ミスフィッツ・イン・アクション3
御者兼護衛を務めるのは、ミルトンちゃんとポーラちゃん。栗毛で短髪の少年ぽい子がミルトンちゃんで、黒毛の長髪をポニーテールにしている大人っぽい(けど売り子のときテンパってた)子がポーラちゃん。階級はふたりとも上等兵で、同期入隊の仲良しらしい。
地味目に仕立てた魔王領の軍用礼服に身を包んでも可愛らしさを微塵も隠せていない猫耳美少女たちだが、ふたりともタバサ伍長の分隊で前衛を任されている命知らずの猛者だ。
通常の分隊は6名から10名らしいのだけど、タバサ分隊は彼女たちの他に分隊長のタバサ伍長と後方警戒のペルム上等兵の女性4人で構成される小人数構成の潜入工作分隊なのだとか。
軍事の話は正直よくわからないものの、優秀なことだけは窺い知れる。メレイアで売り子をしていた姿の印象が強過ぎて、全然そうは見えないんだけど。
さて、最初の関門ね。最近ようやく門を開くようにはなったけど、警戒も厳しくなった王国軍の南部国境城砦。前に訪れたときはダラけていた兵士たちもいまは武器を手に、ちゃんと2名で門を守っている。
「「お願いしまーす」」
「……お、おう。通過許可証は」
「はいどうぞ、申請者は3名で積み荷は木箱がふたつ、金貨と食料品。どちらも王女様への献納品です。こちら検品用のサンプルです、よろしかったらお召し上がりくださーい」
……なんかミルトンちゃん、営業期間中に頑張り過ぎたせいか完全に売り子モードになってる。そりゃ袖の下として用意した物だけど、やりすぎ。というか一応仮にも警備兵がそんな笑顔にごまかされるとは……
「え? もらっていいのか? これ確かルーン商会の……」
「えぇー? ご存知なんですか、嬉しい~ッ!」
「そ、そりゃな。ここいらの女たちが奪い合ってた菓子だろ?」
「ちょっと違うんです、もっとスゴい新製品ですよー?」
「うわぁあ……」
ごまかされた! 完全に転がされてるし!? ミルトンちゃん怖ろしい子、ていうか魔王領の子そんなんばっかじゃないの!?
「おいヘンケル、積み荷の確認済んだぞ。デレデレしてないで働け」
「あ、うん、許可証問題なし、行っていいぞ!」
心配していた国境城砦の検問も、彼女たちのおかげですんなり通過できた。事前に姫騎士殿下から書類を渡され話も通ってたことも大きいだろうけど、美少女ふたりに笑顔で話しかけられた王国軍兵士たちは、あきらかに動揺(と昂揚)を隠し切れていない。
締りのない笑顔で手を振り返してるし。仕事しなさいよもう。
「魔王陛下、仕掛け罠設置成功です」
「ですね。ミルトンは陛下のおっしゃる“せんざいてきこきゃくそう”を制圧しました。この調子で戦果を重ねれば、敵陣に心的衝動の連鎖を起こせます。我が軍の勝利は間違いありません」
「あ……うん。そうね。でもそれは、あくまでも商業的に、ね?」
「「はッ!」」
この子たち、わかってるんだかわかってないんだか、わかってるけどわかってない振りしてるんだか、よくわからないのよね。可愛いからいいけど。
「「いざ、敵本陣へ!」」
若い子って、逞しいわ……
◇ ◇
国境を抜けると、王都までは直線距離で20キロちょっと。王国内は水路が多く橋を渡る関係で何度も迂回することになるが、それでも馬車で2時間も掛からない。
その距離感覚に、いまさらながら王国側が警戒する理由がわかってきた。
「魔王陛下、あの森の向こうが、コンカラーですね」
御者台に座ったポーラちゃんが、少し高台になった街を指した。王女殿下の領主館が置かれている、南部領最大の街だ。王都への迂回路は、そのすぐ脇を通る。というよりも、防衛のためにわざとそうしたのだろう。
「……メレイアから、本当にすぐ近くなのね。殿下がお忍びでホイホイいらっしゃるわけだわ」
「お隣さんですね~」
そんなに無邪気に喜んでいられる関係になれればいいんだけど、まだ少し障害はあるみたい。いままさに、それが森の前で道を塞いでいる。
