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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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レイチェルの困惑

「あなたが必要なの」


 魔王陛下の言葉が、頭のなかで木木霊(こだま)する。

 あの日、ベッドで目を覚まされた陛下はまず私の名を呼ばれた。私は目の前に平伏する。もちろん、いつも通りキチンと身支度を整えた姿で。陛下のお心を乱させてしまったことを詫びようとしたが、その前に寝台から降りてきた陛下が私の胸倉をつかむと引き摺り起こして手足や首を引っ張り始めた。


「あ、あの陛下……えぅッ!?」


 殴られるのかと思って身を強張らせていた私は、いきなり強く抱き締められて慌てる。陛下は、私の無事を確認していたのだとかわった。


「良かった。死んじゃうかと思った。心配したんだから」

「……いえ、陛下。私は、死にません。不死者ですから、死なないんです。ですのでお気遣いいただく必要は……」

「馬鹿ッ!」


 指先で思い切り頬を捻り上げられ、陛下と間近で向き合うことになる。

 澄んだ瞳に映った私の顔は、ひどくちっぽけでみすぼらしく見えた。怒られた理由はわからないが、陛下が怒っているのは多分、私が悪い。孤児(みなしご)の倒錯者。呪われた混じり者(・・・・)。きっとそうだ。いままでもそうだったように、今度も、私が悪い。


「申し訳……」

そんな顔して(・・・・・・)謝るんじゃないわよ!」


 厳しい言葉と裏腹に、何か温かく柔らかなものが、私の心に流れ込む。馴れない感触に身を離そうともがくが、何の力もない筈の陛下の手は私を捕えたままビクともしない。


死んでる(・・・・)わよ! あなたは(・・・・)、ずっと! 死んだままじゃないの!」

「……ぇ?」


 陛下の顔が、目の前で歪む。心を満たした温かいものが行き場を失くして身体から溢れ出す。そこでようやく、泣いているのだと、気付いた。陛下ではなく、自分が。

 薄汚い捨てられた忌み子の、私が。

 ボンヤリしていた私は、その後に続いた陛下の言葉を聞き取れなかった。


「……陛下。いま何と、仰いましたか」

「あなたが必要なの。心も体も(・・・・)生きている(・・・・・)あなたがね。アタシも新魔王領(このくに)も、あなたがいなくちゃ、もうどうにもならないのよ。だから、勝手な真似はさせない。あんなことは、絶対に! もう二度と! させないんだから! わかった!?」

「……はぁ」

「イグノちゃん!」

「はい魔王様、出来てますよー」


 廊下で待っていたかのように――待っていたのだろう、入ってきた工廠長が持っていたのは、小さな樽ほどの大きさをした柔らかそうな硬そうなよくわからない代物。不可思議な白銀の輝きを放つ筒状のそれは糸車のように中央部が絞り込まれ、上下には可愛らしいレース状の飾りが付いている。何なのかはよくわからないまま押しつけられ、部屋の隅に連れて行かれる。


「え? ちょっと待って、アタシまだ何もいってないけど?」

「魔王様の考えることはわかりましたから、お(やす)みの間に作っておきました。魔導コルセット“縛ってちゃん”です」

「……あ、うん。ネーミングセンスは相変わらずね」

「お褒めに預かり光栄です。さ、レイチェル早く着替えて。サイズはピッタリすぎるほどピッタリだと思うけどね」

「な……なんでサイズ知ってるんですか! ちょ、着替えるって、ここで……やッ!?」

「いいからいいから……って、うわ何そのウェスト私より……いや肌白ッ! どうなってんのこの驚異の保水力ッ!?」

「イグノちゃんてば、ものっそいセクハラ親父みたい……いや、そんなことより、アタシの考えがわかったって、ホントに?」

「もちろんですとも」


 イグノ工廠長は筒状の魔道具(?)を装着し、後ろに回って装具を締め上げる。一瞬だけ息が詰まったものの、完全に締め上げるとスッと楽になった。身も心も(・・・・)。最初からこうあるべきだったような、喪っていた物を取り戻したような、奇妙な安堵感。


「ホラ完成、どうです?」

「あら可愛い。……んだけど、何で? さっきのはメイド服の下に隠れてるから違いなんてわからない筈じゃない? なのに前より、なんていうか……モヤッと(・・・・)した感じがするのよね?」

「それです! 魔王様それが、恥じらい感(・・・・・)ですよ。これが大事なんです。良い感じに出ているでしょう!?」

「あ、うん……あのねイグノちゃん、なんか性格変わったんだか地が出てきたんだか知らないけど、ちょっと目が怖いわよ?」


 私は、ほうっと吐息を漏らす。自分のなかで何が変わったのか、心の中の何が顕現し何が廃退したのか、そんなことはわからない。でもいまの気持ちをひと言でいうと。


 “もう何も怖くない”


「工廠長、何なんですか、これは」

「あなたに必要なものよ。装着者は自我の一部を魔法陣の所有者に譲渡するの。その代償に魔力の供給と精神的庇護を受ける。後は、ヒ・ミ・ツ♪」

「ちょっとォッ! 何してくれてんのイグノちゃん、それつまり奴隷紋じゃないの!?」

「違い……ませんけど、原理は。でも違いますよ。契約や罰則で拘束しているのではないのです。束縛しているのですよ、“愛”で!」


 ドヤ顔でいい切ったイグノ工廠長が、魔王陛下と見つめ合う。平静を装いつつも工廠長の背中からはダラダラと冷や汗が吹き出している。


「断言したってダメ。思いっきり目が泳いでるじゃないの。すぐ外して」

「……いやです」

「レイチェルちゃん?」

「これは、私のものです。もう誰にも、渡しません」


◇ ◇


 アタシはイグノちゃんと、こっそり目を見合わせる。

 我儘(わがまま)どころか自己主張さえしたことがなかったレイチェルちゃんが、初めてハッキリと自分の意見をいった。それが魔王であるアタシの意思に反することだとしても、迷いなく。正直いうと驚いたし、本音では束縛なんてしたくはなかったんだけど、それでも彼女の意思を尊重してあげようと思った。

 彼女の変化が、嬉しかったから。


「……魔王様?」

「もう、いいわよ。わかったわ。それで、あの“何だかちゃん”はちゃんと彼女の身を守ってくれるのよね?」

「それはもう。魔力も物理も呪いも毒も、秋波も防いで跳ね返します。いささか魔力消費が大きいのが珠に疵ですが、それは魔王様の溢れる愛でカバーしてください」

「良かった。いや、良かったのかわかんない物が混じってる気はするけど、まあいいわ。ありがとイグノちゃん」


 自分の身体を両腕で抱きしめるようにして、俯き加減に頬を上気させた彼女はこの世のものとは思えないほどに可愛らしく、そして幸せそうに見えた。


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