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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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レイチェルの決意

「置いてかれたこと?」


 結局イグノちゃんからは捗々(はかばか)しい情報を得られず、アタシは脳筋猫耳美女バーンズちゃんに尋ねてみた。レイチェルちゃんが何か悩んでいるようけど理由に心当たりはないかと。彼女は少し考えつつも、多分それだろうとアタシに告げた。


「ええ。自分たちが先王様と最期の戦いに出るとき、戦闘能力のないイグノと、すぐ暴走するあのバカ執事、そしていささか問題のあるレイチェルは城への残留を命じられました。特にセヴ……ええと、セバスチャンは激しく抵抗しましたが……最後は強制魔術を使って気絶させて手と足を縛り上げてポイッと」


 ひどいわね、それ。狩られたイノシシみたいな扱いじゃないの。


「もしかして、レイチェルちゃんも?」

「いえ、あいつは何も。はい、と頷いただけです。先王様にもしものこと(・・・・・・)があったら……まあ、あったわけですけど。そのときは次の魔王様を選定し召喚するのがあいつの義務でもありましたしね」


 アタシは首を傾げる。それが何でいまになって――あるいは、いままでずっと、そんなに引き摺っているんだろう。それに“問題のある”というのがよくわからない。


「生きるか死ぬかの戦いになると、おかしくなるんです。セバスチャンも、レイチェルもです。まだ魔王様がご覧になってないとしたら、さほど深刻な状況にならなかったからでしょう」


 十分に深刻な状況だったし生きるか死ぬかの戦いだったと思うんだけど。それ以上の詳しい話は、どうしても教えてくれなかった。彼ら彼女らも出来れば見られたくないし知られたくないだろう。ずっと知らずに済めばそれに越したことはない、といってバーンズちゃんは首を振る。


「そりゃ、誰だって置いてきますよ。自分だって、あんなのは見たくないです」


 何なのよそれ、逆に気になるじゃないの!


◇ ◇


「あ、魔王様いいところに。有翼族が、離反したそうです」

「ですー」


 イグノちゃんの工廠で聞かされたパットからの報告に、アタシは首を傾げる。


「知ってるけど。この前イグノちゃんが撃墜してたじゃないの」

「いえ、先王様から離反した叛乱軍から、離反したんです。あいつら基本的に、かなり阿呆ですから」


 魔族内の事情には、まだそれほど詳しくないのだけど、有翼族というのは鳥の翼と下半身を持った人妖(じんよう)だ。下級魔族である獣人族(ウェア)のグループに(くく)られてはいるものの、それは便宜的なもので、元々の立ち位置はかなり微妙なのだとか。


「アタマ悪いのか性格悪いのかその両方なのかわかんないんですけどね、大食いで気まぐれで適当ですぐ嘘吐くし裏切るし、誰からも信用されていませんでしたね」


 魔族というのは、端的にいえば魔力を持った種族のことだ。正確には、体内に魔力を蓄積し放出する魔珠を持って生まれた種族のことをいう。魔珠を持って生まれた獣を魔物というのと同じだ。魔力による影響で同種・類似種の生物と比較すると、身体が大きく、力が強く、直情的・個人主義的な傾向が強い。

 種族によって魔力量に差があり、扱える魔術の種類と威力、精度が違う。

 上級魔族である魔人族(イヴィラ)吸精族(ヴァンプ)龍心族(ドラゴネア)が人間でいう貴族階級のような立ち位置で、小匠族(ドワーフ)森精族(エルフ)が中級魔族でその下、下級魔族の獣人族(ウェア)は平民階級といった扱いになる。ちなみに、数の上では魔族の六割以上を占める獣人だが単一の部族とは見做されず彼ら自身も認めないため、最大部族は吸精族(ヴァンプ)ということになっている。


有翼族(あいつら)、昔は人造兵(ホムンクルス)やら虚心兵(ゴーレム)やら、それこそ魔獣と同じような扱いだったんですよ。飛ぶことは出来ても、力はないし不器用だし体力も持久力も耐久力も記憶力もお粗末なものでしたから。それを苦労して利用価値を見つけて取り立ててくださったのが先代魔王様だったのに、真っ先に裏切るような真似をして。あいつらだけは、絶対に許せないんですよ」


