第39話 三人の談話
オルディナ様に学院に行くことになった事情を説明すると、彼女はひとしきり感嘆したあと、ふと気づいたという顔をする。
「考えてみましたら、アシュリナ様は『白耀姫』……フォルラントの王女殿下なのですから、さすがにすぐ気づかれてしまいますわね」
「はい、そこは何とかします。知り合いにそういうことに精通した方がいるので」
「なんと……『黒髪の魔導師』だけでなく、他にも人脈があるのか。アシュリナ様はやはり、いつも私の想像の上を行く……」
(神器に人格がある……っていうのも、いつか話せる日が来るといいけど)
私も召喚の儀式を行うまでは、神器について詳しく教えてもらうことはなかった。
シルキアさんが言っていたことから、先生の『心界』を通してでしか他の神器の人格と対面するようなことはできないと考えられる。『赤樫の木刀』のように、他にも『心界』に招いてもらえるような神器はあるのかもしれないけれど。
(神器の力をほぼ独占して利用しているフォルラント自身、神器について全てを把握しているわけじゃない……ということなのかな。どこかで研究してるっていう話もあったけど……)
「では、私たちは学院にいる間は、今のアシュリナ様のお姿は限られたときしか見られなくなってしまうんですのね」
「そういうことになるか……帽子と眼鏡で変装するだけでは、十歳の少女を護衛にするとは、と目立ってしまうからな」
何より、私がこうして生きのびていると知られると、王家からの干渉は避けられない――幽閉するくらいだから、自由に動き回っていたら見過ごしてはもらえないだろう。
(父上は私が儀式に失敗したとして世間から隠そうとしていたし、母上は……物心づいたときには姿が見えなかったから、私の状況は知らないか、それとも……)
これまで母のことを気にしてこなかったのは、母について何も教えてもらったことがないからだ。後宮にいる間も、初めからいないもののような扱いだった――子供心にも不思議に思ったが、母について質問してはいけないという空気があった。
兄上や姉上は接した時間が少なく、同じ王族といっても他人のような距離感だと言っていい。セリアス王子は私の儀式に立ち会っているけど、見るからに私に対する感情はよくなかった。
「学院には来ていない期間も多いが、最高学年の首席にいるロディマスは侮れない男だ」
「っ……ロ、ロディマス兄様が、まだ学院に……?」
兄たちのことを考えていてその名前が出てきたので、思わず驚いてしまう。それに白い鎧を着たロディマス王子は、学生というようには見えなかった。
(でも、間近で見たときはそうでもなかった……かな? まだちょっとあどけないというか……十歳の私が言うことじゃないけど)
「すでに軍指揮官としての教練を受けていますから、部隊を率いて各地に赴いていらっしゃいますが。彼が率いる黒騎兵は、王家直属の軍でも精鋭の集まりだそうです」
「学院から見える位置で兵と合流していったということもあったな。我々に対する牽制の意味もあるのだろうが」
「そうなんですね……」
他国から来ている貴族の子女にフォルラントの武力を示すというのがどれくらい効果的なのか分からないけど、ロディマス王子はそういうことをする人らしい。
「常にロディマス王子が学院にいるわけではないので、それは逆に助かりますが。アシュリナ様が素性を隠す方法については、くれぐれも厳重にしなければいけませんね」
「それと、学院で名乗る名前を考えなくてはならないな」
「つい間違えて呼んでしまうということのないように、お二人にもご協力をお願いします。エリック様にも」
「兄はそそっかしいからな……まあ、教え込めばなんとか浸透するだろう」
「ふふっ……フィリスはいつもお兄様に手厳しいですわね」
「尊重はしているぞ。ただ、双子の兄というのは時に弟のようでもあるものだからな」
「えっ……そうだったんですか?」
そう言われてみると、フィリス様のエリック様に対する態度というかが納得できる部分はある――けれど思わず声が出てしまう。
「だからこそ、エリックのアシュリナ様に対する敬意というか、そういうものも分かってしまうのだが……」
「兄妹でアシュリナ様を取り合う形になっているんですのね……」
「取り合うというか……私の方が、アシュリナ様と一緒に色々としているからな。そうだ、まだ薬草を取りに行ったときの話をしていなかったな」
「ふふっ……この人は昔から腕白なんですから。アシュリナ様のおかげですわ、こんなふうに目を輝かせるフィリスを見られたのは」
フィリス様は少し照れつつも、私とテセラ村近くの峡谷に行ったときの話をする。オルディナ様はフィリス様の顔を見ながら聞いていて、二人がずっと前からこうしてきたことが伝わってきた。
(私の話を聞いてくれたのは、レイミア……彼女は元気にしているかな)
儀式の前までは、滅多に笑うことがなかった。そんな私に優しくしてくれたレイミアは、本当は私のことをどう思っていただろう――仕事としか思っていない、それが当然であっても、今になって気になってしまう。
「そこでアシュリナ様が言ったのだ。『二人とも、ここから離れてください!』と。彼女はテセラ村を守るため、そして私たちを逃がすために、勇敢に戦って……」
「あっ……す、すみません。ちょっと恥ずかしくなってきましたので、今日はこのあたりで……っ」
「手に汗握る展開ですわね……アシュリナ様の武勇伝は、後で日記に書き留めておきますわ」
記憶をもとに書くとまた脚色されてしまうのでは――と思いつつ、私は身振り手振りを交えて語るフィリス様を止められず、座ったままで悶えていた。




