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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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初めての王国侵攻4

「魔王様、お帰りなさい。どうでした?」

「……ダメ。もうグッダグダだったわー」


 アタシは魔王城にいた。いまはイグノちゃんの工廠に置かれたリクライニングチェアに腰掛けて、後悔と羞恥心に身悶えているところ。椅子のヘッドレスト部分には、パーマ当てる機械に似た大きな釜のようなものが付いてる。

 我らが工廠長の最新作、強制意識転送憑依装置“ハックちゃん”だ。


「ああもうサイアク、ああいうの無理ムリ、アタシあの国の法律なんて付け焼刃もいいトコだし、いきなりキュー出し(・・・・・)されてもアドリブ効かないんだから」

「?? よくわかりませんが、姫騎士さんには会えませんでした? 座標は合ってたはずなんですけど……」

「あ、それは大丈夫。イグノちゃんの仕事には何の問題もなかったわ。ありがとね、無理いっちゃって」

「いいえ、良かったです。姫騎士さんの一番近くにいるひとに憑依(ハック)する設定だったんですけど、誰でした?」

「……ええと、弁護人? なんか記憶を拾った限りでは、第一王子に買収されてマーシャル殿下に全ての罪を被せる役だったらしいけど。お陰で、あのアホ王子と取り巻き連中に釘刺すことは出来たと思うわ」


 話していると傍らの魔法陣が光り、陣の上に無表情で棒立ちだったレイチェルちゃんの身体がブルッと震えて動き出す。アタシたちを見てニッと笑みを浮かべる。


「陛下、ただいま戻りました」

「ああ、レイチェルちゃん、お帰りー。通常転送だと少しタイムラグあるねー」

「工廠長、どうも私の姿は向こうの人間に、あまり認識されていなかったようですが」

「そうなんだよね、いまの規格だと生物を転送出来るのは実体質量の半分だけだから。全部送っちゃうと、そのまま戻れないことがあるの」


 なんか恐ろしいことをサラッといってるけど、この子。それ思っきり人体実験じゃないのよ!?


「陛下が退出された後、憑依(ハック)元の弁護人は泡を吹いて痙攣し始めまして。大騒ぎになっていました」

「マーシャルちゃんは、大丈夫そう?」

「今回の訴訟は、やはり第一王子の暴走だったようです。王女の身柄は王妃の預かりになりました。実質、拘束という名の保護です。王妃は魔王陛下の手土産(・・・)にずいぶんと興味を持たれているようですから、問題ないでしょう。親書は王妃お付きの侍女に渡しておきました」

「ありがと。まあ、出来るだけのことはやったともいえるし、何も進展はさせられなかったともいえるけど、後は結果待ちするしかないのよね」

「まおー?」

「ああ、ただいまパット。叛乱軍は、どうだった?」

「めらごんこーざんまで、にげてったー」

機械式極楽鳥(ハミングちゃん)からの監視でも、ケルプ渓谷のこちら側に残った兵力はいません。向こうの死傷者は1000近いですから、しばらくは動けないでしょう」


 叛乱軍の死者数は700前後。王国軍から合流した兵5000を除けば、魔族の軍勢7000のうち10%が消えた。後方支援部隊を伴わない正面戦力がほとんどだったことから、実際には数字以上の兵を削いだことになる。あの戦いから生還した敵の傷病兵は350程だが、破傷風菌に感染しているであろう彼らが生き永らえる可能性は恐らく半数を割る。哀れな犠牲者たちは死を待つまでの間にも敵軍内の備蓄と後方人員と士気を着実に削ってゆく。

 イグノちゃんによる遅発性信管(トラップボルト)には、神経毒と破傷風菌の他にも、狂犬病に近い病状を発生させる“恐餌病ウィルス”も用意されていたらしいが、これは感染の拡大をコントロール出来ないので使用を中止したらしい。


 イグノちゃん、なんて怖ろしい子。アタシより、よほど魔王向きだわ。


◇ ◇


「よく来てくれたわね、マーシャル、ラファリクも」


 目の前で平伏する女性宰相と第一王女に、王妃フィアラ・ケイブマン・スティルモンが優しく声を掛ける。


「お付きの者たちは下がらせたわ。楽にしてちょうだい。呼んだのは公務としてじゃないの。いえ……ある意味、公務ではあるんだけど、いまはまず個人的に、率直な意見を訊きたかったのよ」

