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第37話 未知の神器

 ロディマス王子がなぜここにいるのか――それを考える前に。


 まだ距離が離れているのに、白い鎧を着たロディマスに率いられている黒い騎兵たちが馬を止めた。


『――来るぞ、アシュリナ!』


 先生の警告を受けて、反射的に身体が動いた。全力で二刀に魔力を注ぎ込み、交差して受けの姿勢を取る――次の瞬間、衝撃でフレスヴァインごと弾き飛ばされる。


「クァァァッ……!!」


 私から見えたものは、ただ馬上で剣を前に掲げているロディマスの姿――彼は剣を抜いてもいない、だがこの攻撃はおそらく、神器によるものだ。


(これほどの長射程の攻撃を可能にする神器……そんなものは知らない。この世界には、私が知らない神器が存在する……?)


 鳥肌が立つ。それは恐怖ではなく、心からの感動が入り混じった、自分でも理解の外にある感情だった。


『――もう一度来るっ! 次は逆だ!』


 先生は凶兆を感じ取る力を持っている――それがなければ、何も分からないままに撃ち落とされていたかもしれない。


「――クェェェッ!!」

「フレスヴァイン……!!」


 攻撃を受けるのではなく、フレスヴァインが急旋回して回避する。何もない空間に凄まじい力が生じて、そして通り過ぎる――だが。


 ――目障りな(ハエ)だ。


 声は聞こえない。しかし、ロディマスの唇の動きは確かにそう言っていた。


 剣を抜くことすらせず、鞘に収めたまま――白い鎧の男が纏う気が、その量を増す。


 どんな技が来るのかは分からない。それでも今までの回避では()()()()()()と、先生の感覚が警告している。


(逃げろ、フレスヴァイン!)


 印を結び、私は巨鳥の背から飛ぶ。


 何もない空間に前触れもなく生じる攻撃が、全方位から襲い来る。それを二刀で捌き切るのはおよそ不可能だった――正攻法のみで戦うのならば。


   ◆◇◆


 火の粉が舞う戦場の空に現れた巨鳥は、猛然とロディマス隊に接近を始めた――それを視認したロディマスは部下たちを制止し、神器の能力を発動させた。


「凄まじい……そして素晴らしい。貴いお力を披露いただき、このバルトゥ―タの心は子鹿のように震えています」

「ロディマス様の耳に意味の分からない例えを入れるな」

「この神器を畏れない人間はいない。僕もふざけていると思うくらいさ」


 ロディマスの側近の男女は彼と同年代だが、他の騎兵は長く実戦経験を積んできている老練な者たちである。その彼らが、眼前の光景に一言も発することができずにいた。


 空に見える小さな点のようなものを攻撃して、それを撃墜する。ジャルドの持つ槍のように遠距離攻撃に特化した神器は存在するが、ロディマスの神器はそういった次元にはない。


「それにしても……あれがヴァンデル伯軍を撤退させたのなら、拍子抜けでしたね」

「僕がここにいたのが、向こうの計算外だったというだけさ。よくあることだよ……さあ、逃げ遅れただろうヴァンデル伯を……」


 ――ロディマスが手綱を握り、馬を再び歩かせようとした、その瞬間だった。


『急ぐことはない』


 何者かの声がする――ロディマスは背に負った神器の柄に手を伸ばす、しかし。


 眼前に、その何者かが現れる。


 ロディマスにはその姿が一瞬、目の前にあるものとはまるで違う姿に見えた。


 白い髪の、この世のものとは思えない美しさを持つ者――だが、実際に眼前にいるのは、黒髪の何者かだった。その瞳は鋭く、ロディマスの目を覗き込んでいる。


「私はまだ、お前の神器を制する力を有していない。だがそれは今だけだ」


 その少しかすれたような、しかし透き通る声色に、ロディマスは当惑する。


(女……なのか? いや、そんなことはどちらでもいい……こいつを今殺さなければ……!)


