第24話 薬草の在り処
街道を進む間に何度か馬車とすれ違ったが、賊の出没を警戒しているのか、護衛を雇っている様子が見られた。私たちに対しても少し警戒しているみたいだけど、軽めに挨拶を交わすと安心してくれた。
「アシュリナ様は、このテセラという村のことをよく知っていたな。父の病に効く薬草が、ここにあるかもしれないと目星をつけたのだろう?」
「っ……は、はい。フィリス様のおっしゃる通りです。やっぱりあからさまでしたか、急にあんなことを聞いたら」
「いや、私ももしやと思って、この村のことを治療師に聞いてみたのだが……父の病に効く薬草はテセラとは違う場所で売られていた。売っていた者は出どころを明かさず、それきり姿を消してしまったとのことだ」
「フィリス様に地図を見せていただいたとき、テセラ村の近くには峡谷がありましたよね。都市同盟のどこかにある峡谷には、万病に効く薬草があるって話を聞いたことがあったんです。それに該当する場所は一つしかありませんでした」
「フォルラントに居ながらにして、そのような情報を……アシュリナ様は物知りなのだな」
フィリス様が感心してくれている――それは嬉しいけれど、ゲームでの知識なんですとは言えないので、少し心苦しくはある。
「グラスベルの領内にそんな薬草があったとは……容易に手に入るものではないからこそ、ごくわずかしか出回らなかったのだろうな」
「お二方、そろそろ村に着きますが……何か様子がおかしいですね」
レイスさんの言う通り、テセラ村と思われる集落が見えてきたけれど、人の気配が少ない。
馬の預かり所を訪ねると、出てきた壮年の男性は、こちらを見るなり申し訳なさそうな顔をした。
「すまないが、今この村には人が少ない。宿はやっているが、滞在はしない方がいい」
「何かあったのですか? できれば事情をお聞かせください」
フィリス様が尋ねると、男性はその顔をしばらく見て――そしてみるみる驚きの表情に変わる。
「あっ、あなた様は……シャノワール家のお嬢様っ……!」
「今回はこの村に用があって訪れました。領主から何かの命令を受けたということではありません」
「いやいや、こんな辺鄙なところに貴い方が来られるとは……そちらの方はお嬢様のご友人ですか?」
「友人……というより、彼女は私の……」
「え、ええと……私はフィリス様のところでお世話になっている、居候みたいなものです」
「なるほど……なるほど?」
自然に友人だと言えたらそれが一番いいのに、お互いに遠慮しているような――まだ会ったばかりなので仕方がないが、男性に少し訝しまれてしまった。
「私たちで良ければ、ここで何が起きているのかうかがいたいのですが……」
「シャノワール家の方がそうおっしゃるのであれば、お話させていただきます。宿に私の娘がおりますので、そこでまず食事など摂られると良いでしょう」
「ありがとうございます。今こうして話していて思い出しましたが、娘さんと一緒にフォートリーンの議場に来られたことがありましたね」
「おお、覚えていていただけましたか。村人の避難が済んだら救援を要請するつもりでしたが、村を離れたくないと言う者を無理やりというわけにもいかず……」
二人のやりとりを見ていてだんだん分かってきた――実はこの人こそが、テセラ村の村長ということらしい。
私たちは馬を預かってもらって、早速宿に向かう。村の中は静かだけれど、宿からは何か良い匂いがしてきている――幽閉生活を経て、こういう嗅覚が鋭くなってしまっていた。
◆◇◆
遅めの昼食を取りながら、私たちは村長さんの娘さんに事情を聞いた。宿の店主が村を離れているために、彼女が代理をしているそうだった。
「一週間ほど前に、峡谷で狩人がこんなものを見つけたんです。大きな羽根……これについて調査したところ、大型の魔獣のものだと分かって……」
薬草を探しに行く予定だったのは、その峡谷――そこに危険な魔獣が出るというのなら、ゲームでは探索エリアの障害として出現する、強力なボスモンスターのことだと思う。
(この羽根……雷の魔力が残ってる。そうなると、持ち主は雷獣サンダーグリフ……かな)
「それから峡谷の中で突然激しい雷が落ちるということがあって、峡谷に人が出入りすることはできなくなりました。もし雷を起こすような魔獣が村を襲ったら、ひとたまりもありません……魔獣退治に賞金をかけるという案もありましたが、村の持ち寄りではそれほどの金額は用意できませんでした」
「それで、村人は避難しているということですか……」
「はい。父……村長は、フォートリーンに救援を要請するつもりでした。魔獣の姿が目撃されていないので、この羽根だけでは軍隊に来てもらうのは難しいとも言っていましたが。魔獣の対策ができるまではと、村人は自主的に避難することに……」
フィリス様は言葉をなくしている――この村に来れば父君の病気を治す手がかりがあるという話をしていたのに、それでこの状況では無理もない。
「一つお尋ねしたいことがあります。峡谷で、貴重な薬草が採れるというのは……」
「よくご存知でいらっしゃいますね。以前は峡谷で『雪白の花』が見つかって、それが何かの薬の材料になるということで重宝がられていました。しかし、もともと珍しいものだったので確実に数が減っていって……今では薬草採りが峡谷に入っても全く見つからなくなってしまいました。最後に見られたのは十年ほど前だったと思います」
(十年も見つからなかったら、もうここでは採れないと見なされても仕方ないかな……だけど、峡谷のどこかにまだ必ずあるはず。雪白の花が咲いている場所が、私の覚えてる通りなら……)
「詳しく教えてくださってありがとうございます」
「まさか……雪白の花を探しに、峡谷に行こうとしているのですか? いけませんフィリスお嬢様、そのようなことを見過ごしては、お父上に顔向けが……」
「心配をおかけして申し訳ありません。しかし、その花こそが私たちの探していたものであるようです。それで引き返すわけにはまいりません」
「……それほどのお覚悟で来られたのですね。分かりました、お止めはしません。もし危ないと感じたら、魔獣の相手をすることは決して考えずにお逃げください」
彼女はそう言って巻物を渡してくれた――それは峡谷の地図が描かれたものだった。
「羽根が見つかったのはこの辺りだと聞いています。ここを避けて奥に行くことはできますが、ご無理はなさらないでくださいね」
魔獣がどんな相手であるかの目算はある。薬草を持ち帰るようなクエストでは戦いを避けるのが基本だけど、その時点で想定されている以上に鍛えていれば、魔物を撃退することもできると思う。
(フィリス様とレイスさんの協力もあればもっと有利に立ち回れる。魔獣と遭遇してしまったら、二人には先に行ってもらって私が時間を稼ぐ……薬草を手に入れても、全員無事でないと意味がないから)
二人を見ると、それぞれ頷いてくれる。食事のあと、準備が終わり次第峡谷に向かうことにする――一刻も早く薬草を手に入れて、グラスベル公のもとに戻らないといけない。




