プロローグ
フォルラント王国は、『召喚』によって得る力によって支えられている国である。
強国とは言えないフォルラントが百年以上も現在の版図を維持しているのは、ある系統の魔法――召喚に関して他国の追随を許さないからだ。
王族は『神器召喚』の儀式によって、授かった神器を民に示し、正式に統治者の一員として認められる。
私も順当に行けばそうなるはずで、何も疑ってなどいなかった。
王家や貴族を含めた多くの人々が熱視線を送る、大聖堂での儀式のさなかに、自分が自分でなかったときの記憶が一気に蘇ってきて――そして、理解した。
(転生した……ってことなのかな。それも、どこか見覚えがあるような世界に)
「アシュリナ・リル・フォルラント王女。これより貴殿の天召力を捧げ、神器を召喚する」
コルティア――いわゆるガチャを回すために必要なもの。私が知っているゲームにも『神器召喚』があって、『天召力』も存在した。
ゲームでは課金やデイリーミッションでコルティアが手に入るシステムだったけど、この世界ではそのあたりの事情は違っている。全ての人間は少しずつコルティアを持っており、フォルラント王家の人間は特にその量が生まれつき多いとされている。
私も王族のはしくれで、十歳までの時間経過でも天召力は少しずつ溜まっていくので、現在一回召喚するだけの分がある。
この世界では神器召喚を行う機会はものすごく貴重だ。決して天召力を無駄にするようなことがあってはいけない――のだけれど。
(単発で当たりを引かないといけないとか、普通に考えて無茶すぎるような……でもゲームそのままじゃなくて、似てる部分がある世界だし、大丈夫そう……?)
「おお、いよいよか。「白耀の王女』の神器がお目見えになるぞ」
「さぞ神々しく、美しい神器なのでしょうね……楽しみですわ」
白耀というのはこの国の暦における12月にあたる月のことで、単なる生まれ月なのだが、私の髪色が白く見えるので二つ名みたいになってしまっている。白というより正確には銀色っぽい色だが。
貴族たちが色めきたつ中で、神官たちが祈り始める――私の足元にある魔法陣が輝き始め、呼応するように祭壇から光があふれる。
「彼方の地より来たりて、諸神の祝福を受け、その貴き形をなせ……!」
厳かに詠唱する司教。多くの人々の期待を受け、光の中からゆっくりと姿を現したのは――。
「……な……」
司教が絶句する。シン、と周囲が静まり返る――驚きの後に、一気に噴き上がった感情は。
「なんだこれは……こんなものが神器だと!? 到底認められぬ!」
さっきまで黙っていた貴族のひとりが、真っ先に声を上げた。大人の、それも貫禄のある壮年男性が激昂している姿を見せられると、十歳の身としては迫力を感じてしまう。
「せ、静粛に……しかし、これは……」
「司教殿、召喚の儀式に不備があったのではないのか? 神器とは煌めきを放ち、その姿のみで人々を魅了するもの……だがこれは何だ。古ぼけた木の棒ではないか!」
「そうだ、これでは王族の義務を果たせていない! 今回召喚する神器の恩恵は、みすみす失われてしまった!」
(レアリティは最低の星1、『赤樫の木刀』……まあ、普通ならそういう反応になっちゃうか)
大変居心地が悪い状況ながら、焦っても仕方がないので、遠目に見える木刀を観察する。いつもついてくれている侍女は青ざめてしまっている――私にできるのは、気休めに微笑みかけることくらいか。
「ああ、アシュリナ様……そのように無理をされて……」
(無理してないけど、そう見えちゃいますか)
彼女は私のことをか弱い姫だと思っている。実際、今のところは全く強くないので困ってしまう。
「っ……」
急に侍女の身体が強張る。何を見たのかといえば、王族の座る二階の席からこちらを見ていた国王と王子――父と兄だった。
(相変わらず美形過ぎて怖い……上の兄様には睨まれてるし)
二人とも容姿が整いすぎていて、自分と血が繋がっているというのが信じられない。前世の私はただのゲーム好きな一般人で、王侯貴族なんていうのは文字通り別世界の住人だった。
父上のほうは、少しだけ苦い表情をしているような気がする。それは私が王家の顔に泥を塗ったからだろうけれど、こちらにも申し訳なさはあった。
「アシュリナの処遇については後に決定する。貴君らの意に沿わぬことにはならぬ」
「っ……へ、陛下……っ」
貴族の男性は去っていく王にそれ以上何か言えるわけでもなく、私に対して疎んじるような目を向けたあとで退出していく――他の皆も。
司教に命じられて、私も別の場所に移される。さっきの木刀はといえば侍女が運んでくれている――一応『神器召喚』で出てきたものなので、即座に処分されることもないのだろう。
私はそれから王宮に戻ることもなく、馬車に乗せられて数日ほどかけ、幽閉先に送られることになった。
神器召喚に失敗した王族がどうなるのか。その例として、ストーリーの一部で名前が出てくるだけの存在がアシュリナ――つまり、私だ。
その彼女が実際にどんな境遇だったのか。ゲームをやっていた時に少し考えたことはあったけれど、まさか自分がアシュリナ当人になるなんて夢にも思わなかった。
(でも、前世の記憶があればできることはあるはず。そう、この『神器』があれば……)
馬車の客室の隅を見やる。そこには貴族たちから無価値なものとして扱われた、布に包まれた木刀が置かれていた。
※二部の執筆にあたって、一部の内容を全体的に修正させていただきました。