 神器の柄を握れば能力は発動できる。それでもロディマスは動くことができなかった。


「――貴様ぁぁっ!」


 バルトゥータが黒髪の何者か――アシュリナに向けて叫ぶが、その前にアシュリナは後方に飛ぶ。


 数騎の騎兵が弓と魔法でアシュリナを狙うが、その全てがことごとく回避される。そしてその姿が掻き消えるように見えなくなった。


「ロディマス様、申し訳ありません、あのような輩の接近を許すとは……」

「あれがグラスベル側の切り札か。ヴァンデルがああもあっさり負けるわけだ」

「あの高さから落ちて生きていて、ここまで距離を詰めてくるなんて……このバルトゥータ、一生の不覚です」

「……ここで斬れなかったことが、のちのちの禍根にならなければいいが」


 ロディマスがそのようなことを言うのは珍しく、部下たちは適切な言葉を探そうとする――だが誰も言葉を発せられないうちに、ロディマスは兜を被り、目庇(まびさし)を下ろした。


「蝿というのは訂正しよう。見目はいいようだが、多少形がいいだけの石ころだ」

「は、はいっ、それもロディマス様らしい、あんまりな別名ですね」

「緊張が削がれる、お前はもう話すな」

「そうやって殿下の参謀っぽくしてるけど、ヒューイはさっき動けなかったんじゃなかった?」

「ぐっ……」

「ヒューイ、あの黒髪の男についてあとで調べておいてくれ」

「グラスベルでの情報収集は難しくなると思いますが……ああ、いえ。最善を……」


 ――その時、ポツリ、と空から雫が落ちてきた。


「もう少し早く降っていれば、ヴァンデル伯軍の混乱も最小限で済んだだろう……やはり、運がない男だ」


 ロディマスの推論に、騎兵たちは誰も異を唱えない。


 その後彼らは、火の消えた戦場でヴァンデルを見つけることはできず、撤退していくが――それでもなお、『石ころ』と蔑んだ人物によって時間を稼がれたという事実に気づく者はいなかった。


   ◆◇◆


「はぁっ、はぁっ……もう駄目……」


 『化身解放』を維持するために必要な魔力が切れて、私は元の姿に戻っていた。


 グラスベル側に戻ってきて、目についた木陰で休む。砦に行って事情を説明するにも、今の姿では難しい。


 ロディマスに追撃を受けたらかなり厳しい状況になっていたけど、ジャルドをここで斬られると爵位の返上をさせられないし、リュエンもおそらく殺されてしまう――そうならないためには、少しでもロディマスを足止めする必要があった。


(兄上様、って呼んでたこともあったけど……敵に回すとあんなに手強くなるなんて。あの神器、ゲームだったらマップの端まで届くくらいの超性能だった)


 ゲームのボスキャラとして出てきたロディマスが持っていた武器は、近接系の神器だった。ということは、この世界においては違う神器を召喚して持っているということになる。


 グラスベルの砦からは歓声が聞こえている。私は彼らとは別働隊という扱いで動いたので、援軍が来て敵が追い払われたというくらいの認識だと思う。その援軍が空から来た大きな鳥というのは、どう受け止められているのか――説明もちょっと難しい。


 私が持っている戦果の証といえば、ヴァンデルが持っていたアミュレットくらい。これも状態異常を防ぐ性能は回数制限があるし、耐性の種類にも穴がある――普通に毒と麻痺を受けてしまうので、あまり強くはない装備品だった。


『ヴァンデルが投げた槍はグラスベル側に飛んでいったから、それを回収しても良いかもしれんな。アシュリナが使わずとも、適性のある人物に渡すこともできる』

『ごめん、さっきの白い鎧の男には能力が通じなくて……あの鎧もそうだけど、神器自体に無効化の仕掛けがあるみたいだね』


 無楽先生、そしてシルキアさんが話しかけてくる。剣の姿で話すのは珍しいので、ちょっと不思議な気分だった。


「チュー」


 リクも出てきて、木の上に昇って実を食べている。たくましいというか、マイペースな振る舞いで気が抜けてしまう。


『あやつも魔物を操る以外で、お主の力となれると思うぞ。着実に強くなっているからな』


「今でも十分助けられてるのに、まだ強くなってるなんて……」


『フレスヴァインを操ることで経験が入ってるんだろうね。本人……本リス? には自覚がなさそうだけど』


 そのフレスヴァインは、近くにあるもう一本の木の下で眠っている――その姿を見ていると私もつられそうになるけど、少し休んだらフォートリーンに戻らないといけない。

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厨二病玉子 vs 廃ゲーマー玉女 玉同士、何も起きないはずがなく…
鳥さん怪我してない大丈夫?
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