図したものかどうか不明だが、帝国海軍と時期を同じくして進軍を開始した叛乱軍部隊だった。

 機械式極楽鳥(ハミングちゃん)虚心兵(ゴーレムちゃん)隘路(あいろ)(狭くなった通行の難所)を崩落させるなど、いくつかの足止めを行ってはいるが、早ければ2日後には魔王城の攻撃圏に入る。


 しかも、その侵攻ルートはアタシたちが奪還した(というか帝国軍を殲滅したときに(くだ)ってきた)魔王領南東部を通過するもの。もちろん防衛のために戦力を配置したかったのだが、そのときは人手が足りず、支えるだけの物資も経済基盤もなかったから後回しにしていたものだ。

 お金も物資も潤沢になり兵器も開発され兵力も戻ってきてこれから再編成を行い、まずは地域防衛の軽歩兵部隊を地元に戻そうとしていたところだったのだが、そんなものは言い訳にもならない。


機械式極楽鳥(ハミングちゃん)は総数42、全羽爆装で上空待機中。爆撃は、可能です……が、こちらにも少し問題が」

「もしかして、叛乱軍の進路上に民間人がいるの?」

「はい。ルート上には村が4カ所。略奪を受けた様子はありませんが、成人男性の多くが労役として徴用されています」

「爆撃は許可出来ないわ。出来るだけ、領民を巻き込みたくない」

「陛下、戦禍を逃れようと山道や街道を城に向かう避難民が見受けられます」

機械式荷馬車(トラック)を出して。出せるものは全部。主力はミルズ少尉の地元駐留部隊にお願いするわ」

「御意」

「陛下、自分たちの部隊は」

「バーンズちゃんは、メレイアの防衛。帝国軍の意図が読めない以上、帝国領と接するここをがら空きには出来ないわ。今回は彼らだけで大丈夫よ、敵の殲滅より領民の保護を最優先にするから、勝手知ったる地元駐留軍(かれら)の方が向いてると思うの。アタシもここで様子見だから、我慢してちょうだい」

「……御意」


 人虎族曹長は、しょうがないといった顔で口を閉ざす。

 出番がないと残念そうな戦闘狂の古強者相手に、いい機会だからとアタシは意見を求める。


「正直なところを聞きたいのだけれど、上級魔族とぶつかって勝算は」

「同数とはいいません、3倍や5倍なら存分に暴れてみせましょう。こちらが流れを掌握して準備を尽くし、待ち受けるなら10倍でも後れを取ることはありません」

「そんなに」

「獣人族が上級・中級魔族よりも優れているという意味ではないのですよ。彼らは間違いなく脅威ですし、正面戦力として考えた場合、下級魔族よりも遥かに強力です。が、いまは、条件が違い過ぎますから」

「それはつまり……攻める方と守る方?」


 砦を攻めるには防衛側の3倍の戦力が必要なんだっけ。


「突き詰めればそうですけれども、単純な話でいえば補給です。叛乱軍には継戦能力がない。手持ちの物資は底を突いてるでしょうし、支配地域にも彼らを支え続けるほどの余力はない。いずれ略奪か侵略する以外に生き残る術はなくなるのですが、それは魔王領の掌握を最終目的にしている彼らにとっては自殺行為です。手足を縛られて飢えた軍など、実力の半分も発揮出来ませんよ」


 そうだとしても、数はいまでも叛乱軍が優位だ。戦力差が10倍までで収まればいいけど、新魔王両軍の主力は蘇生者と地元駐留部隊で60前後、敵は元魔族軍だけでも3000はいる。こちらが籠城側だとしても、50倍の敵を相手にするのはキツい。

 まして相手は揃って強力な魔法を使うらしい上級魔族と、弓の名手森精族(エルフ)と怪力小匠族(ドワーフ)なのだから。


 王国から取り戻した近衛の350も含めれば戦力差は7倍程度にまで近付けられる。でも近衛歩兵部隊(かれら)を主戦力に取り込むことには、どこか不安があった。

 裏切るとまでは思わないが、何かアタシたちではない誰かの合図を待ってるような危うさがある。それでなくとも、長い禁固生活で心身ともに本調子じゃない。


 それで頼りにするのが蘇生者というのは、激しく矛盾しているのだが。


 頭を悩ますアタシの耳に、魔珠から妙に急いたイグノちゃんの声が入ってきた。


「陛下!」

「救出部隊に問題?」

「増援が必要なら自分が出ますが」

「そっちじゃないです、撤退は順調。問題は北東部」


 北東部? 魔王領の? ……何かあったっけ。


「共和国軍が魔王領国境を越えました。投石砲兵を中心に据えた攻城戦力、約7千」


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