「……はい?」


 フィアラ王妃は病没した第一王妃に代わって政務を担うことになった第二王妃。第二王子デルゴワールにとっては実母。第一王子コーウェルと第一王女マーシャルにとっては継母に当たる。上級貴族の出身でありながら冒険者に憧れ魔導師としての修行をしていたこともあるという変わり種だ。聡明で飾り気がなく公平な性格の彼女は、誰からも尊敬と敬愛を受けていた。

 いまも、私室とはいえ王族とは思えないほど砕けた格好で自らお茶を淹れようとしている。魔導師時代に手に入れたというそれは、ふわりと柔らかそうな綿布で出来てはいるが袖と裾の長い簡素な上下。東方大陸の修行者が武術修行の際に着るという物だ。

 この王妃、齢40を過ぎ政務に忙しい日々を送りながらも未だ鍛錬を欠かさないという隠れ武闘派でもある。


「王妃様、お茶なら私が」

「いいのよ、自分で淹れるのが好きなの。新しいお付きの子はどうも手際が悪くてね、あとお湯の温度が高過ぎるのか香りが良くないのよ」

「はあ」


 お茶はお茶でしかない自分にはわからん世界だと、マーシャル王女は密かに首を傾げた。


「さて」


 香り高い湯気を立てる茶器を前に、王妃は改めて二人に向き直る。


「話というのは他でもないわ。あの魔王という人物、マーシャルは会ったことがあるのよね?」

「はい」

「どんなひと?」

「……どんな、といわれましても」


 何と答えていいのか迷い、マーシャルは珍しく口籠(くちごも)る。王妃からも宰相からも注目されているのは感じているが、どうにも適切な表現が浮かばない。


「おかしな男です。魔王としては、いや単に魔族として考えても、異常な男(・・・・)といってもいいでしょう」

「先代魔王も規格外の人物だったとは聞いていますが、そのような?」

「あら、ラファリクは先代魔王と会ったんだったわね」

「ええ。血気盛んで戦いを好む典型的な魔族の男ではあったのですが、その発想は革新的でした。結果的には、それが破滅につながったようですが」


 マーシャルは先代魔王を知らない。だが、聞いた限り新魔王とはまるで違うタイプだ。


「わたしが会った新魔王は、そういう人物ではありませんでした。才気に溢れてはいましたが、戦いを好むどころか何の力も……それこそ自分の身を守る術すら、持ってはいなかったように見えました」

「そこがわからないのよ。あなたの報告にもそうあったけど、だったら魔王城に侵入した帝国軍の軍勢をどうやって退けたの? 確か、敵は総勢2万近い重装騎兵だとか。王国軍が手を貸したというわけでもないんでしょう?」

「ええ。武装解除こそされませんでしたが、剣を抜くなと厳命されました。その上であの男は魔王城に掛けられていた……ある種の呪いを、利用したのです」


 “覿面の死”とかいう城の防衛機能について、マーシャルは自分の知った範囲で答える。そのために城の前庭に用意されたティーテーブルのことも、そこに据えられ阿鼻叫喚の地獄絵図を最前列で見せられた挙句に嫌というほど生き血を浴びたことも。その後の歓待と対話、兵が後始末を手伝った顛末、渡された手土産とそれによる数々の影響(・・・・・)についても。

 話の途中で王妃は吹き出し、最後は困ったような顔で震えながらお腹を抱えた。


「王妃、笑い過ぎです」

「ご、ごめんなさい。魔王の戦い方としては、あまりにも意外で。マーシャル、あなたには苦労を掛けたわね。でも、それでわかった。その(ひと)、ただの魔族じゃないわ」

「ええ、ですからそう申し上げて……」

「違うの。魔族には魔族の戦い方、魔族としての生き方があって、そこから逸れることは互いの恥と考えるのよ。生きるため誰かに手を貸すこと、誰かの、もしくは何かの手を借りること。利害のために取り引きすることも。誇りを汚す行為とされる。お金を稼いで豊かな生活を得ることなんて論外。魔王とはいえ従う者がいたことの方が驚きね」

「よく、わかりませんが……だったら、あの男は魔族ではなく、何だというのです?」


王妃は顎に指先を当て、宙に視線を漂わせながらわずかに首を傾げた。

 疑問を示しているのではない。マーシャルとラファリクに伝えるべきか、彼らに理解出来るのかを考えているのだ。その時間はわずかだった。王妃は笑みを浮かべて、ふたりに向き直る。


「転生者よ。彼は旧態依然とした古い魔王領を……そしてこの世界を、ある意味で滅ぼす(・・・)ために現れたの」

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