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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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魔珠とティアラ

 王妃陛下によれば、アタシは肝心なところで手の内を晒し過ぎるのだそうな。

 しかも普段使い(・・・・)の手がひどく周到なため、晒された相手はこちらに正直さよりまず裏の意図があると感じ、その裏を読もうとする。

 そんなものは、ないんだけど。

 結果は、まあ上手くいったり、いかなかったり、場合によっては考え過ぎて自滅してくれたりするわけで。


 ともあれ、今回に関しては王妃の計らいで死刑執行を停止し、返還の手段と条件を詰めてくれることになった。


「カナンちゃん! カナンちゃん、いる!?」

「はいはーい、魔王様どうなさいました?」

「どうもこうもないわよ、あなたこれ……なんてものを作ってくれちゃったの!?」


 魔王城の厨房。血相変えて乗り込んだアタシは、そこで唖然として足を止めた。

 手にした小さなバスケットには、“試食してください”というカナンちゃん直筆のメモが刺さっている。いつの間にやらアタシの私室の執務用机に置いてあったものだ、が。それが問題なのよ。


「お召し上がりいただけました?」

「いただけましたわよ。ましたけど……え? みんなして何してるの、これ」

「「「お邪魔してまーす」」」

「そんなことより、ご覧下さい。工廠長の伝手で紙細工の職人さんを紹介していただきまして、箱の試作品が上がりました。可愛いでしょう?」

「いや、そうじゃなく……って、アラ本当。可愛いわね。すごく凝ってる。これ、宝箱?」

「はい!」


 簡素なボール紙で組まれた菓子箱は、上手いこと素材感を生かして迷宮なんかで発掘される宝箱を模してある。開けるとなかから新商品が現れるわけだ。それがまた、演出として上手い。箱の中敷きになっているのは、たぶん粗悪な藁半紙を色抜きした物。宝物を包んでいた絹が風化した(てい)だ。

 問題は、その宝物。


 ティアラの形をした白いプレッツェルには粗塩が水晶のようにちりばめられ、その脇ではキャラメルコートされた膨化穀物(パフ)が紅いドライフルーツと砕いた金茶色のナッツをまとって魔珠の原石のように艶つやと禍々しいばかりの輝きを見せる。


 しょっぱいプレッツェルと甘くホロ苦いキャラメルパフをいっしょに口に入れたら、もう終わり(・・・)だ。完全に、理性が飛ぶ。手が止まらない。食べるのを止められない。どう考えてもカロリー高いのに。甘くて、しょっぱくて、フワッとして、カリッとして……左右の連打を受け続けるボクサーのように、棒立ちのまま良いように食らい続けるしかない。


「どうしてくれるの! あんまり美味し過ぎて全部食べちゃったじゃない!」

「お褒めに預かり光栄ですッ!」

「褒めてないわよ! いや褒めてるけど! 何なのよもう! 夜には王妃陛下とメレイアで会食の予定が入ってるのに! あんたダイエットの敵よ、悪魔だわ!」


 完全に逆切れである。カナンちゃんもニコニコして「それはもう、魔族ですから」かなんかいいつつ華麗にスルーして作業に戻る。


 ……作業?


 そう、それよ。この厨房いっぱいに積まれた紙箱と手作業を続ける若手スタッフたち。どっかで見た顔だと思ったらタッケレルの若い娘グループじゃないのよ。


「“試食”と“試作品”て、あなたもう思っ切り量産体制に入っちゃってるじゃないの」

「ええ、私たち――」

「「「“魔珠とティアラ”開発チームですッ」」」

「ハモッた! ていうか、商品名まで決定してるし!?」


 アタシは世間話レベルでちょびっと新作のアイディアを話しただけなのに。しかもそれ一昨日よ? どうなってんのよ。


「工廠長も紙細工の職人さんもノリノリで、タッケレルの子たちはメレイアで仲良くなったんで誘っちゃいました」

「「「誘われちゃいましたー♪」」」


 あら、もう可愛いわね。獣人族の子犬(狼だけど)に子猫(虎だけど)に子牛に子猪(縞模様)と、目ぇキラキラさせてキャピキャピ(死語)したメイド服の若い娘さんたちが並んじゃって、年食うとそういう若いオーラに弱いのよ。


「それで……魔王様、これ売れますか?」

「そんなの、売れるに決まってるじゃない! メチャクチャ売るわよ、大儲けして支店いっぱい出してあんたたちみんな店長にしちゃうんだから、覚えてらっしゃい!」

「「「はーい♪」」」


 とりあえず、王妃陛下との会食の場に乗り込むとき、これは凄まじい威力を果たしてくれる。民が優秀だと王は楽させてもらえるわ。


 アタシは部屋から持ってきた革袋を、厨房の端に置く。さすがに銅貨の山を持たせるのは酷だから大銀貨だ。今後もメレイアで働く彼女たちなら崩すのに不自由はない。


「帰る前に、ひとり1枚持ってってね」

「え? でも、まだ正式に商品になったわけじゃないので、いただくわけには……」

「ダメ、これはお仕事よ。ちゃんとお金を受け取って、責任を果たすの。大事なことよ」

「「「はーい、ありがとうございまーす♪」」」


 何なのよ、いちいち可愛いわね、もう!