 よほど腹に据えかねているのか、珍しくイグノちゃんが感情的になっている。


「それが理由で、有翼族(ハルプ)だけを皆殺しにしたってわけじゃないんですけどね」

「ああ、それはいつか聞こうと思ってたのよ」


 曲がりなりにも生かして返した地上部隊との、扱いの差。そこには恨みや個人的感情ではない何か冷徹で断固たる判断が含まれていた。


有翼族(やつら)の頭が悪いのは事実ですが、生かしておくことが新魔王軍の脅威になるのもまた事実なんです」


◇ ◇


 魔王領、メラゴン鉱山。その地下には、メラリス将軍率いる旧魔王軍部隊の基地がある。ほんの数日前までは活気に満ちていたそこは血と膿と吐瀉物が混じり合った異様な臭気で淀んでいた。ときおり陰鬱な空気を掻き乱すように、傷病兵の悲鳴と唸り声が響く。


「……それで」


 メラリスは、青褪めた顔で震える落ち着きのない尉官を見た。臆病なくせに自我ばかり肥大化した無能な青二才。たしかウェイツとかいう魔人族(イヴィラ)獣人族(ウェア)の混血だ。部下に逃げられたのを自分の失態とは認めたくないらしく、しきりに信じられない有り得ないと繰り返している。この男が部下に逃げられたのは、これで三回目だ。どちらに問題があるか火を見るより明らかだろう。


「有翼族が離反するなど、有り得ません。いまさら、どこに(くだ)るというのです。まさか新魔王軍に?」

「それこそ、有り得んな。生き残りの連中に最も憎しみを買っているのが有翼族(やつら)だ。魔王軍の内紛を焚き付け、先代魔王戦死のきっかけになったのだから」

「だったら、奴らは何を」


 それを調べて報告するのが貴様の義務だろうと、怒鳴りつけようとしたところで兵が戸口に立った。


「報告します。武器庫を確認したところ、喪失していたのは、発煙弾2、焼夷弾4、催涙弾3。以上です」


 それを聞いたウェイツが浮かべた安堵の表情を見て、メラリスは自分が率いることになった叛乱軍の拙劣さを痛感する。

 先代魔王が発案し開発した化学投擲兵器。己が膂力以外に信じる者のない馬鹿どもには使い道のないゴミとしか考えられていなかったようだが、有翼族は、その利用価値を知っている。なるほど、同族を屠った過去の亡霊に一矢報いようと、最期の突撃を敢行するつもりらしい。


「……馬鹿は馬鹿なりに、ということか」


 それが自分たちの()いた種だということには思い至らないようだが。


◇ ◇


「先代魔王様の……つまり魔王様のいた世界の言葉で“制空権”、というそうなんです。それを確保した方が戦いを制する。すぐにそんな時代になると仰ってましたが、実際そうなっています。いま使用したり開発している新魔王軍(ウチ)の新兵器や新戦術は、有翼族が飛び回る戦場では有効活用出来ません」


 空中管制、だったか。先代魔王様が考え出した、空からの監視を行い敵味方の配置と動きを順次報告して、有利に戦いを進める戦術。その嚆矢となったのが、有翼族による滞空監視網。役立たずの羽虫とまで呼ばれていたらしい彼らを一躍、魔王軍の花形部隊にまで成長させることになった。

 その結果、彼らの増長を産み魔王領の内乱を発生させることにもなったようだが。


「ずーっと虐げられて来たところで急に力を得たら、そりゃおかしくもなるわよ」

「そうかもしれませんが、物には限度というのがあるでしょう。理由がどうあれ、報いは受けさせます」


 遅発性信管を利用した魔導弩の長距離狙撃に、機械式極楽鳥を利用した滞空監視と爆撃、それからイグノちゃんの最新報告書にあった長距離飛翔式爆炎筒。どれも兵力差を埋めるための面制圧が目的の兵器だが、上空からの継続的な視界が必要なものばかりだ。

 同じ空を共有できる相手ではない。


 机の上でベルが鳴った。イグノちゃんは薄く笑みを浮かべて、魔珠からの映像を見る。


有翼族(やつら)が来ます。歩兵は城内に退避させておいてください。ここは、私たち(・・・)がやりますから」


 空の上での戦いに、アタシたちが出来ることはない。魔導弩を抱えて尖塔に向かうイグノちゃんを見送りながら、アタシには無事を祈るくらいしか出来なかった。


 でも、アタシは知らなかったのだ。そのとき扉の陰で、決意を秘めた瞳が光っていたことを。

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