身なりは野盗の集団といった雰囲気だけど、武勇で知られるあの姫騎士が、領府の前庭にそんなものを放置しているとは思えない。
「つまり、あなたたちは王宮からの刺客ってことなのかしら」
男たちは総勢10名ほど。こちらの反応を無視して、それぞれに弓や槍を構え、剣を抜く。そんな良い武器持った野盗がいるわけないじゃないの。弓の援護のもとに槍を前衛に出し、剣持ちを側面から回り込ませるって、どんだけ精鋭の盗賊集団よ。
「魔王陛下、どうされます?」
動揺など微塵も見せず、猫耳美少女たちはアタシの指示を待つ。それはつまり、殺していいかを訊いているのだ。
「手間を掛けることになるけど、生け捕りに出来る?」
「「御意!」」
馬車から下りると同時に、彼女たちの姿は消えた。下級魔族で魔力こそ低いとはいえ、元々は数十キロの重甲冑を着込んで戦うのが身上の重装歩兵なのだ。その筋力を全て速度に振れば、人間の兵士など敵ではない。
槍を構えた前衛3名が意識を刈り取られて膝から崩れ、2名の弓持ちは番えた矢を放つ間もなく吹き飛ばされる。何が起こったのかわからず足を止めた攻撃本隊の5名も横っ面を張り飛ばされクルクルと宙を舞って動かなくなる。
「「制圧しました!」」
「ご、ご苦労さま。ええと、縛って荷台に積んじゃいましょうか」
自害防止用に猿轡をはめ、両手足を縛って武器と一緒に荷台に詰め込む。
嫌な手土産が出来ちゃったわ。こういう方向で心理的優位を取る趣味はないんだけど。
◇ ◇
「この場で斬り殺されたくなければ、さっさと吐け! 何の魂胆があって王城に足を踏み入れる!」
「ですから、何度もいってるじゃないですか。王女殿下に面会の約束があるのです。書類も揃ってるでしょう? 何が問題なのですか」
「問題は貴様ら自身だ! 荷台に王国民を隠していたのが敵意の証拠でなくて何だというのだ!」
「ああ、もう……」
王都の城門は、さすがに美少女の笑顔だけですんなり通れるものではなかった。説明は無視され許可証は取り上げられ、問答無用の武装解除を命じられていたアタシたちは早くも爆発寸前だった。
騒ぎを聞き付けたらしい王女殿下の使いが小走りにやってきて、熱り立った兵を下がらせる。
「た、大変失礼いたしました、魔王陛下。執事が城内へご案内いたします、そのまま正面までお進みください」
「……まッ」
憤懣やる方ないといった表情で脇に避けていた衛兵たちが、魔王と呼ばれたアタシを見て再び武器に手を掛け身構える。呆れるほどの頑迷さだが、これは冷静な判断能力を失っているというよりも、おそらく……
「コーウェルの犬、ってわけね」
思わず口から出てしまった言葉に、衛兵たちは揃って顔色を変える。
「……貴様ッ! 殿下の仇ッ!!」
抜刀して切り掛かってくる男の前に、アタシを守るようにポーラちゃんがふらりと立ち塞がる。止める間もなかった。多分その必要も。
踏み込む動作も何もない、一瞬の擦れ違い。金属同士が打ち合うような、短く鈍い響き。
「げぷッ」
衛兵が目を見開いたまま動きを止め、顔面から崩れ落ちる。
「下がれ、下郎」
爪先で巨漢を蹴り飛ばすと、黒髪を逆立てた美少女が、冷えた声音で吐き捨てた。仰向けに転がった衛兵は身に着けていた金属製の胸甲が、ベッコリと凹んでいる。仲間が慌てて抱え起こすが、完全に失神しているのか泡を吹いたまま何の反応もない。
「なんてことを……」
「それはこちらの台詞です。手加減はしたので、死んではいませんよ。そもそも、犬の躾は、そちらの責任でしょう」
「……ッ!!」
「さあ、参りましょう陛下」
笑顔でアタシに振り返ると、ポーラちゃんは平然と御者台に戻る。蹲ったままの衛兵たちを、ミルトンちゃんが静かに見据えていた。彼女の表情が示す意思は明白で簡潔。
下手な動きを見せたら、今度こそ手加減はしない。
アタシは再び馬車に乗り、敵意から殺意に切り替わった視線を背にして、城門を潜った。




