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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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広がってゆくもの

 魔王領の商都マーケット・メレイアの片隅。裏通りにある小さなバー、“魔王の隠れ家(ハーンズハイドアウト)”で、アタシはこれまでの決算書類をもとに今後の展望を話し合っていた。

 傍らには数字に明るく有能なレイチェルちゃん。最近はメイドというより秘書兼人員取りまとめ役という立ち位置で動いてもらっていることが多い。

 テーブルの向かい側には、ルーイン商会の若き会頭。彼は現在唯一の“魔王領商品公認取扱商”として、王都では飛ぶ鳥を落とす勢いの人物なのだ。それだけの才覚はあり、努力もしている。魔王領(ウチ)にも十分以上の貢献をしてもらっている仕事上のパートナーだ。

 いまもまた、こちらの無茶振りに笑顔のまま固まってはいるが。


「それで、会頭。商会の方はどうです?」

「順調、といっていいかとは思いますが、正直にいうと現場は常に大混乱です。魔王領公認は大変名誉なことで嬉しいのですが、実際にはうちの店の棚に魔王領の商品が並ぶことはほとんどありません」

「荷は届いてますよね?」

「ええ、もちろん。ですが、店に入れるより前に売れてしまうのです。特に菓子類と整髪料は、凄まじい人気です」

「輸出を増やすにも限界はあるわね。こちらの生産量もあるけど……」

「はい。主に、政治的な。金銀の流出を王冠債で押さえているとはいえ、感情的な部分は別です。それと、既存の菓子店や薬剤店がいくつか潰れています。上流階級の顧客を持った店にまで及ぶと厄介です。恨みを買う前に、何か対策を取った方が良いとは思うのですが……」

「それなら、良いものがあるの」


 アタシは持ってきた企画書とチラシをルーイン会頭に渡す。


「……こうしゅう、かい……とは?」

「お菓子作りの講習会。みんなで集まって、作り方を教えながら、作ってみるの。家庭の奥様とか御嬢さんたちに参加してもらう一般庶民向けと、上流階級の専属料理人とか店を持った菓子職人向けの両方を考えてみたわ。好評ならお菓子以外の料理もね」


 料理に関しては講習会でどうにかなる問題とは少し違うようなんだけど。

 ベーコンとかソーセージは、似たようなものが王国、というか大陸全土にあるが、保存用の(それが本来の姿ではあるんだけど)塩漬け肉に近い。香辛料が高価で、肉もほとんどが農耕用に飼育された廃牛だけなので味も調理法のバリエーションも少ない。貧民肉と呼ばれているらしい鶏肉もそうだが、調理法以前に不味い肉を改善したら格段に美味しいものになる。逆にいえば、そこを変えなければ、調理法だけで改善は難しい。

 パンが無発酵か発酵が弱い硬焼きパンなのも辛いのよね。前の世界で酵母を使ったパンって中世より前になかったっけ……


 考え事をしている間も、ルーイン会頭はポカンといた顔でこちらを見ていた。


「どうかされました?」

「いえ、誰でも作れるようになりますが?」

「なりますね。同じとまではいかなくとも、少なくとも形にはなります」

「そんなことをして、魔王領(そちら)は大丈夫なんですか?」

「アタシはわからないけど、ウチの職人()たちは大歓迎だって。技術を盗まれるって意味なら、使っているのはそんなに凄い技術じゃないみたいなのよ。発想と素材の選択が凄いだけでね」

「……とても信じられませんが、対策としては文句ありません」

「実力の差を思い知らせてやるって、思ってくれれば王都の菓子店もレベルが上がる。それに影響されて周囲も頑張る。そりゃ大変だし付いて来れなければ店を畳む人も出るだろうけど、悪いことじゃないと思うのよね。それに……」


 アタシは笑う。


「ウチの腕利きメイドの試算によれば、素材が売れるだけでも十分に儲けられるわ」

「そうでしょうね。実際、魔王領の薬草(ハーブ)とスパイスは引く手数多なのですよ。その他の食材や宝飾・服飾材料についても問い合わせが来ています。いくつかはルーイン商会(うち)の手に余るものがありますから、直接交渉を考えていただけますか」

「あら、会頭さんともあろう方が、無欲になったものね?」

「顧客の期待に沿えず失望させるくらいなら、より有能な信用できる人間を厳選してご紹介する。それが商人です」


 有能な人間は案外いるものだけど、いちど自分が手にした物を他人に任せられる者は少ない。自分と他人を見る目に自信があるか未来が見えているか、何にしろアタシのような貧乏性の小人にはなかなか出来ないことだ。


「まだ先の話だとは思うけど、良い商品を作るひとが出て、そのひとが乗り気なら、メレイアに店を出してもらうことも考えてるの。そのときは会頭にも相談に乗ってもらうわ」

「もちろんです」


 アタシは、新しい段階に足を踏み出す。ではまず、鶏肉とそれを巡る(・・・・・)計画の話から。


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