◇ ◇


 ホテル・メレイア最上階の展望大広間。会議や催事用に作られた15メートル四方ほどの多目的スペースで、ステージと出入口がある以外の3方向にはイグノ工廠長特製の板ガラスが全面に張られ、抜群の眺望を誇る。

 ……のだが、いまは誰も窓の外のことなど気にしてはいない。


「……むぐぐぐぐッ!!」


 憤怒の表情で身を強張らせる姫騎士殿下。右手にプレッツェル、左手にキャラメルパフ。交互に目をやりながら必死に何かと戦っている。たぶん、食欲だ。あれを食べ始めて手を止められるほどの忍耐力があるとしたら、殿下の評価を改めなければいけなく……あ、食べた。

 その横では王妃陛下が、開かれた紙の宝箱を前に笑顔を強張らせている。


「こちらの“魔珠とティアラ”ですが、お召し上がりいただいたのと同じ物を50個、先ほど執事のクリミナスさんにお渡ししてあります。試作品ですからお代は結構です。お持ち帰りいただいて、御検討を」

「検討の余地などあるかッ!」

「あら」

「こんな大成功間違いない物を、撥ねつける馬鹿などいるものか。しかも、この発想。王国と魔王領の紐帯(つながり)、色彩と食感による対比の妙と、そこに隠された競いつつ(・・・・)高め合う(・・・・)相互関係(・・・・)の暗喩、後は何だ、どんな企みを仕込んである!?」

「マーシャル、落ち着いて」

「落ち着いている場合ですか、これは……彼の宣言通り、王国文化に対する侵略(・・)ですよ! あと単純に美味過ぎます」

「それが最大の問題ね。ただ、侵略という部分はどうかしら。このふたつの組み合わせは、王国の(・・・)既存文化(・・・・)に敬意を持つという意思表示でもあるわけでしょう?」

「それは……そうですが」


 勝手に深読みしてくれてる部分もあるけど、こちらの意図を汲んでくれているところもある。なんにしろ非常に――あるいは過剰に、気に入ってくれたようでなにより。後でカナンちゃんたち開発チームには追加褒章を出さなくちゃね。


「追加契約のご提案ですが、王国からいただきたいのはレシピの使用許可、小麦の輸入と“王家御用達マーク”の承認、こちらからお出しできるのは菓子と薬草、畜肉と塩です」

プレッツェル(これ)のレシピは最初から王家のものではありませんし、販売への協力も、原材料の輸出も問題ありません。王国での魔王領商品の販売はルーイン商会が請け負っているのでしたか?」

「ええ。色々と便宜を図ってももらってますし、手続きや根回しにも慣れていますから」

「では、課税額や取引量は詳細は彼を通して行いましょう」

「それと、メレイアで使用する水ですが、魔王領の水源からは距離があり過ぎ、取水量も足りません。リニアス河からの取水許可をいただきたい」

「南部領なら、マーシャルが便宜を図れると思いますよ」

「それは問題ないが、マーケット・メレイア(あそこ)の水は全てそのまま飲めると聞いた。実際、かなり美味かった。あの浄化は魔法によるものか?」

「魔道具と、新開発の特殊素材、それと浄化用の薬草を使い分けています。用途や条件によって最適な手段は違いますから」

「それを販売、もしくは技術移転してもらうことは」

「可能です。薬草は販売可能ですが、浄化できる量は少ないです。魔道具と新素材は扱いが難しいので、保守管理込みの業務委託(リース)……もしくは、共同で浄水場を建設することも出来ますが」

「クリミナス」

「御意、王妃陛下。商業案件については契約文書の御用意に2日、窓口はメレイア(こちら)でよろしいでしょうか?」

「ええ。受け取り次第、すぐ返答出来るようにします」

「この件は領主館で締結まで進めて結構ですよ。王城では、しばらく外交案件(・・・・)に専念することになりますから」


 さて、挨拶代わりの前交渉は終わり。いよいよ本題だ。

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